「わたしたちは東側へ向かうルートですよね?」
「あぁ、そうだな」
俺たちは先に東側をめぐるルートだ。
東側を歩くことは滅多にない。
住宅街なので立ち寄る用事がないのだ。
ネフェリーの家に行く時くらいかなぁ。
マグダは狩猟ギルドによく行くけれど。
「……狩猟ギルドは、大きな魔獣を模した飾りを盛大に飾り付けている」
「そうなのか?」
「……そう。…………ハロウィンの趣旨を、盛大にはき違えている」
「まぁ、ウッセだしな」
「……そう、ウッセだから」
お化け屋敷に入ったら怪獣の模型が置いてあったみたいな勘違い感だ。
今日、他の場所を歩いて顔を真っ赤にするがいい。「やばっ! 俺たちのやつ、ちょっと違う!?」ってな。
そんな話をしているうちに、俺たちは大通りへ来ていた。
大広場まではもうすぐだ。
「やぁ、諸君! 見事な仮装だね」
普段以上に爽やかな声がする。
振り返るまでもなくエステラだ。
きっと今日の仮装に自信があるのだろう。
そりゃそうだ。あの妖怪をお前以上に完璧に演じきれる人間なんていないからな。
もはや、お前のための妖怪だ。
その仮装、独り占めしていいぞ。
「よう、エステラ。仮装はばっちり…………『ぬりかべ』じゃない!?」
「その不愉快なネーミングのオバケにはなんの恨みもないけれど、ボクは一生涯それの仮装をすることはないだろう」
エステラがなんか可愛らしい仮装をしている。
四角くない!
壁じゃない!
「ぬり~」って鳴かない!
平らじゃな……い、ことは、ないか、うん。
「何カベだよ?」
「カベじゃない! 君が話していた吸血鬼さ!」
「え、なに? 吸尻鬼がなんだって?」
「誰がお尻なんか吸うのさ!? 吸血鬼! ヴァンパイア!」
吸血鬼だというエステラは、血のように赤いアイメイクで、妙に色っぽい雰囲気を纏っていた。
どういうイメージなのかは知らんが、ヒザより長いロングブーツに、際どいホットパンツで絶対領域を強調し、へそが覗く短いシャツの上に燕尾服を極端に改造したような、背後の裾だけがやたら長いタキシード風のジャケットを羽織っていた。
そして、手のひらサイズのシルクハットを頭に乗せ、こめかみ付近からコウモリの羽を生やしている。
ちょっとサキュバス的なニュアンスが混ざっているな。
「どうだい? なかなか見事な完成度だろう? こんな吸血鬼が、世界のどこかに存在しているかもしれないよ?」
「そして、美女の『イキチチ』を吸うんだな」
「『イキチ』だよ!」
「漢字で書くと『生乳』」
「『生き血』!」
「『生乳を吸う』!」
「それは君だろう!?」
「え、いいの!? じゃあ、早速」
「滅するよ!?」
仮装の一環なのか、ごちゃごちゃとしたデコレーションがなされた首飾りを俺に向ける。十字架の背後に円がくっついたような、精霊教会のシンボルだ。
「魔族のくせに教会の聖なる力に頼るなよ」
「魔族以上に禍々しいスケベ心を持ち合わせている知り合いがいるからね。用心のためさ」
そんな十字架で思春期の暴走が抑えられるものか。
「いい加減にしておかないと、今夜も長い懺悔を喰らう羽目になるよ?」
「……だな。そのマークを見る度に、最近胃がしくしくするようになってきたよ」
「ヤシロさんがいけないんですよ。変なことばかりするから」
ぽかり、と、ジネットにデコを叩かれる。
体罰だ!?
「うふふ。今日はオバケさんなので、乱暴者なんです。気を付けてくださいね」
「うぅ……悲しい」
「へっ!? あ、あのっ、もしかして、痛かったですか? ごめんなさい、そんなに強くするつもりはなかったんですが……!」
「ジネットちゃん。ヤシロの言うことを真に受けちゃダメだよ」
「……店長に乱暴者は荷が重い」
「ですね。どんなに悪ぶっても、決定的に優しいです」
「あぅ……騙しましたね、ヤシロさん?」
「なんのことだ? 俺は『ジネットが変わってしまって悲しい』と言っただけだぞ?」
「痛い」とも「傷付いた」とも言っていない。
勝手な解釈をしたのはそっちだ。
「いつもどおりのわたしが、……いい、ですか?」
「基本的にはな」
その方が騙しやすいし、扱いやすいし、無防備でわっほ~いだし。
「でも、今日はちょっとだけ悪い子でいいんじゃないか」
「はい。では、適度に」
ま、無理だろうけどな!
「ところで、ヤシロ。君は仮装をしないのかい?」
「わぁ! ダメです、エステラさん!」
「……ヤシロにそれを聞くのは自殺行為」
「あ、あの……わ、わたし、ちょっと、ミリィさんを探してきますね!」
「へ? え、なに? なんなの?」
エステラの発言を聞いて、陽だまり亭の一同がずざざっと、俺から遠ざかった。
ジネットなんか、背を向けて逃げ出してしまった。
突然のことに、エステラは戸惑い、逃げた面々をきょろきょろと目で追う。
「る、ルシアさん。これは一体どういうことなんですか?」
「それがな、私にもよく分からぬのだ。昨晩から、マグダたんに『絶対尋ねるな』と言われていただけで」
「同じ、私も、ルシア様と。止められた、聞くことを、友達のヤシロの仮装の内容を」
「モリーは、何か知っているのかい?」
「え…………っと、まぁ……一度見ていただくのが、手っ取り早いかと…………あ、でも、ある程度覚悟はしておいてくださいね。心臓が痛くなりますので」
ぺこり、と頭を下げて、モリーはそそくさと避難していった。
「ワタクシも聞いていませんわ。ヤシロさんは、これで仮装している状態ですの?」
「まぁな」
一見すれば、いつもの爽やかイケメンヤシロ君そのものなのだが、……実は、俺はすでに仮装をしている。
仮装というか……オバケの仲間入りをしているのだ。
「どっからどう見ても、いつもの英雄じゃねぇか。どこが仮装なんだ?」
「えーゆーしゃ、ぃつもと、ちぁう、の?」
「オイラにも、いつも通りのヤシロさんに見えるッスけど……?」
「……知りたいか?」
「やけにもったいぶるじゃないか」
「この後も予定があるのだ、さっさと説明せよ、カタクチイワシ」
両領主に威圧され、小市民な俺は唯々諾々と命令に従う。
では、しかと見るがいい……俺の、仮装を。
「まぁ、一見すれば普通のイケメンだが――」
「どの口が言っておるのだ」
「陽だまり亭の鏡、壊れちゃったのかい?」
「うるせぇなぁ。これから説明するんだから、ちょっとだま……っ、だまっひぇ…………ふぇっ…………はっ、はっ…………はっくしょん!」
盛大なくしゃみと共に、俺の首が『ぼとっ!』と落ちる。
「「「ぎゃぁあああああああ!?」」」
真正面で見ていたエステラたちはもちろん、たまたま目撃した通りすがりの住民までもがその光景に悲鳴を上げる。
そりゃそうだろう。
目の前で人の首が腰の辺りまで落下したのだから。
……と。
日本ではすっかりお馴染みとなった、首が落ちるマジック。
服の下に細工を施して、偽の肩を作り出しているだけの、割と簡単な仕掛けだ。
首が落ちているのではなく、俺がしゃがんでも服だけが直立の形をキープしている、と言えばいいだろうか。
ただし、俺が作ったこいつは、日本でよく見かけるあからさまに仕掛けが施してあるジャケットとはワケが違う。
普通にしていれば、まぁ確実に仕掛けがしてあるとは悟られない、自然な仕上がりになっているのだ。
さて、首落下の後は、お約束の――
「……っと、いけねぇいけねぇ。首が取れちまった。……よい、しょ……っと。ふぅ、くっついた」
自分の首を持ち上げて胴体に取り付ける――みたいな小芝居をしてリアリティを出しておく。
難点は、横から見られるとしゃがんでるのが丸分かりになるってところだな。
ちなみに、この『首落ちマジック』用の衣装。これまた日本ではメジャーな『上半身落ちマジック』にも対応している。
上半身がぽろっと取れて、腰にしがみついてちょこちょこ歩くヤツだ。
上下半身分離マジック、とでも言えばいいか。
あれも原理は同じ。
ただ、それを両方兼ね備えた上に、普段着と比較しても不自然さがまるでない仕上がりに出来るのは、世界中で俺だけだろう。
ふふん。これ一本で巡業出来そうだ。
「……し、心臓が、痛い……」
「う、うむ……縮み上がったぞ」
「じゃあ、エステラに近付いちまったのか?」
「乳の話ではない! 心臓がだ!」
「……ルシアさん……、うるさいですよ」
『エステラ』ってワードを出すと、ほとんどの人間がなんの話をしているのか察することが出来る。
すごいな、エステラ。お前の知名度。
「えーゆーしゃ? くび、へいち? ぃたい、なぃ?」
「あぁ、平気だぞ。今日の俺は、オバケだからな」
「ょかったぁ……ぃたい、なら、ちゃんと、いぅのょ?」
お前はお姉ちゃんか。
テレサもお姉ちゃんぶりたい年頃になったのか。
で、テレサの実の姉は……ひっくり返って白目剥いてるけど、平気なのか?
そっちの方が一大事に見えるけど?
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