異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加98話 聞いてよヤシロさん -1-

公開日時: 2021年4月6日(火) 20:01
文字数:4,370

『子供たちを導く素敵な母親でいてやれ』

『働く君は輝いている』

『俺の店を守れるのはレーラ、お前だけだ』

『顧客満足度は重要!』

『ちゃんと見ているからいちいち振り返って確認しなくていいぞ』

『計算も頑張って覚えよう』

『1Rbを笑うものは1Rbに泣く』

『気を付けろ、うっかりミスが、事故の元』

『火の用心、炭火一つで、店全焼』

 

 これらはすべて、ボーモの肖像画に書き込まれたセリフだ。

 というか、レーラの仕事ぶりを見て俺が書き込んでいったセリフたちだ。一晩のうちにな。

 最後の方は標語のようになってしまっているが、致し方ない。商売ってもんを分かってねぇんだもんよ、ここの店主!

 

 で、あまりに指摘ばかりが続くので、ウクリネスのところから戻ってきたジネットに指摘された。

 もう少し優しいセリフも書き込んでやれと。

 そう言われて書き込んだセリフが、これだ。

 

 

『よく働いた後はよく休んで、この次会える時も綺麗なレーラでいてほしい』

 

 

 ジネット曰く、「レーラさんは、ボーモさんに言われたことはどこまでも実直に守る方ですから、自分を労わることも忘れないように――あと、こういう一言があるだけで救われることもあるんですよ」だそうだ。

「また会いたい」そんな思いを言葉にしてもらえると無限のパワーが湧き上がってくるのだと、そんなことを力説していた。

 

 しかしまぁ、あっという間に吹き出しだらけになってしまったな、この肖像画。

 もう、肖像画って言うより一コマ漫画だな。

 

「えーゆーしゃ」

 

 トムソン厨房の会計の要としてずっとお手伝いをしていたテレサが、遠慮がちに俺の袖を引く。

 

「かうしゃーと、おっくしゅきゅんのも、かいてあげて……さみしぃ、だと、おもう、から」

 

 ボーモからの言葉はすべてレーラに向けられており、ガゼル姉弟への言葉はなかった。

 ……というか、ガゼル姉弟は言えばきちんと言うことを聞くから必要なかったんだが……そうか、『必要』って実務的なものだけじゃないんだな。

 へいへい。

 

 

『二人でしっかりお母さんを助けてあげるんだぞ』

 

 

 そう書いた後、ついでに――

 

 

 

『また会える日を楽しみにしているぞ』

 

 

 

 ――と、書き足しておいた。

 

「ありがと、えーゆーしゃ!」

 

 テレサに全力で抱きつかれた。

 お前もさぁ、他人のことばっか真剣に悩むなよ。

 気を遣い過ぎるとシワが増えるぞ。

 二十代、三十代になった時に後悔しない人生を歩むようにな。

 

「ヤシロさん」

 

 しがみつきテレサをレジカウンターに降ろすと、ジネットがふわっとした笑顔で俺の名前を呼んだ。

 名前を呼んで、にっこり笑って、それで終わり。何も言わない。

 笑顔にいろいろ含んで寄越すのやめてくれる?

『ガキどもを元気付けるためにこんなことしました』って話じゃないから、これ。

 会計を一手に担っているテレサが、接客に片付けにと頑張っているガキどもの元気がないことを気にしていたから、ガキどもを元気付けることがテレサの憂慮を取り払い、結果フロアも会計も効率が上がって店が回るようになると判断したからであって、別に俺が気心を見せたとかそういうわけでは……えぇい、なんか言えよ、せめて! その「みんな分かってますから」みたいな顔やめろ!

 

 

 とまぁ、そんなこんなで結局、昨日は一日トムソン厨房の手伝いをすることになった。

 ジネットが陽だまり亭に戻った後も、俺は居残りで。

 テレサと一緒にずっと手伝っていた。

 

 

 なんで俺がそこまで面倒見てやらにゃあいかんのだ……せめてバイト代を寄越せっつの。

 

 

 

 

 

 そんな、傍迷惑で苦労が絶えない一夜を過ごし、家に着くなり熟睡した俺は、「頑張った翌日はきっといい日になるに違いない。神様って、そーゆーの見てるっていうしね☆」と夢の中で思っていたワケなのだが……この世界の神はとことん底意地が悪いらしい。

 

「おぉ~、オオバ! こっちだこっち!」

「やっと起きてきやがったかヤシロ、テメェコノヤロウ! ちょっと面貸せ!」

「おい、待てウッセ。俺が先にオオバに話をするんだ。ちょっと待ってろ」

「いいえ、リカルド様! こっちはギルドの存続に関わる緊急事態なんです! 申し訳ありませんが今回ばかりは引いてください」

「こっちだって区を挙げての一大イベントの話なんだよ! お前が退け、ウッセ!」

「なんと言われようが、ここは譲れねぇんですよ、リカルド様!」

「んだと、コラ!? 表出るか!?」

「望むところですぜ! 言っときますけど、手加減とかしませんからね?」

「……朝っぱらから、リカルドとウッセがヤシロの奪い合い…………今日は、厄日」

「頼む、マグダ。これは性質の悪い悪夢だと言ってくれ……」

「……ヤシロ。現実から目を背けちゃ、ダメ」

 

 現実かぁ、ちきしょ~。

 はぁ、しょうがない。

 

「ジネット。ちょっと出かけてくる」

「「待てコラ! 俺たちを無視して出かけようとしてんじゃねぇよ!」」

 

 仲いいな、お前ら。

 気持ち悪いくらい声揃えやがって、気持ち悪い。

 

「……なんなんだよ、ったく。じゃあ、どっちの話を聞くかジャッジするから、二十文字以内で説明しろ」

「デカいイベントを四十一区でやるから手伝え」

「牛飼いばっか贔屓して狩猟を飢えさせる気か」

 

 ……こいつら、どっちもきっちり二十文字使いやがって。

会話記録カンバセーション・レコード』で確認したらぴったりじゃねぇか。……日本語ならな! え、なに? これ、こいつらの母国語でもぴったり二十文字なの? んなわけないよな? なぁ、『会話記録カンバセーション・レコード』!?

 

「デカいイベントってなんだよ?」

「ふふん! やはりこっちに食いついたか! みたか、ウッセ? これが外交力ってヤツだ」

「ちぃ! ……けど、こっちの話も聞いてもらうからな!」

 

 うわぁ~……なんかマジで取り合われてるみたいで気持ち悪いんですけど。

 

 

 コケー!

 

 

 鳥肌立ち過ぎてちょっと鶏になっちゃったよ。

 

「四十二区でハロウィンってイベントをやっただろ?」

「いや、『やっただろ?』ってお前、がっつり参加してたじゃねぇか」

 

 なに「小耳に挟んだんだが」みたいなニュアンス醸し出してんだよ。

 四十二区のすることに興味津々なんだろ? 認めろよ、もう。

 

「それを越える、画期的なイベントを思いついたんだ」

「そういうのは、エステラと話せよ」

「あいつには話せない理由があるんだよ。だから、まずはお前の協力を得ようと思ってな。話を聞けば、きっとお前も乗り気になるさ……ふっふっふっ」

「……嫌な予感しかしないんだが、とりあえず詳細を聞こうか」

「まず、ハロウィンみたいに街中のヤツが仮装して街中をパレードして歩くんだ」

「ハロウィンを踏襲してる時点で越えるのは無理だろう、それ」

 

 そういうの、パクリとか二番煎じって言うんだぜ?

 

「ここからが画期的なんだよ! いいか? ハロウィンの時も思ったんだが、街を歩き回ると疲れるだろ? 年寄りどもはこぞってベンチを奪い合ってたろ?」

「さぁな。俺の周り、元気過ぎる獣人族ばっかだったから」

 

 ジネットですら疲れた顔をしてなかったから、あの程度は問題ないんじゃないか。

 この街の人間、異様に元気だし。

 

「疲れるんだよ! 俺は疲れた!」

「お前も、もうジジイなんだな」

「お前とそんなに変わらねぇよ! エステラの一個上だぞ、俺は!?」

「うっわ、老け顔」

「うるせぇよ!」

「……ぷっ」

「笑うな、ウッセ!」

 

 話の順番で先に行かれた腹いせか、ウッセ?

 お前も人のことは言えない老け顔だぞ。……あ、お前は純粋にオッサンなんだっけ?

 

「とにかく! 一日中歩き回って足が疲れるだろう? それを見越して街の至る所にベンチを設けておくんだ。そうしたらみんな座るだろう?」

 

 なんでそんなにベンチに座らせたいんだ、こいつは………………え、まさか。

 

「そのベンチにな……くくくっ……ブーブークッションを仕掛けておいてだな…………ぷぷっ……街の、ふふっ、至る所で、くっくっくっ、ぶーぶーって、ふはははははは! どうだ! 面白そうだろ!?」

「ウッセ、お待たせ」

「聞けよ、俺の話!」

 

 しょーーーーーーーーーもなっ!

 

 え、なに、それ?

 ブーブークッション祭り?

 屁祭りか?

 血祭りみたいな語感なのに比べものにならないくらいしょーもないな、おい。

 

「屁ロウィンだ!」

「とことんくだらねぇよ!」

「エステラからブーブークッションの製造法を買ったからな。四十一区の名産にするんだ。そのお披露目のイベントでもある」

「あんなもんを名産品にするのか!?」

 

 いいのか、区を代表する名物が屁で!?

 それで本当にいいのか、えぇ、領主様よぉ!?

 

「だって、お前……っ、あれ、……めっちゃ、おもしろ……ふくくく!」

 

 ダメだ。

 オナラでここまで盛り上がれるって……こいつ、思考回路が小学生レベルなんだ。

 そういや女子のおめかしに対する理解度低かったもんな。

 で、気になる女の子にちょっかいかけてドンドン嫌われていってるんだよなぁ、今現在。

 うわぁ……こいつ小学生だ。それも、頭の悪いクソガキに分類される小学生だ。

 

「……もしかして、エステラに話せない理由って、イベント当日にエステラをブーブークッションの餌食にしたいから――か?」

「ふっ、さすがオオバだ。……鋭い男だぜ」

 

 せんせー!

 しょーがくせーがここにいまーす!

 

「お前、エステラのこと大好きなんだな」

「は、はぁ!? バカ、お前、全然好きじゃねーし!」

 

 好きなヤツの反応だよ、それは。

 

「断言しておくが、エステラにブーブークッションを仕掛けると……死ぬぞ?」

「ふん! エステラごときにやられるかよ。……あ。あの給仕長か? 確かにヤツは手強そうだが……それでも、後れを取るつもりはねぇ。返り討ちにしてや――」

「じゃなくって、社会的に」

「……は?」

「四十二区と、四十一区の全女子に、完っ全っにっ、無視される」

「…………は?」

「おそらく、この先一生、いないモノとして扱われる。いや、モノとして扱われる」

「は……はは、そんな大袈裟な…………」

「エステラは、アレでなかなか少女ちっくな純粋さを持ち合わせてるんだ。……泣かせたら、あとが怖いぞ…………お前の肩書きが『領主』から『女の敵』に変わるんだ…………そしてそれは、一生拭い去ることが出来ない」

「……ゴクリ。ふ、ふん……エステラごときでそんな大事になるかよ。な、なぁ、トラの娘?」

「…………」

「おい、トラの娘!」

「…………しゃべりかけないでくれる?」

 

 マグダから温度のない声を浴びせられて、リカルドの瞳孔が開ききった。

 体が硬直して、額から大量の汗が噴き出した。

 

 お前は経験したことがないだろうからなぁ。

 クラスの大人しめの女子を、何かの拍子に泣かせちまった時のあの絶望感。

「普段そこまで仲良くなくね?」って女子同士が結託してたった一人の『女の敵』を全力排除しにかかるあの恐怖。

 俺も過去に一度、小学生の時に…………ヤバイ、思い出しただけでヒザが震えてくる。

 

「リカルド……社会的に死ぬのは、つれぇーぞぉ~ぅ?」

「…………さ、再考してくる」

 

 おう。

 そして二度とそんなくだらないことを思いつくな。

 

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