「んじゃ、いただきますか!」
「はい。召し上がれ」
「「「いただきます」」です!」
号令をかけ、一斉に料理を口へと運ぶ。
俺はカレーを食ったのだが――
「うっ……まぁー!」
乳酸にいじめられて死屍累々と倒れ込んでいた細胞が、スパイシーなうま味を浴びて踊り出しやがった気分だ。うま味が全身に沁み渡っていく。
「ジネットちゃん! この芋煮っていうの、すっごく美味しい! どうやって作ったの?」
「それはですね、ベースに――」
「さぁ、魔獣の肉を食べよう! ボナコンは久しぶりだなー!」
嬉しそうに話すジネットの声を聴きながら、こんがりと焼けたボナコンにかぶりつく。
美味い!
柑橘系にも負けない勢いで肉汁が溢れ出す。口の中が美味さに侵食されていく。
白米をかき込みたい! あ、カレーの白米があったか! うはっ、うまっ!
「ヤシロさん、芋煮はどうですか?」
「うん。美味い!」
日本で食った物とは少しだけ味が違うが、それもまた個性だ。
これが、四十二区の、陽だまり亭の芋煮になっていくんだろうな。とにかく美味い。
「見てヤシロ! ボナコンカレー! すっごい贅沢!」
「エステラ、お前な……料理を混ぜんじゃねぇよ、行儀悪ぃな」
「いいじゃない。外での食事なんだし、こういう日なんだし」
二つの料理を混ぜるという、マナー的にアウトっぽいことを喜々として自慢してくるエステラ。普段じゃ絶対しないんだろうな。
貴族が肉や魚をごちゃまぜにして食べるなんて、はしたないと言われるだろうし。
こいつらきっと、ねこまんまとか食ったことないんだろうぜ、可哀想に。美味いのに。
「ふぉおお!? ボナコンカレー、暴力的な美味しさです! これは凄まじいです!」
「……ボナコンのうま味がカレーの強さに負けていない。そればかりか、ボナコンの肉汁がカレーに深みを与えている」
「こういう風に味が変化するんですね。新発見です」
確かに、いい肉の入ったカレーは美味いが、その味は想像の範疇を超えない。
ジネットをわっしょいわっしょいさせるほどではなかったようだ。
まぁ、肉を追加したからってそこまで劇的に変わるわけが――
「うっっっまっ!? なにこれ!? うまっ!」
めっちゃ美味い!
鶏、豚、牛が裸足で逃げていくくらいに美味い!
「変わるもんだなぁ」
「そうですね。わたしもびっくりしてます」
「その割には、わっしょいわっしょいしてないんだな?」
「へ? そう、ですか? まぁ、でも、想像の範疇でしたし、おそらくこの味は初めの一口のインパクトが長く続かない気がしまして」
そんなジネットの推測はまさに正解で、凄まじい衝撃を与えたボナコンカレーだったが、二口、三口と食べ進むにつれ「まぁ、こんなもんか」という気になってきた。
いや、美味いんだが、美味いのが当たり前というか、平たく言ってしまうと、ちょっと飽きるというか。
きっと、カレーもボナコンも主張が強過ぎるんだろうな。
それぞれが主役を張れる強烈なインパクトを持っているから、――たとえるならバンドのような一体感がなくて、別のバンドのボーカル同士が組んだスペシャルユニットのような、その一曲は特別感があっていいけど、長く活動するならやっぱ元のバンドの方が調和が取れていていいなというか――そんな印象だ。
それを一口目で見抜いていたジネットは、さすがプロといった感じか。
……一体感、か。
「なぁ、ジネット。チーズはないか?」
「チーズですか? えっと……」
「ございますよ」
にこやかに答えたのはアッスントだった。あちらこちらをうろうろして、人々の反応を窺っていたらしい。感触がよければ何かしらの商売につなげようという魂胆か。商魂逞しいねぇ。
「少々お待ちを」と言って駆けていったアッスントは、物の数分で何種類かのチーズを持って戻ってきた。
その中でも特によくとろけるチーズを選び、薄くスライスして、カレーに乗せる。
「えっ!? カレーにチーズを入れるんですか!?」
「まぁまぁ、いいから。一口食ってみ」
とろけ始めたチーズをたっぷりと絡めて、一口分のカレーとライスを掬ってジネットへと差し出す。
一瞬戸惑いを見せて、ジネットがそっとカレーを口に入れる。
瞬間、ジネットの瞳がきらりと輝いた。
「……チーズのコクがカレーを包み込んで……お口の中でわっしょいわっしょいしています!」
「えっ、美味しいの、それ!? ボクもやってみよ!」
「あたしもです!」
「……マグダはすでにやっている」
それぞれがスライスしたチーズをカレーに入れ、そしてかき込む。
エステラとロレッタはスプーンを皿の上に落とした。
「……これは、反則だよ」
「……まさに、反則的な美味しさです」
「……う~ん……まんだむ」
最後のはマグダだ。まぁ、言うまでもないか。
あと『強制翻訳魔法』さ……雰囲気で翻訳すんのやめろや。
「ヤシロさん」
「ん?」
「これは、陽だまり亭のメニューに追加決定ですね」
追加は別にいいけれど。
「ボナコンカレーに比べるとインパクトは薄くないか?」
「確かに、インパクトという面ではそうかもしれません。ですが」
残りわずかとなった俺のカレーを指差して、ジネットはプロの顔で言う。
「これは、またすぐにでも食べたくなる味です」
ボナコンカレーは、素材の高級さもさることながら、味的にも「特別な日に食べるご馳走」感が否めない。
それに引き替えチーズカレーは、「気が向いたら気楽に食べられる」そんな味だ。
「気負わず、笑顔で食べられて、それでいて今度食べようって決めたらその日からわくわくして待っていられる、そんな料理が陽だまり亭に相応しい物だと思うんです」
「じゃ、お眼鏡にかなったわけだ」
「はい! 大合格です」
合格に大も小もないだろうに。
「…………あっ!?」
自分のカレーにもチーズを乗せようとして、ジネットが声を上げる。
そして、俺のカレーを見て、自分のカレーを見て、自分のスプーンを見て、俺のスプーンを見て、そして気が付いたらしい。さっき自分が口にしたのが俺のスプーンだったということに。
「あぅ、あの、えっと…………ご、ごちそうさま……でした」
んんっ、ん!
妙なことを口走らないように!
そんな深い意味とかないから!
ちょっと食ってみるかって、ただそれだけのことだから!
……えぇいくそう!
チーズカレーが食いたいのに妙に気になってスプーンが使えないじゃないか!
「い、芋煮、食べませんか!? お箸で!」
「そ、そうだな! とりあえず……いったん休憩を挟むか」
スプーンを箸に持ち替えて、ジネットお手製の芋煮を啜る。
あぁ、温まる。つむじからつま先までポッカポカだ。暑っついわぁ~!
しょうがない、話を変えるか。
「なぁ、お前ら。特にエステラ。気が付いているか?」
「何にだい?」
「白組の逆転劇の裏で、俺が狙っていた真の目的に、だよ」
「真の、目的……?」
エステラがマグダたちに視線を向ける。
だが、誰一人として俺のメッセージには気が付いていないようだ。
なんだよ。
白組の優勝に相応しいメッセージを、折角仕込んでやったってのによ。
棒引きの前に得点ボードを見て、それが可能だと気付いた時は、精霊神あたりが「そうしなさい」と一丁前に示唆してんのかと思ったくらいだ。
「得点ボードを見てみろ」
リレーは、一位に500ポイント、二位に400ポイント、三位に300ポイント、4位に200ポイント加算される。
それらのポイントを加算した合計点は――
青組:3880ポイント
黄組:3980ポイント
白組:4180ポイント
赤組:4080ポイント
「白組の得点をよぉく見るんだ」
「4180ポイント……それが、なにさ?」
まだ気付かないのか。しゃ~ね~な。
答えを教えてやるか。
「白組の合計点は『4180』だ。それを逆から読むと『0814』となる」
すなわち。
「『おっぱいよ~ん』になるわけだっ!」
「あ、ごめんロレッタ。おかわり頼めるかい?」
「じゃあ、あたしのもついでによそってくるです!」
「……マグダはボナコンを追加してくる」
「って、おい! 聞けよお前ら!?」
俺が割と苦労して仕込んだメッセージだぞ!?
もうちょっとなんかあるだろう!? 「感動した!」とか、「おっぱいのメッセージのおかげで優勝できたんだね!」とか、「じゃあ、今日はもうおっぱいカーニバルだね!」とかよぉ!
「ヤシロさん」
俺の努力をスルーする悪辣三人娘に代わり、ジネットが俺を見つめて言う。
「懺悔してください」
ふん。
まぁ、想像通りの結末さ。
折角出張懺悔室があるからな。もう一回くらい入っておくのも、悪くないだろうよ。けっ。
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