異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

28話 謎の薬剤師 -3-

公開日時: 2020年10月27日(火) 20:01
文字数:2,393

「お前の思惑通りか?」

 

 歩きながら、隣に近付いてきたエステラに問う。

 だが、エステラはその問いには答えず、しばらく沈黙した後でこんなことを言い出した。

 

「ボクは、レジーナに会ったことがあるんだ」

 

 へぇ……そうなのか。

 

「印象はどうだった?」

「分からない。何もかも、ボクの常識を超える突飛な人だったよ」

「……面倒くさそうな相手だな」

「でも……悪い人じゃないと、…………思いたい」

 

 願望かよ。

 せめて「思う」って言ってほしかったぞ、そこは。

 

「あんな、吹っかけるような言い方しなくても、素直に頼めばよかったろうが」

「ボクのお願いを、君は素直に聞いてくれるのかい?」

「料金は発生するけどな」

「だと思ったよ。ならボクは今回、料金分儲けたわけだね」

 

 エステラが弱々しく微笑む。

 

「薬不足は、そんなに深刻なのか?」

「…………君は、人の心が読めるのかい?」

 

 一瞬驚いたような表情を見せるも、すぐにいつもの落ち着いた顔をして、エステラは遠くを見つめる。

 俺と歩調を合わせるように、前を向いて歩く。

 

「薬師ギルドは、貴族や大ギルドには格安で薬を提供し、権力の恩恵を受けている。一方で、一般市民に対しては法外な料金で薬を売りつけているんだ」

「商品の価格を決めるのはギルドの自由だもんな。必需品なら、多少価格を吊り上げても需要はあるだろう」

「多少なら、ボクも気にしないさ……それが、一般市民には到底手が出せない額でなければね」

「そんなに高いのか?」

 

 購買層に手の届かない価格になどすれば、商品は当然売れなくなる。

 価格の吊り上げには限度があるはずだ。

 しかし、エステラは渋い顔のまま、俺の思う常識を否定した。

 

「四十二区で、薬を買える者は一割もいないだろうね」

「商売が成り立たねぇじゃねぇか」

「成り立たせなくてもいいのさ。貴族がついているからね」

 

 安い料金で薬を売らなくても、必要に応じて貴族が買ってくれれば問題ない……ということか。

 教会とも繋がっているのなら、薬師ギルドが破産するようなことはないのだろうな。

 

「薬師ギルドはそれでもいいだろう……だが、そんな理由で薬が手に入らない人はどうすればいい?」

 

 薬が買えずに病に伏せる……時代劇ではよく見る光景だが……

 

「もし、君の目で見て、レジーナの薬が使えるのであれば、ボクは彼女の薬を四十二区に広めたい」

「もし使い物にならなかったら?」

「現状維持だね」

 

 なるほど。

 試してみる価値はあり、結果ダメでもデメリットはないのか。

 ……俺が面倒を被るってことを除けば。

 

「……すまないね。ボクには、自由に動けないわけがあるんだ」

 

 珍しく、エステラが物悲しそうな表情を見せる。

 こいつは、こんな顔もするんだな。

 

 自由に動けないわけ……それを詮索するつもりはない。

 割とどうでもいいことだ。

 動けないのなら動かなければいい。

 

「頼めるかな?」

「見返りはもらうぞ」

「……何が欲しい?」

「お前」

「ぅえっ!?」

 

 エステラが石化したようにその場に立ち止まり硬直する。

 

「……の、持っている情報――って、聞いてるのか?」

「ま、紛らわしいところで言葉を区切らないでくれるかなっ!?」

 

 ぬかるむ道をバッシャバッシャと踏みしめて、エステラが接近してくる。

 うわ、やめろ! 泥が飛ぶ!

 

「それで、なんの情報が欲しいって?」

「いろいろさ。ギルドのこととか、各種使用許可のこととか」

「そんなの、これまでだって提供してきただろう?」

「そこからもう一歩踏み込んで……領主の弱みとか」

 

 エステラの表情が消える。

 真顔になったこいつは、恐ろしい反面、少し美人に見える。

 

「……君、領主に何かを仕掛けるつもりかい?」

「まさか。平和主義者の俺が、進んで騒ぎを起こすわけないだろう?」

「じゃあ、なぜ領主の弱みなんかを?」

「交渉の材料ってとこだよ。今後、不利益を降り被った際の保険だ」

「領主を相手に不利益を被るようなことをする予定でも?」

「今のところはないが、この街は何が法律違反になるのかイマイチ分からん」

 

 まさか、パンを作って犯罪者になるとは思いもしなかった。

 

「もし、そんな感じで俺が追われる立場になった時は……」

 

 ここから先は真面目な声で、一切の冗談を含めずに言う。

 俺の人生に関わることだからな。

 真剣な顔で、まっすぐにエステラに告げる。

 

「お前には、俺のそばにいてほしい」

「…………」

「お前がいれば、大抵のことはなんとかなりそうな気がするんだ」

「…………ヤシロ」

「なんだ?」

「…………………………プロポーズに聞こえる」

 

 途端にエステラの顔が真っ赤に染まる。

 背中が徐々に曲がり、顔が下を向き、両腕で頭を覆い隠すように抱え込む。

 そして、右腕をピンと伸ばし、俺に「それ以上近付くな」という意思表示をしてみせる。

 

「君の言いたいことは概ね理解した。返事も色よいものを返せるだろう。だが、今、この状態で返事をするのは待ってほしい。その…………違うと分かっていても…………分かっているんだが…………ごめん、無理……」

 

 急に女の子らしい一面をこれでもかと見せつけてくるエステラ。

 なんというか……こっちもそんなつもりはさらさらなかったのだが…………鼓動が速ぇっ!

 

「お、おぉ、おぅ…………分かった」

 

 くっそ、恥ずい。

 今すぐに逃げ出したいくらいだが、台車が重くてそれも出来ない。

 ならば、エステラが気を利かせて遠くへ行ってくれればいいのだが、何を思ったのか、こいつはずっと俺の隣で歩調を合わせて歩いていやがる。……間が持たないだろうが。

 

 ジネットとマグダは、俺とエステラが会話を始めた時から、気を利かせたのか声が聞こえない程度の距離を取って歩いている。

 ……戻ってきてはくれないだろうか?

 

 結局、そこから陽だまり亭に戻るまでの間、俺たちは誰一人言葉を発することなく無言で歩き続けた。

 

 この道程がこんなに長いと思ったのは初めてだ……必要以上に疲れた。

 この後、正体不明の薬剤師に会いに行くのとか、マジ勘弁してほしいんだけどなぁ……


 

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