異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

360話 四十二区に集う -1-

公開日時: 2022年5月23日(月) 20:01
文字数:4,057

 日が傾き始めたころ、続々と各区の領主たちの馬車が四十二区に集まり始める。

 何を思ったのか、二十九区のゲラーシーまでもが馬車に乗ってやって来た。

 ニューロードを通らず、わざわざ三十七区を通過して、外周区をぐるっと回って。

 

「何やってんだよ、面倒くせぇ」

「バカモノ。これだけの領主が一同に介する場に徒歩でなど赴けるか」

「くだらねぇ見栄を張りやがって」

「貴族として当然の嗜みだ」

「マーゥルはニューロードを通って徒歩で来たぞ」

「姉上は領主ではないし……枠に縛られない自由な方であるからだ」

 

 なら、お前もそのニュータイプの貴族になればいいのに。

 姉貴の自由さに憧れながらも、古くからの慣習を捨てきれない。実に中途半端な男だな、ゲラーシーは。

 

「それはそうと、リカルド」

「なんだ?」

「お前、馬車なんか持ってたんだな」

「持ってるわ!」

「いっつも走ってきてるんだと思ってた」

「いつも馬車だよ! わんぱく小僧か、俺は!?」

 

 めっちゃ笑顔で汗を掻きながら「あははは!」って走ってきてるんだと思ってたけど、こいつ、乗り物に乗る知能を持っていたのか。

 

「っていうか、呼ばれてる?」

「呼ばれてるわ! ほれ、招待状!」

「あ、ナタリアの文字だ」

「直々にお前が書けよ、エステラ!?」

 

 賑やかなリカルドがエステラを見つけてずんずん接近していく。

 あ、エステラが逃げた。そそそ~っとお淑やかにルシアとマーゥルのそばに避難してやがる。

 あのゾーン、メンズが割って入りにくいんだよなぁ。

 うわぁ~、メドラとマーシャとトレーシーまで加わった。

 ぷぷぷ、リカルドのヤツ、手前で立ち止まって「ぐぬぬぅ」とか唸ってやがんの。

 

「オオバ! あまり狡賢い知恵をあいつに付けるな!」

 

 俺のせいじゃねぇよ。

 割としたたかなんだよ、エステラは。以前からな。

 

「ヤシぴっぴ」

 

 ドニスがフィルマンを連れてやって来る。

 

「フィルマンまで連れてきたのか」

「うむ。外周区と『BU』に関わる大きな変革が起こる時だ。跡継ぎにも、その目でしかと見届けさせたいと思ってな」

「お邪魔になるようなことは致しませんので、ご一緒させてください」

 

 ちょっと見ない間に随分と落ち着いたな、フィルマン。

 

「では、僕はリベカさんのところにまいりますので、これで!」

「目に焼き付けることに集中しろよ、コラ」

 

 確かにリベカも来てるけども!

 お前らはいつでも会えるだろうが。

 こういう特別な場所ではこっちに集中しろよ。

 

「ったく。教育が行き届いていないぞ、ドニス」

「まったく……若さ故、であろうな。……ちらっちらっ」

「ちらちらマーゥルを見てんじゃねぇよ」

 

 遺伝だな、こりゃ。

 

「ふむ。ちと挨拶をしてくるか」

「しゃべってきていいから、会議が始まったら集中してくれよ」

「無論だ。……ところで、今日の服装はどうだ? 似合ってるか? イケてるかの?」

「知るか!」

「よくお似合いです、ドニス様。イケております」

「相変わらず主が好きだな、お前んとこの執事は」

 

 執事を従え、ドニスがマーゥルのもとへと向かう。

 それを待っていたようにデボラがオッサンを連れてやって来た。

 二十三区の領主だな。

 

「よぅ、イベハゲ」

「人の名を勝手に略すでない」

「イベール様に失礼ですよ、コメツキ様」

 

 コメツキ様も随分と失礼なんだけどな。

 イベール・ハーゲン。

 ウィシャートによって直接的な被害を長年受け続けていた二十三区の領主は、今回の作戦にひとかたならぬ思いで臨んでいる。

 

「以前よりおかしいとは思いながら、尻尾が掴めなかった。今回の話、本来ならもっと初期から我が区が全面的に協力するべきであったのだが……」

「まぁ、こっちが望んで距離を取っただけだ」

 

 ここに至る前段階、ウィシャートをあまり刺激したくなかった時点で二十三区や二十九区と密接にやり取りをするわけにはいかなかった。

 三十区からの関与を拒否し続ける四十二区と、三十区と隣り合い経済が密接に関わっている二十三区二十九区が結託することは、それだけでウィシャートを刺激して暴発を招きかねなかった。

 

 なので、敢えて二十三区とは距離を取っていた節がある。

 

「だが、その代わりではないが、事が済んだ後、新たな三十区の領主を守ってやってほしい。今回のことを盛大に恩に着せてもまだこっちの不払いが大きいけどな」

「君はそんな殊勝な男だったか? なぁに、三十区が正常化されれば我が区にとってもプラスになる。当然サポートはさせてもらう。四十二区と二十九区のような強い絆で結ばれるように」

「エステラとマーゥルのようにな」

「私だよ、ミズ・クレアモナと結びついているのは!」

「あ、ゲラーシー。今他区の領主様と話してるから邪魔しないで」

「私も他区の領主様だよ!」

 

 キャンキャン吠えるゲラーシー。

 お前とエステラの間に絆なんかないじゃねぇかよ、このリカルド枠。

 

「リカルド枠」

「「失敬なことを抜かすな! ……あ゛ぁ゛ん?」」

 

 俺に怒鳴った直後に互いに睨み合うリカルドとゲラーシー。

 

「さすが『BU』の代表者、素晴らしい人格者だな」

「やめてくれ……今、代表を再選考すべきか悩んでいたところなのだ」

 

 イベールがこめかみを押さえてため息を吐く。

 お前らの代表、四十二区で散々イジリ倒されてるぞ。

 

「では、私は他にも挨拶をする者がおるので」

「おう。また後でな」

 

 イベールとデボラが去り、俺も適当な人物に挨拶を済ませようかと視線を巡らせる。

 

「トレーシー……」

「あはぁ、エステラ様の今日のお衣装、素敵過ぎます!」

「……は、いいか」

 

 なんか幸せそうだし放っておこう。

 というか、女性領主はエステラが適当にもてなすだろう。

 

「我が騎士!」

「よぅリベカ」

 

 リベカが元気よくぴょいこらっとやって来る。

 にっこにこ顔のフィルマンを連れて。

 

「久しぶりだな、フィルマン」

「はい、先ほどぶりですね!」

 

 なんか、ドニスといた時よりイキイキしてやがんな、コイツ。

 

「……フラれろ」

「なんということを! 僕たちの愛は、永久不変、永久不滅、永久保証です!」

 

 親会社が夜逃げしそうな謳い文句だこと。

 

「それに、ヤシロさんによって結びつけられた縁は生涯離れないと、もっぱらの噂ではないですか」

「え、なに、その不愉快な噂。初耳なんだけど?」

 

 つか、俺は誰の縁も結んじゃいないんだが?

 

「伝説のレンガ職人セロンさん。悲劇のアゲハチョウ人族のシラハさん。そして、我が二十四区領主ドニス・ドナーティと深層の麗人マーゥル様。それから……僕たちですっ、きゃっ!」

 

 かわいくねーぞ、フィルマン。

 つか、ドニスは結ばれてねぇし、セロンのところもシラハのところも、俺が何かしなくても勝手にくっついてたっつーの。

 

 っていうか、なんだよ、伝説のレンガ職人って!?

 光るレンガの影響か?

 だとしたら、年中発光してるウェンディこそが伝説だろうが。

 あいつは、夜を犠牲にして新しい技術を生み出したのだから。

 

「あぁ、そうだ。リベカ。秘密の抜け道の調査ありがとうな。すげぇ役立ったぜ」

「うむ! あのくらい造作もないのじゃ。しかし、役立ったのならよかったのじゃ」

「今日はまた新しいモン食わせてやるから期待してろよ」

「それは楽しみなのじゃ! 期待しておるのじゃ、我が騎士よ!」

 

 元気よく手を振って、リベカはドニスのもとへと向かう。

 あいつも挨拶回りとかするんだなぁ。次期領主の妻として。……けっ、面白くねぇ。

 フィルマンの寿司にはわさびをこんもり盛ってやろう。

 

「バ、バーサ様。今日は一段とお美しい」

「シリウス様……そんなこと……」

 

 うわぁ、バーサとリカルドんとこの執事ジジイがなんかやってる。

 視力が落ちそうだ。見ないでおこう。

 

 ……つか、あの執事ジジイ、シリウスって名前なのか。

 いっちょ前に二枚目ネームしやがって。

 絶対覚えてやるもんか。お前なんぞ、シワデスで十分だ。

 

「あっ、ヤシロ様☆ どうです、今日のバーサの、攻・め・た・ドレス!」

「エステラ~、そろそろ始めるか~」

 

 うわぁ、魔物が近付いてきちゃった。

 頼むぞ勇者シリウス。そこの魔王をしっかりと繋ぎ止めといてくれ。

「ぐぬぬ……やはり、ライバルはあの男かっ!」じゃねぇーんだわ。辞退する以前に立候補してねぇから、きっちりそっちで処理しといてくれ。

 

「なんというか、壮観だね」

 

 エステラが俺のところまで来て、苦笑交じりに呟く。

 エステラの館で一番広い部屋が、方々の権力者で埋め尽くされている。

 ダンスパーティーでもするような大広間なんだろうが、いささか狭く感じる。

 

「もっと広い部屋作っとけよ」

「あはは。まさか、四十二区にこんな顔ぶれが集まるなんて、これまでは想像もしていなかったからね」

 

 この大広間も、これまではほとんど使用されていなかったらしい。

 確かに、エステラがパーティーを開催したなんて話は聞いたことがないな。

 領主就任も、大食い大会の中で発表されたし。お披露目もあの時だ。

 

「お前の結婚までには、もっと豪華な広間を作っとけよ」

「ははっ、何十年先になるんだろうねぇ」

 

 そんな先にはならねぇだろうよ。

 こいつには、いろいろ責任とかあるしな。

 貴族の責務ってのは、酷なもんだ。

 

「最悪、養子をもらって教育するという手もあるしね」

「カンパニュラが取られたのは痛手だったな」

「あははっ、まったくだね」

 

 あれほど優秀な子供はそうそういないからな。

 

「でもまぁ……」

 

 ほふぅっと息を吐き、静かな声で言う。

 

「ご縁があれば、そのうち――ね」

 

 こればっかりは、自分でも他人でも、なんとも言えないからなぁ。

 

「まっ、まだまだ先の話だな」

「だね」

 

 表情を窺えば、へにゃっとした顔で笑っていた。

 領主を辞めるわけにはいかないのだから、せめてもう少しの間は、自由に生きさせてやりたいもんだ。

 

「じゃあ、難しい話を始めますか、領主様?」

「そうだね。サポートをよろしくね、参謀君」

「ナタリアに言え」

「君とナタリアは、ボクを守ってくれる両翼なんでしょ?」

「いつの間にそんなことになったんだよ」

「今朝のお風呂場で、だよ」

 

 お前が手を汚す前に俺とナタリアがカタを付けるってあれか?

 随分都合よく解釈したもんだな。

 

 まぁ、今回は面倒見てやるよ。

 

 

 崖の上のたんこぶは、煩わしいもんだからな。

 

 

 

 

 

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