「とりあえず話がしたい。エステラとナタリアも入れてやってくれ」
「え…………いえ、でも……女性を私室に入れるのは……」
「ウサギさんには黙っておいてやるから」
「わぁーっ! 危ないことは言わないって言ってくれたじゃないですか!?」
「『お前が協力的になってくれれば』な」
「分かりましたよ! 是非お入りください! でも、なるべく何にも触れず、僕にも接触しないように、特に、変な誤解を受けるような真似は絶対しないと誓ってくださいねっ!」
こいつは……
マーゥルに妙な操を立てて、使用人を男だらけにしているドニスにそっくりだな。
育ってきた環境のせいか? 実の息子だって言われても信じるかもしれん。
発想がまったく同じだ。
「だそうだ、エステラ。部屋に入るなり抱きついたりするなよ? 絶対するなよ?」
「……するわけないだろう?」
エステラに、物凄く冷たい目で見られてしまった。
こいつは、フリを理解していないのか?
いや、まぁ……実際エステラがフィルマンに抱きついたりはしないことは分かってるけどな。性格的に。
「エステラ様。だからといって、ヤシロ様にも抱きついてはいけませんからね? 絶対、抱きついてはいけませんからね?」
「なっ!? す、するわけないだろう! そういう『フリ』みたいなの止めてよね! し、しないからね、絶対!」
ナタリアを睨んだ後、なぜか俺まで睨んでくるエステラ。
……やめろよ、そうやって温度差出すの。ナタリアが「してやったり」みたいな顔しちゃうだろうが。
「と、とにかく入ってください」
使用人たちを警戒しつつ、フィルマンが俺たちを招き入れてくれた。
部屋はとても広く、当然のように綺麗に片付けられている。……一角を除いて。
「……激しいベッドの使い方をしているようだな」
「あっ、あの、これは、その……」
シーツが乱れ、枕がベッドから遠く離れた床に転がっている。
イライラを物にぶつけるのはよくないぞ、少年よ。
「私が整えましょうか?」
「いやっ! いいです!」
俺の作った料理を手に持ったままナタリアが進言するも、フィルマンは全力で拒絶した。
ベッドを他の女に触らせたくないようだ。
匂い移りでも気にしているのか。……目当ての女を部屋に呼ぶことも出来ないくせに。
「では、お食事の用意をさせていただきます」
特に固執することなく、ベッドの乱れをスルーしたナタリアは、手に持ったお盆をテーブルに置き、俺の作った料理の配膳を始める。
「……あの、これは? もしかして、あの給仕の方が?」
「いや、作ったのは俺だ」
「そうですか」
妙にほっとした表情を浮かべるフィルマン。
…………はっ!? まさか。
「お前……『初めて食べる女性の手料理は、あの人の物がいいな』とか考えてるのか?」
「な、なぜそのことをっ!?」
大変、この子重症だ!
初恋をこじらせ過ぎちゃってる!
「もしかして、好きな娘と同じ名字のお店とか見かけるとドキドキしたりするタイプか?」
「いえ。あの人と同じ名前のお店はこの区にはありませんので……」
「まぁ、『ホワイトヘッド』なんて名前は珍しいからな」
「なっ、なな、なんで何もかもお見通しなんですか!?」
「いや、お前さっき、『ウサギさん』にめっちゃ反応してたじゃねぇか!」
こいつ、自分がどれだけボロを出しているのか気付いてないのか?
「……もしかして、僕って分かりやすいんでしょうか?」
「まぁ、注意して見てなきゃ、特定されることはないかもしれないけど……逆によかったな、『ホワイトヘッド』って名前の店がなくて。もしあったら、とっくにバレてたと思うぞ」
店の前を通る度に挙動不審になったり、意味もなく看板を見つめちゃったり、遠回りになってもわざわざ店の前を通ったりしそうだもんな、こいつなら。
「あの、でも……ニック・ベナリという男性がやっているミートパイ専門店の、『ベナリベーカリー』の前を通ると、つい……にやっと……」
「重症! お前、もう末期!」
なんで、そんな中途半端な部分でにやり出来んの!?
「ベナ『リベーカ』リー」って? 拗らせ過ぎも大概にしろよ!?
「ヤシロ様。配膳が完了いたしました」
「よし。じゃあ、さっさと食え、フィルマン」
思い出し「にやり」をしているフィルマンをテーブルへと誘導する。
さっさと食って話を進めたい。
結局のところ、フィルマンの恋愛に片を付けなければ、ドニスの『亜人』に対する偏見云々も手をつけることは出来ないと判断したのだ。
……最悪、フィルマンが玉砕する可能性もあるしな。
なので、先にこっちに取りかかり、さくっと決着をつけるつもりだ。
「あの……申し訳ないんですが、僕、今は食欲が……それに、こんな見たこともないような料理は…………なんか、すごく赤いですし……」
「こいつは、リベカ・ホワイトヘッドが今朝食べた料理だ」
「本当ですか!?」
物凄く食いついた。
首が「ぐぃーん!」ってこっちに向いたな。
フィルマンが、俺の作った麻婆茄子に釘付けだ。
見たこともない謎の料理。それを、思い人であるリベカが食べたというので、気になって仕方がないのだろう。
「この料理は、現在リベカ・ホワイトヘッドが新しく作っている豆板醤という調味料を使用して作られたものでな、この街でこれを食ったことがあるのはリベカ・ホワイトヘッドと、その右腕バーサだけだ」
バーサはいいとして、リベカを呼び捨てにはしないでおく。
フィルマンなら、呼び捨て一つで妙な勘ぐりを入れるに違いないからだ。
「この街で……リベカさんだけが食べた、料理……」
「それと、バーサもな」
「僕が食べれば……この街で二人だけ……」
「バーサはまだ生きてるぞ。数に入れてやってくれ」
「二人だけが、知っている味……」
「バーサもいるけどな!」
「ヤシロ。無駄だよ、きっと。たぶん彼には聞こえていない」
「それから、ヤシロ様。そのように必死にかばい立てしますと、『あ、やっぱりヤシロ様って、熟女好きなんだ、ふぅ~ん』みたいな視線で見られますよ、主に私から」
「エステラの意見はもっともだな。ナタリアの意見は肥だめにでも投げ捨ててやりたい気分だけれども」
誰が熟女好きか。
というか、バーサは『熟』じゃなくて『枯』だろうが。水分ほとんど残ってなかったっつうの。
「あ、あの! いただいてもよろしいですか!?」
「おぅ、食え。初めてだろうから、リベカ・ホワイトヘッド風にしておいてやったぞ」
「リ、リベカさん風……!? あ、あぁ…………ドキドキし過ぎて、よだれが……」
そのよだれ、美味しそうな物を見たせいで引き起こされた生理現象だよな?
妄想の中のリベカに対してのよだれじゃないよな?
ちなみに、リベカ風ってのは、辛さを抑えた甘口ということだ。
「では、いただきますっ!」
フィルマンが麻婆茄子をスプーンに山盛りすくい取り、豪快に口へと掻き込んでいく。
「んっ!? ……んんっ!」
口の中に麻婆茄子の味が広がるや、フィルマンの腕が速度を上げる。
みるみるうちに、皿の中の麻婆茄子がその姿を消していく。
「んふー! んふーふっ!」
口の中がぱんぱんに詰まっているため、フィルマンは酸素を鼻から取り入れる。物凄く荒い鼻息だ。
「美味しいです! 物凄く美味しいです!」
「こいつはまだ試作段階でな。熟成させればもっと美味くなるぞ」
「この上、まだ美味しくなるのですか!? ……さすがです、リベカさん……」
うむ。
こうも綺麗さっぱり発案者たる俺をスルーするとは。
いや、祭り上げられるのは好きではないのだが、スルーされるのはもっと気にくわない。
リベカなくしてこの味は実現しない。それは確かだが……
「俺の発案のおかげで、リベカ・ホワイトヘッドはここ最近ずっと上機嫌なんだそうだ」
「すごいです、お兄さん! えっと、お名前は……?」
「ヤシロだ」
「ヤシロさん、すごいです!」
うんうん。
これくらい尊敬されると気持ちがいいもんだな。
「……『俺の故郷にある調味料の作り方を教えただけだ』とか、しょっちゅう言ってるくせに……」
「構ってもらえないと寂しがるのですね、ヤシロ様は」
向こうでしら~っとした顔をしている二人のことは、今は見ないでおく。
何事も、適度というのが一番いいのだ。
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