数十分後、眠る俺の体は慈しむようなとても優しい手つきで揺すられた。
「マイベストフレンド・ヤシロ君。さぁ、起きて新しいスイーツのレシピを教えてくれたまえ」
「ポンペーオ……死刑」
この世には神も仏もないらしい。
……精霊神、テメェの底意地の悪さを今、改めて噛みしめたよ。
「いやぁ、驚いたよ。目が覚めたら外でね、周りにはむっきむきの男たちが折り重なるように倒れていて、自分の置かれた状況が一瞬理解できなかったよ」
あははと、爽やかに笑うポンペーオ。
意識を失うまで無償労働させられて、起きてみれば外でごろ寝。それでよく笑ってられるな。
「どこの誰かは分からないが、親切な人が私に毛布を掛けてくれたようなのだが、もしやこれはヤシロ君――かな?」
「いいや、まったく身に覚えがないが」
なにを「その特別扱い、よき☆」みたいな顔してんだよ。してねぇよ、特別扱いなんか。
「ここに見慣れない紋章があるのだが、これに覚えはあるかい?」
「どれ?」
見れば、それは金物ギルドの紋章だった。
「じゃあ、ノーマじゃないか? お前をこき使ったって自覚があるから、せめてもの償いに毛布を掛けてくれたんだろうよ」
ノーマならありそうだ。
と、思ったが、ポンペーオの顔がみるみるシワに埋もれていく。
「ノーマ……というのは、あのキツネ人族の女性だよね?」
「おう。胸元がっつり谷間エブリデイサービスタイムの美人だ」
全人類はノーマに感謝してしかるべきだ。
自分の容姿と需要をしっかりと理解した上で、あえて見せてくれているのだから。
ただし、お触りは禁止だぞ。
指一本でも触れたら、責任問題だからな? 一生をかけて償うことになるからな?
と、ポンペーオを見ると、これまで見せたこともないようなしわくちゃの表情になっていた。
どんな感情の表れなんだよ、それは。
「彼女は……鬼だ。イヌ耳少女が私にライバル心を抱いていることは以前より知っていたが、まさか彼女を超える者がいたとは……」
「ノーマが何かしたのか?」
「彼女は、私を奴隷か何かだと思っているのではないか?」
相当こき使われたらしいな、昨日。
「唯一にして無二のエンジェル、小柄で愛くるしいテントウムシの君だけが、私の味方だった……」
死にそうな忙しさの中、ミリィだけが気にかけてくれたらしい。
「テントウムシの君が私の顔色を見て、少し休んではどうかと提案してくれたとき……あのキツネは『立場を弁えろ』と言い放ったのだよ……」
ポンペーオの顔が真っ白になる。
その表情からは、怒りよりも恐怖が色濃く感じられた。
……ノーマ。本気でアゴで使ったみたいだな。しかも、金物ギルドにいる時のノリで。
あのノリな、金物ギルドの乙女くらいのフィジカルがないと、死ぬんだぜ。覚えておきな。
「ネフェリーは?」
「あぁ、あのモデル体型の美少女か。彼女は美しいな。外見もさることながら所作に内面の美しさが滲み出していた。自分の仕事が忙しかったようで、こちらまで気が回らなかったようではあるが、気遣わしげな視線は幾度となく感じた。ただ、彼女は少し近寄りがたい。たとえるならそう、繊細な飴細工のような、気易く触れてはいけない高潔さを感じたのだよ、うん」
顔、ニワトリだけど?
ポンペーオの目にはネフェリーが美少女に映るのか。
しかも飴細工のように繊細で高潔な美しさときたもんだ。
「今度、四十区で養鶏場の指導をすることになったから、どこかで会うこともあるかもな。ラグジュアリーに認められる卵を作るって意気込んでたからよ」
「おぉう! なんたる奇跡! あのように美しい女性が作る卵は、さぞ美しい味がすることだろう。是非とも使わせてもらうよ!」
ん~……すっごく興味ないけど、パーシーのライバル候補が現れたって感じか?
……いや、だからさ、ネフェリー付近でさ、ライバル女が現れ、そっちが落ち着いたと思ったらライバル男が現れ――って、九十年代の少女マンガみたいな展開広げるのやめてくんない?
物凄く興味がそそられないんだわぁ!
勝手にやってればいいから、こっちに話を持ってくんな!
いいな? 分かったか、精霊神! どーせ、お前の差し金だろ!?
「それで、この毛布なのだが」
「ノーマじゃないなら、金物ギルドの乙女たちじゃないか?」
「乙女……ほぅ?」
ポンペーオが「ふっ」っと口元を緩める。
四十区のお嬢様方を虜にするダンディスマイルだ。
「是非、お礼を言いたいね。今度紹介してくれないだろうか?」
「紹介してやるから、その前に遺書だけ書いとけ」
たぶん、今の気持ちで会いに行くと心臓止まるから。
濃いからなぁ、あの一帯。
「それで、レシピなのだけれども!」
「あ~、はいはい。混ぜる卵を先に泡立てとくだけだよ。金型はノーマに頼むと作ってくれると思うぞ」
「ノーマ…………けっ」
心証最悪になってるな。
「まぁ、普通の丸でいいなら、四十区の誰かに頼めばいいさ」
「いやしかし、昨日のネコや魚はとても美しかった。スフレホットケーキはやはりあの形でなければいけない!」
「じゃあノーマに発注しろよ」
「……くゎっ!」
ここまでノーマに拒否反応示すのって、ウーマロ以外では初めてだな。
あぁ、感性がウーマロに近いのかもしれないなぁ。
とか思っていると、ウーマロがひょっこりと現れた。
「あ、ヤシロさん起きたッスか? テーブル、完成したッスよ」
どうやら、俺が寝ている間にテーブルの修理は終わっていたらしい。
というか、ウーマロが現れるとポンペーオが面倒くさいことになりそうだなぁ。
ほら、こいつ大のウーマロマニアだから。
直したテーブルを見て、またテンションを上げそうだ。
「あれ、ポンペーオ。来てたッスか?」
「はい! マイベストフレンドのヤシロ君に新しいレシピを伝授してもらったのです!」
「そりゃあ、よかったッスね」
「はい! それで、ヤシロ君! あのレシピはアレンジが何通りも出来そうなのだけれども、君の意見を聞かせてはくれないだろうか!?」
「いや、ウーマロのテーブルはどーした!?」
「テーブル? ……とは?」
えっ、なんで!?
お前の大好きなウーマロの直したテーブルだぞ!?
形がスタイリッシュとか、磨きが一流とか、無理やり褒め倒すのがお前だったろ!?
いつの間に優先度で俺がウーマロを上回ったの!?
やだ、やめて。怖い。いや、キモい。
「お前のウーマロに対する愛はその程度だったのか!?」
「その話、詳しゅう聞かせてくれへんやろか!?」
「出たな、妖怪・お腐れ様」
レジーナがにゅっと俺の背後から顔を覗かせる。
「腐のトライアングル……尊っ!」じゃねーんだわ。俺を入れるな、不愉快な。
「ヤシロさん。おはようございます。今日も素晴らしい朝ですよ」
「ご覧の通り、なかなか不愉快な有り様なんだが」
「とても賑やかで楽しそうですよ」
くすくすと、厨房から顔を見せたジネットが俺を見て笑う。
ポンペーオやレジーナに囲まれる朝は決して素敵でも清々しくもないだろうに。
「ポンペーオさん。昨日、ノーマさんからお話を伺っていましたので、わたしがまとめたレシピをご用意しておきました。こちらでよければお収めください」
「おぉ、陽だまり亭の店長さん! 素晴らしい。相変わらず行き届いた気配りには称賛すら覚えるほどだ」
「うふふ。大袈裟ですよ」
「いやいや。同じ飲食店でありながら、なぜそこへ意識が向かわないのかと忸怩たる思いになる店主は多いものだ。嘆かわしい」
そーだな。
お前んとこの渋い紅茶とかな。
「おぉ、このレシピならばすぐに再現できそうだ。ありがたく頂戴する」
「はい。昨日はお疲れ様でした。四十区でも喜んでいただけるといいですね」
「無論だ。あぁ、こうしてはいられない。金物ギルドへ寄ってすぐに四十区へ戻るとしよう。マイベストフレンド・ヤシロ君。アレンジのお話はまた後日に。では」
ジネットのレシピと金物ギルド印の毛布を持って、ポンペーオは大きな歩幅で陽だまり亭を出て行く。
「金物ギルドで帰るための体力を使い切るに10Rb」
「そんなことにはなりませんよ」
ジネット。お前は何も分かっていない。
「毛布を掛けてくれるなんて、もしかして自分に気が?」って淡い期待を抱えたまま真実を知ると、……心臓への負荷がえげつないことになる。
金物ギルドの乙女は見た目にも精神的にも、インパクトと攻撃力が高いからなぁ。
「では、そろそろみなさんを起こして教会の寄付へ向かいましょうか」
もうそんな時間なのか。
じゃあ、俺は顔を洗って身支度をするとして――
「レジーナ。マグダとテレサを起こしてきてくれるか?」
「えぇ……毎回の恒例行事にすんのは勘弁してやぁ……」
その後、半分以上眠っているマグダを背に背負い、夢の中のテレサを小脇に抱えたレジーナが「うわぁ、めっちゃデジャヴやわぁ……」と顔を引きつらせるのを見て、これは毎回恒例にしようと密かに決めた。
「ほら、起きてんか~」
「……むにゃむにゃ……とんでもない」
「……とんでぅー」
「はいはい、飛んでへん飛んでへん。飛んでへんから起きや~」
レジーナ、意外と子供あやすのに向いてるかもな、うん。
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