「ごめんくださいまし! ヤシロさんに呼ばれて、このワタクシがわざわざ来てあげましたわ、なんだかとてもいい香りがいたしますわね、なんの香りですのこれは、と言っている間に目新しいものを発見いたしましたわ、新メニューですわね、詳しく説明なさいまし!」
「なぁ、イメルダ。息継ぎしろよ」
店に入るなり、麻婆茄子へと吸い寄せられるように近付いてきたイメルダ。
そして、誰の了承もなく一口食べる。
……盗み食いすんじゃねぇよ、意地汚ぇお嬢様だな。
「美味しいですわ! ベッコさん! すぐに食品サンプルを!」
「う~む……拙者の読みもまだまだ甘いでござるな……物の三分もかからなかったでござる」
ベッコの想像を上回るイメルダのバイタリティ。……いや、図々しさか。
でもまぁ、なんとなくお前らはいいコンビだよな。イメルダからの依頼が続けば、ベッコは収入も安定するだろうし。
「あの、ベッコさんの分、作り直してきますね」
「かたじけないでござる、ジネット氏」
イメルダが勝手に食い始めたので、新たにベッコの麻婆茄子を作るようだ。
もはや、誰もイメルダを注意もしないし、ベッコ自身も文句はないようだ。
他の客なら大問題だが、そこら辺はイメルダも分かってやっている。ある意味、甘えられる存在だと認識されているのかもしれないな。信用を勝ち得たということか。……もしくは、召使とかアゴで使っていい存在だと認識されたか………………言及は避けておいてやろう。
「では、待っている間にもう一つ座興といくでござる。モコカ氏、もう一枚紙をいただいてもよいでござるか?」
「………………」
「モコカ氏?」
「え!? あ、あぁ! 大丈夫だぜです! じゃんじゃん使ってくれよです!」
「もぐもぐ、どちら様ですの? もぐもぐ……」
物を食いながらしゃべるな、イメルダ。お嬢様なんだろ、一応。
お前はベルティーナか。……ベルティーナにもやめさせたい行為なんだがな。
「では、麻婆茄子を描いてみるでござる」
モコカの色鉛筆と紙を手に、ベッコが腕をまくる。
「あ、あのっ! 麻婆茄子のイラストはすげぇ難易度が高ぇぜですよ!」
「なぁに。拙者、一度見た物ならなんだって描けるでござる故、心配無用でござる」
軽く言って、軽くペンを走らせる。
まるでインクジェットがプログラムに則り一瞬で鮮やかな映像を紙に印刷していくように、ベッコが操る色鉛筆が、無地の紙に香りと温かさを感じさせるくらいにリアルな麻婆茄子を描いていく。
「……これは、美味しそう」
「ござるさん、絵もうまいです。食品サンプルだけじゃなかったです」
「大したもんだよねぇ、相変わらず」
「まぁまぁですわね」
「でも、先ほどの私の絵の方が、ある意味で『美味しそう』でしたけれど」
「よし、黙れナタリア」
ナタリア以外の全員がその技術に感心している。
四十二区では、食品サンプルの影響から、ベッコの作る『芸術的ではない』創作物の評価が上がってきている。これまでは見向きもされなかった写実的なものが、四十二区内では素晴らしいと評価されるようになったのだ。
そして、四十二区の外から来た、イラストのプロはというと……
「し…………っ! 師匠っ!」
「し、師匠……って、誰がでござるか?」
描かれた、リアルで美味そうな麻婆茄子のイラストを見て、モコカがベッコの前に手を突いた。土下座だ。
「私を弟子にしやがれです!」
「ヤ、ヤシロ氏……これは?」
いや、俺に言われても……
「正直おったまげたぜです! こんなリアルなイラスト、生まれてこの方一遍も見たことがねぇぜです! どうか、師匠の技術を私に伝授しやがれくださいです! この通り、ケチケチすんじゃねぇよ、お願いだぜです!」
「ヤシロ氏、拙者は今……お願いされてるでござるか? 命令されてるでござるか?」
命令かな……まぁ、お願いのつもりなんだろうけど。
「いや、拙者などまだまだ修行中の身。師匠などおこがましいでござる故、頭を上げてほしいでござる」
「弟子にしてくれるまではここを動かねぇです!」
「それは迷惑だから弟子にしてやれ、ベッコ」
「しかし、ヤシロ氏!? 拙者、教えられることなど、何も……」
「いいじゃありませんの。あなたがやっていることを近くで見せておあげなさいな」
麻婆茄子の味がしみ込んだ箸を「ちゅぅううー!」っと吸って、イメルダが悠然と語り出す。
「芸術とは、教わるものではなく、見て盗むものだといいますわ。ベッコさんがわざわざ教えずとも、勝手に盗ませてあげればいいのです。それで上達するかどうかは彼女の才能次第ですわ。師匠の責任ではありませんわよ」
言っていることはまともなのだが、箸をしゃぶるな。
「ふぅむ……しかし」
「師匠! 奥様のお顔を立てて、ここは一つ大人の対応をしやがれです!」
「はぁっ!?」
奥様と言われ、イメルダが立ち上がる。
肩がぐーんと持ち上がり、怒り心頭だ。
「誰がこんな人の奥様ですの!? 失礼にもほどがありますわ! ベッコさんに異性としての興味など、ノミの小指に出来たササクレほどもありませんわ!」
「物凄く小さいでござるな、そのササクレ!?」
「当然ですわ! ベッコさんと結婚するくらいなら、お子様ランチと結婚いたしますわ!」
「食べ物とでござるか!?」
「イメルダ・お子様ランチとお呼び下さいまし!」
「ファミリーネームでござったか、『お子様ランチ』!?」
アホとアホがアホな漫才をしている。
お前らがまかり間違って結婚したら……やかましい家庭になるだろうな。
隣の区ぐらいから眺めている分には楽しそうだが、同じ区にいると煩わしそうだ。
「そ、それじゃあ、私が師匠の伴侶となってやるぜです!」
「驚天動地でござる!? ヤシロ氏、この御仁は何をおっしゃっているのでござるか!?」
「お前の才能に惚れたってことだろう?」
「顔もカッコイイぜです!」
「「「「『精霊の……』っ!」」」」
「ヤシロ、マグダ、ロレッタ、イメルダ。やめなさい」
エステラが俺たちの衝動を強制的に抑えつける。
しかし、それも仕方ない。
モコカはこの後マーゥルの館へ連れて行かなければいけないのだ。カエルにしてしまっては元も子もない。くそぅ、悔しいが……精一杯働け、俺の自制心!
「もし、弟子にしてくれるなら、私なんだって言うこと聞いてやるぜです!」
「よし、ベッコ。弟子にしてやれ。で、モコカはマーゥルのところの給仕になって、情報紙にイラストも提供して、たまに師匠の創作活動を見学に来い」
「ヤシロ氏、そんな勝手な……!?」
「たまに見せてやるくらいいいだろう? それに、美少女に好かれるのは悪い気しないだろうが」
「いや。実は拙者、最近Gカップ未満は女子と見なさいことにしている故……」
「ベッコ……表で話をしないかい?」
「まさか、『BU』ナンバーワン美女の私も圏外とは……」
「ござるさんのくせに、生意気ですね……」
「……ベッコ。その勝負、受けて立つ」
Aカップのエステラはもちろん、Eカップのナタリア、Cカップのロレッタ、未発達のマグダを一気に敵に回したベッコ。
ただ一人、つい最近FからGへクラスアップしたイメルダだけが「あらあら、ささやかさんたちの嫉妬は醜いですわね」と余裕ぶっていた。
「ちなみに、モコカ氏は何カップでござるか!?」
「ベッコ……領主として、刺すよ?」
「そうだぞベッコ、失礼じゃねぇか。どう見てもBカップだろう」
「君も失礼だよ、ヤシロ!? そしてたぶん、正解なんだろうね!」
断言する。間違いなくBカップだ!
「分かったぜです……弟子は、諦めてやるぜです……だから!」
モコカは立ち上がり、Bカップの胸を精一杯、出来得る限り、最大限に寄せて谷間を作り、ベッコに向かって頭を下げる。
「弟子の見習いにしやがれくださいです!」
……結局、諦めないんだろうな、こいつは。どこまでいっても。
「ベッコ……」
「う、うぅむ……拙者、こういうことは初めてでござる故、戸惑いは隠せないでござるが……」
ぼさぼさの髪を掻いて、ベッコが口元を緩める。
「至らぬ点も多いかと存じるでござるが、ほどほどに、よろしく頼むでござるよ」
芸術家とは、技術に惚れられる人種だ。
まぁ、有名税というか、与えられた才能に付加するもんだと思って諦めろ。
「よっしゃー! さすが師匠! 話が分かるイケメンだぜです!」
「「「「『精霊の……』っ!」」」」
「だからやめなって! ヤシロ、マグダ、ロレッタ、イメルダ」
「ベッコさん、麻婆茄子お待たせしました。……で、何かあったんですか?」
喜ぶモコカに、困り顔のベッコ。
ジネットが何やら楽しそうな空気を感じて説明を求めてくる。
意外なところで繋がりは生まれていくもんなんだな。とか思いつつ、俺はジネットにたった今あった出来事を話してやった。
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