「でも、本当にしゃべり出しそうなくらいにそっくりですよね」
「しゃべり出したら即刻溶かすけどな」
「『やめてよ~。溶かさないでよ~』」
蝋像の背後に身を隠し、ジネットが声をちょっと変えてそんなセリフを言う。
「『やぁ、ボクはヤシロさんだよ』」
……いや、腹話術のつもりなんだろうけど…………
「なんで自分に『さん』を付けてんだよ?」
「え…………だって、呼び捨ては……恥ずかしいですし」
イマイチなりきれていないジネット。
その中途半端さが、まぁ、なんというか…………ちょっと、可愛い、かも?
蝋像の肩口から顔を覗かせてくすくすと笑みを零す。
なんだか、ジネットは最近よく笑う。
蝋人形にでも興味があるのだろうか?
「なんだか、ヤシロさんがたくさんいるようで、とても心強いですね」
「いや、ボクは全然……」
「オイラは逆に得も言われぬ不安に襲われるッス……」
「こうまで同じ顔ばっかりやと、さすがになぁ……」
「ウチの弟たちでも、もう少し顔に違いがあるですよ……」
「……『やぁ、ボクヤシロ。なんかキモイから』」
「よしお前ら、ジネット以外表に出ろ! あとマグダ、お前はいろいろ取り込み過ぎだから」
なんだかマグダの腹話術は、夢の国のネズミに似ていた。
まぁ、あのネズミは『なんかキモイから』とは言わないだろうけど。
まったく。人の気も知らないでこいつらは好き勝手言いやがって。
お前らも自分そっくりな蝋像を広場にさらされれば俺の気持ちが分かるだろうよ。
他人事だから笑っていられるのだ。
まったく、忌々しい……
まぁ……ジネットの顔から不安の色が消えたから、別にいいけどな。
「よっし! では、お兄ちゃんがいない間、夜間の陽だまり亭はあたしが守るですっ!」
唐突にロレッタがそんなことを言い出した。
胸をドンと叩き、微かに揺らし、得意顔で宣言する。
「いや、ロレッタじゃ少し頼りないよ。ここは、ボクが陽だまり亭に泊まり込んで警備をしよう!」
ロレッタに触発されたのか、エステラまでもがそんなことを言い出す。
胸をパンッと叩き、微動だにせず、得意満面で……
「今、どこ見てた?」
「なんの話かな……」
……鋭い視線を俺に突き刺してくる。こいつ、本当に鋭い。
「そういうことなら、オイラがヤシロさんの代わりに」
「あの……男性の方は、ちょっと……困ります」
「……ッスよねぇ。…………すいませんッス」
名乗りを上げようとしたウーマロを、ジネットがやんわりと拒絶する。
ほぅ……ジネットのヤツ、他人の親切心を拒否できるようになったのか。俺が来てから少しは成長できたようだな。
「んじゃあ、せめて人数を確保しとくか……レジーナ」
「残念。ウチ自分の家でないと寝られへんねん」
「……その空気読まない感じ、つくづくレジーナだよな」
協調性とか思いやりとかボランティア精神とかいう言葉が欠落しているのだ。
ま、俺も人のことは言えないけどな……………………誰がぼっちだ、こら。
「よし。そうと決まれば、俺は夜に備えて仮眠をとることにする」
そう伝え、俺は自室へと戻る。
まだ昼過ぎだが、木窓をしっかり閉じておけば部屋は暗くなるし、ここ最近何かと走り回って疲れてるしで、割とすぐに眠れそうだ。……そのまま朝まで爆睡したら目も当てられないがな。
夜だ。…………ほっ。寝過ごさなかった。
「ヤシロさん、これを」
自室を出て厨房へ入るとジネットが弁当を手渡してきた。
「夜は長いですから。お腹が空いたら召し上がってくださいね」
ズシリと重い三段重ねだ。
……さすがにこんなには食わねぇよ。
「すみません。食堂にヤシロさんがたくさんいて……つい、作り過ぎてしまいまして」
こいつ、やっぱり本物と蝋像の区別がついてないんじゃないだろうか?
「ヤシロ。家からランタンを持ってきたんだ。これで犯人をばっちり仕留めてくれ」
「バカかお前は?」
「バッ……あのねぇヤシロ。人が折角君に協力をしようとしているのに……!」
あんな真っ暗な広場に明かりが灯っていたら「わたしはこっこ~にい~る~よ」と言っているようなものだ。
「明かりは却下だ。俺は完全に闇と同化して敵を生け捕りにするのだ」
「そうかい。それじゃあ、これは取り下げるよ」
納得したようで、エステラがランタンをしまう。
つか、お前は本当にここにいていいのか?
領主の一人娘が、こんな夜中に男のいる家にいて。
「ナタリアの許可が出たからね。君の信用度もなかなかのものだね」
「ナタリアに信用されているとは思えないけどな……」
あいつの場合、「彼なら心配ないですね」ではなく、「彼なら……何かあった際に確実に仕留められます」って感じだと思うんだよな。
「お兄ちゃんの留守中は、あたしがみんなを守っておくです!」
ロレッタはやる気満々だ。
鉢巻をして、いつものエプロンドレスの上に革製のちょっとした鎧をまとっている。
エステラから貸与されたものなのかもしれんが…………すげぇ頼りねぇ。
まぁ、ロレッタのことだ。
「頑張るぞー!」と意気込んで真っ先に眠ってしまうタイプに違いない。
夜間に陽だまり亭をあけることには少々不安を感じるが……
「大丈夫ですよ。みなさんが一緒ですから」
視線が合うと、柔らかい笑みを向けてくる。
しかし、その笑みにはやはり、ほんの少しの不安感が混ざっていた。
……いや、これは心配をしてくれているのか?
なんにせよ、こんな顔はそう何度もさせられないな。
今日で決着をつけてやる。
待ってろよ、彫刻家。
今日こそ捕まえてやるからなっ!
「じゃあ、行ってくる」
全員でドアの前まで見送りに来てくれ、俺を送り出してくれる。
一人一人の顔を見てから、俺は暗黒にのみ込まれそうな深い夜の闇へと一歩一歩……歩を進めていった。
それから、十数分という時間が過ぎ、俺は………………
「無理! めっちゃ怖い! 夜の闇シャレにならん!」
……陽だまり亭に逃げ帰っていた。
だってさ!
暗いんだぞ!
それもシャレにならないくらいに!
あんなもん絶対無理だって!
しかも一人きり!
ムリィィイイィィイィイイイッ!
「思ってた以上に早かったね……」
「……ヤシロは闇が怖い」
「お兄ちゃんって、しっかりしているように見えるですけど、実は……」
「はい。可愛い一面もありますよね」
「「「いや、そうじゃなくて……」」」
「へ……?」
俺がこんなにも震えているというのに、お前らはそっちで何をやってんだ?
話しかけてこいよ!
頭とか撫でてもいいからさっ!
俺の中の怖いのなんとかして!
おのれ……闇の恐怖が体に張りついて離れてくれない……布団に潜り込んで眠ってしまいたいが、ついさっきまで寝ていたせいで全然眠たくない……ジネットたち、超眠そうな顔してるのに! 俺だけ、全然眠くない!
このままでは、俺は一晩中……眠ることも出来ずに………………あぁぁぁ……
「……許さん、許さんぞ、彫刻家めっ! 絶対、絶対捕まえてやるからなっ!」
…………また、後日にな。
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