十数分が経ち、レジーナが店内へと戻ってきた。
「あいつは?」
「ワイルやったら、もう時間あらへんさかい言ぅて帰ってもぅたで」
へらへらと笑い、レジーナが長い髪をふわふわ揺らせて歩いてくる。
「……あんま見んといてんか。視線に酔いそうやわ」
店内にいた全員から視線を浴び、レジーナが苦笑いで適当な席に座る。
みんな、一応気を遣って視線は外すが、意識は完全にレジーナへと向いている。
「さて……どこから話したもんかぃな」
テーブルに肘をつき、顔の前で手を合わせる。
指を曲げて手を組めば、レジーナの鼻から下が隠される。
嘘を吐き慣れてないヤツが口元を隠すのは、本心を見抜かれたくないという心理が働いている証拠だ。
軽口を叩いていても、レジーナは怯えているのだ。
これから話す内容が、こいつらにどう受け止められるのかが不安で。
「せやな。まずは根本から聞いてもらうべきやろね」
座ったまま背筋を伸ばし、レジーナが照れくさそうに語り始める。
「知っとる人もおるかもしれんけど、ちょっと聞いたってんか」
バオクリエアで生まれたこと。
一流の薬剤師であった父に薬学を叩き込まれたこと。
才能と教育の賜物か、幼くしてバオクリエアで偉業を成し遂げたこと。
その結果、大きな研究機関に招かれ新薬の研究開発に携わっていたこと。
そして、その才能は王や王子たちにも一目を置かれるレベルになっていたこと。
そんなことを、「なんや、自慢してるみたいでかなんなぁ~」なんて言いながら話していく。
そして、バオクリエアの成り立ちと、過去の国王が行ってきた侵略政治。
第一王子と第二王子の王位継承権争い。
バオクリエアが抱える危険な部分を、隠すことなく告げる。
おそらく、そこを隠した状態で出立すれば、かえってこいつらを心配させてしまうと思ったからだろう。
秘密にするようなことではない。
確かに危険だが、危険であることはすでに承知済み。承知していることになら対策も打てる。
だから、安心してほしい。
そんな思いが、レジーナの語り口からは感じられた。
「さっきのワイルさんが第二王子派だったということは、レジーナさんは第二王子派なんですか?」
ロレッタが問いかける。
侵略をよしとしない第二王子派。レジーナはおそらくそちら側の人間だ。
――と、思ったのだが。
「ウチはどっちでもないなぁ。強いて言うなら、現国王派やね」
第二王子派ナンバー2にして筆頭護衛騎士のワイルと幼馴染でありながら、レジーナは第二王子派ではないという。
その理由は。
「国を真っ二つに割って争い続けとる王子らぁ見とったら『何しとんねん!』って気持ちになってもぅてなぁ」
侵略するために邪魔な第二王子を消そうとする第一王子はもとより、侵略させないために国内で争いを生んでいる第二王子も、レジーナが仕えたいと思う指導者像とはかけ離れているようだ。
「まぁ、綺麗ごとだけではどーしょーもないんは、分かっとるんやけどな……」
それでも、そんな理想を求めてしまう。
その理想に届かない者を信じることは出来ないと、レジーナは言う。
「第二王子は、ウチのことを守る言ぅてくれてはるし、実際何度か助けられてるねん。せやから、どっちかっちゅうたら、ウチはきっと第二王子派なんやろうけど……」
そう、信じきることが出来ないから、レジーナはバオクリエアを出たんだ。
どちらにも付くことが出来ないから。
もちろん、身の危険もあっただろうが、心底信用できる者がいれば、きっとレジーナは違った選択をしていただろう。
「どっちか選べ言われても選びきれへんくてなぁ……アカンわ。やっぱウチ『センタク』が下手やな」
パンツも洗えないレジーナは、人生の決断にも二の足を踏んでしまうようだ。
「大切にしてくれてはるなぁ~とは感じるんやけど……けどやっぱ、どっかでなぁ……」
『敵より優位に立つための道具としてそばに置いておきたいだけなんちゃうん?』
そんな思いが、拭いきれないらしい。
まぁ、レジーナを意のままに操ることが出来れば、敵を屈服させる凶悪な毒薬も、どんな恐ろしい毒物をも無効化してしまう特効薬も思いのままに手に出来るだろうからな。
もっとも、レジーナを意のままに操るってのが土台不可能なんだけどな。
「それじゃ、とっても危険ですよね?」
ロレッタが立ち上がり、身を乗り出してレジーナに問いかける。
「守るって言ってたワイルさんが騎士団を寄越してくれたって、レジーナさん、全然安全じゃないような気がするですけど、本当に大丈夫なんですか!?」
たまらず駆け出し、レジーナの手をぎゅっと握りしめる。
「かなんなぁ……」
分かりやすいロレッタの、感情が駄々漏れな視線をまっすぐ向けられ、レジーナがくったりと困り笑顔を見せる。
「ウチが男やったら、抱きしめてチューの一つもしとるところや」
本気で自分の身を案じてくれる。
そして、それをこうまで分かりやすくぶつけてくる。
そんな相手は、レジーナの周りにはいなかったのだろう。
もし、そんな相手が一人でもいたなら、レジーナは様々な不満や疑問や苦悩を全部飲み込んででもバオクリエアにとどまっていたかもしれない。
「おおきにな、普通はん。せやけど、大丈夫やで」
空いている手でロレッタの前髪を撫で、レジーナが明るい声で言う。
「やり方がちょっとどうかな~って思うだけで、第二王子が目指してるところは評価できんねん。せやから、たとえ利用されとるんやとしても、ウチは第二王子の方に付こうと思える。現国王が健在でい続けてくれるんが一番の理想やけど、王位継承権争いも、えぇ加減終止符打たなアカンしなぁ」
「レジーナさん、何かするですか?」
「せぇへんせぇへん! というか、なんも出来へんよ、ウチなんか。精々、現国王に『しっかりしてや』って言うくらいが関の山や」
いくらレジーナの能力が必要とされていても、王族をどうこう出来るほどの力はない。
レジーナが「争いをやめろ」と言って争いが止まるなら、きっとそれが誰にとっても理想的なのだろうが……まぁ、聞いた限りじゃバオクリエアの権力争いはどっちかが死ぬまで終わらないだろうな。
「きちんと守ってもらうし、ウチかて守られるばかりでいるつもりはあらへん。まだ誰にも見せてへん、エッグイ防犯魔草も持っとるさかいな……アレが使えるかもしれへんと思うと、ちょっとわくわくしてくるわ……むふふふ」
争いの火種っぽいことを呟いてんじゃねぇよ。
「こういうのはダメですかね? 王様の病気を治す薬をここで作って、それで薬だけ送るですよ! そうしたらレジーナさんが危険にさらされることはなくなるです!」
いいアイデアを思いついたとドヤ顔のロレッタ。
だが、それが出来るならもっと早くそれを選択していただろう。
「それは出来へんねん」
「どうしてです? 薬は高価だから税金いっぱい取られちゃうです? なんなら、あたしカンパするですよ!」
「そうやないねん」
ヒューイット姉弟総出でカンパを募れば相当な額が集まりそうではあるが、きっとレジーナはそれくらいの金なら持ってんじゃないかな。
少なくとも、レジーナが金で困るってことはないだろう。過去の功績や、今もなお繋がりのあるバオクリエアの人材がいる点を踏まえると。
その上、最近では四十二区での利益も上がりまくっているのだ。
石けんにシャンプーに入浴剤。
食材としての香辛料や調味料、加工品。
その上それらの商品のレシピを提供したことによる領主からの配当――まぁ、印税みたいなヤツだな。
レジーナは、商売っ気がまったくないくせに、働かなくてもジャブジャブ金が入ってくるシステムを作り上げているのだ。……羨ましい。
「バオクリエアは薬学が強みやさかいな、外から持ち込まれる薬品には厳重なチェックが入るんや」
チェックした結果、第一王子の切り札を無効化するような薬だった場合――有無を言わさず没収の後に廃棄されるだろうな。
「せやから、ウチが直接行って向こうで薬を作るしかないんや」
「誰かいないですか? レジーナさんくらい賢い、すっごい薬剤師さんが! バオクリエアは薬学が強みなんですよね? だったら――」
「天才なら、何人もおるんやけど――ウチみたいな超大天才(しかもナイスバディー!)は他におらへんねん」
「絶対、(しかもナイスバディー!)いらなかったですよね!?」
ロレッタに突っ込まれて「にへへ」っと笑うレジーナを見て、俺は思った。
あぁ、こいつはもう腹を決めてしまったんだな――と。
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