「お前の思惑通りか?」
歩きながら、隣に近付いてきたエステラに問う。
だが、エステラはその問いには答えず、しばらく沈黙した後でこんなことを言い出した。
「ボクは、レジーナに会ったことがあるんだ」
へぇ……そうなのか。
「印象はどうだった?」
「分からない。何もかも、ボクの常識を超える突飛な人だったよ」
「……面倒くさそうな相手だな」
「でも……悪い人じゃないと、…………思いたい」
願望かよ。
せめて「思う」って言ってほしかったぞ、そこは。
「あんな、吹っかけるような言い方しなくても、素直に頼めばよかったろうが」
「ボクのお願いを、君は素直に聞いてくれるのかい?」
「料金は発生するけどな」
「だと思ったよ。ならボクは今回、料金分儲けたわけだね」
エステラが弱々しく微笑む。
「薬不足は、そんなに深刻なのか?」
「…………君は、人の心が読めるのかい?」
一瞬驚いたような表情を見せるも、すぐにいつもの落ち着いた顔をして、エステラは遠くを見つめる。
俺と歩調を合わせるように、前を向いて歩く。
「薬師ギルドは、貴族や大ギルドには格安で薬を提供し、権力の恩恵を受けている。一方で、一般市民に対しては法外な料金で薬を売りつけているんだ」
「商品の価格を決めるのはギルドの自由だもんな。必需品なら、多少価格を吊り上げても需要はあるだろう」
「多少なら、ボクも気にしないさ……それが、一般市民には到底手が出せない額でなければね」
「そんなに高いのか?」
購買層に手の届かない価格になどすれば、商品は当然売れなくなる。
価格の吊り上げには限度があるはずだ。
しかし、エステラは渋い顔のまま、俺の思う常識を否定した。
「四十二区で、薬を買える者は一割もいないだろうね」
「商売が成り立たねぇじゃねぇか」
「成り立たせなくてもいいのさ。貴族がついているからね」
安い料金で薬を売らなくても、必要に応じて貴族が買ってくれれば問題ない……ということか。
教会とも繋がっているのなら、薬師ギルドが破産するようなことはないのだろうな。
「薬師ギルドはそれでもいいだろう……だが、そんな理由で薬が手に入らない人はどうすればいい?」
薬が買えずに病に伏せる……時代劇ではよく見る光景だが……
「もし、君の目で見て、レジーナの薬が使えるのであれば、ボクは彼女の薬を四十二区に広めたい」
「もし使い物にならなかったら?」
「現状維持だね」
なるほど。
試してみる価値はあり、結果ダメでもデメリットはないのか。
……俺が面倒を被るってことを除けば。
「……すまないね。ボクには、自由に動けないわけがあるんだ」
珍しく、エステラが物悲しそうな表情を見せる。
こいつは、こんな顔もするんだな。
自由に動けないわけ……それを詮索するつもりはない。
割とどうでもいいことだ。
動けないのなら動かなければいい。
「頼めるかな?」
「見返りはもらうぞ」
「……何が欲しい?」
「お前」
「ぅえっ!?」
エステラが石化したようにその場に立ち止まり硬直する。
「……の、持っている情報――って、聞いてるのか?」
「ま、紛らわしいところで言葉を区切らないでくれるかなっ!?」
ぬかるむ道をバッシャバッシャと踏みしめて、エステラが接近してくる。
うわ、やめろ! 泥が飛ぶ!
「それで、なんの情報が欲しいって?」
「いろいろさ。ギルドのこととか、各種使用許可のこととか」
「そんなの、これまでだって提供してきただろう?」
「そこからもう一歩踏み込んで……領主の弱みとか」
エステラの表情が消える。
真顔になったこいつは、恐ろしい反面、少し美人に見える。
「……君、領主に何かを仕掛けるつもりかい?」
「まさか。平和主義者の俺が、進んで騒ぎを起こすわけないだろう?」
「じゃあ、なぜ領主の弱みなんかを?」
「交渉の材料ってとこだよ。今後、不利益を降り被った際の保険だ」
「領主を相手に不利益を被るようなことをする予定でも?」
「今のところはないが、この街は何が法律違反になるのかイマイチ分からん」
まさか、パンを作って犯罪者になるとは思いもしなかった。
「もし、そんな感じで俺が追われる立場になった時は……」
ここから先は真面目な声で、一切の冗談を含めずに言う。
俺の人生に関わることだからな。
真剣な顔で、まっすぐにエステラに告げる。
「お前には、俺のそばにいてほしい」
「…………」
「お前がいれば、大抵のことはなんとかなりそうな気がするんだ」
「…………ヤシロ」
「なんだ?」
「…………………………プロポーズに聞こえる」
途端にエステラの顔が真っ赤に染まる。
背中が徐々に曲がり、顔が下を向き、両腕で頭を覆い隠すように抱え込む。
そして、右腕をピンと伸ばし、俺に「それ以上近付くな」という意思表示をしてみせる。
「君の言いたいことは概ね理解した。返事も色よいものを返せるだろう。だが、今、この状態で返事をするのは待ってほしい。その…………違うと分かっていても…………分かっているんだが…………ごめん、無理……」
急に女の子らしい一面をこれでもかと見せつけてくるエステラ。
なんというか……こっちもそんなつもりはさらさらなかったのだが…………鼓動が速ぇっ!
「お、おぉ、おぅ…………分かった」
くっそ、恥ずい。
今すぐに逃げ出したいくらいだが、台車が重くてそれも出来ない。
ならば、エステラが気を利かせて遠くへ行ってくれればいいのだが、何を思ったのか、こいつはずっと俺の隣で歩調を合わせて歩いていやがる。……間が持たないだろうが。
ジネットとマグダは、俺とエステラが会話を始めた時から、気を利かせたのか声が聞こえない程度の距離を取って歩いている。
……戻ってきてはくれないだろうか?
結局、そこから陽だまり亭に戻るまでの間、俺たちは誰一人言葉を発することなく無言で歩き続けた。
この道程がこんなに長いと思ったのは初めてだ……必要以上に疲れた。
この後、正体不明の薬剤師に会いに行くのとか、マジ勘弁してほしいんだけどなぁ……
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