「まぁ、要するにだな。もうあるんだよ」
「…………は?」
素っ頓狂な声を漏らすゲラーシー。
ドニスは今それどころじゃないようでこっちを見ていないし、他の領主どももピンと来ていない様子なので、正解を教えてやる。
「四十二区と二十九区の間に、でっかい崖があるだろ?」
衝撃的な事実を、なるべく可愛らしく、愛嬌たっぷりに言ってやる。
「あそこに通路作っちゃった★」
「「「「「はぁっ!?」」」」
野太い声が波のように押し寄せてきた。
「三十区に作ると言っていた通路は!?」
「あぁ、それ無理なんだって」
「…………はぁっ?」
「いや、四十二区のシスター――ベルティーナっていう隠れ巨乳なんだが――そいつにな、『湿地帯って潰していいの~?』って聞いたら、『ダメです』って。『じゃあ無理だなぁ~』って」
「さっ……散々っ、三十区との間に通路を作って通行税の妨害をするとか、流通路とか言っておきながらっ! 最初から無理だったというのか!?」
「うん、そう」
「はぁああっ!?」
ゲラーシーが第二形態に変身しそうだ。
「そもそも、三十区の許可もなくそんなこと四十二区が独断で決められるわけないじゃん」
「あの、自信満々の態度はなんだったんだ!?」
「俺さぁ…………演技力、あるんだよね?」
「殴りたい……っ!」
その右手じゃ無理だ。
やめとけ。
「しかし、許可もなく独断でって…………はっ! そうか! 二十九区との間に通路を作る許可を、姉上が出したのだな!」
「正解!」
「姉上っ!」
ゲラーシーの目がマーゥルに向くや、マーゥルは両手を胸の前で小さく振って抗議する。
「でもね、一応私の家の土地だし、私の所有地だし、緊急事態だったし…………あと、ウチの新しい給仕の娘がね、『四十二区に行きやすくなるのは大歓迎だぜです! 大将っ、ここは一つ女を見せやがれですっ!』って真剣にお願いしてきてね、可愛いお気に入りの給仕の言うことだから、ちょっとは無理してもいいかなぁ~って」
「無理にもほどがありますよ! 二つの区の間に通路を作るなんて!」
「でも、四十二区とのことは、私が決めていいということになったから、……はぁ~、肩の荷が降りたわ」
「事後承諾じゃないですかっ!」
「それがイケナイって、言わなかったじゃない」
「言わなかったからって……っ!」
ゲラーシーが急に元気になった。
なんか変なスイッチが入ったのだろう。
「だからな、ヒントはあったんだから、気付くチャンスはあったんだぞ? お前がちゃんと気付いていれば、承認を得る前に勝手に通路を作ったマーゥルを追放することだって出来たんだ、領主権限でな。……ま、もう無理だけど」
「オオバァー! 貴様の入れ知恵だろう!?」
「……………………………………………………………………正解っ!」
「なんだ、その『溜め』はっ!?」
もともと、ニュータウンの崖にはハムっ子が掘った洞窟があり、その巨大な洞窟の壁に沿うようにらせん状に昇っていく階段を作ったのだ。
そこからぐぐーっと穴を拡大させて、ニュータウンから二十九区の崖のそば――つまりマーゥルの管理する土地への通路を完成させた。二日で。ロレッタとハムっ子オールスターズ、そして、ベッコを使って。
ベッコは、ただの洞窟に石の階段を作るために呼んだ。
ヤツは彫刻が本業らしいので、石段用に石を切り出すくらい余裕だろう――と、無茶振りしたら、「石切りと彫刻はまったく別物でござるよ!? ……まぁ、やるでござるけども!」とか言っていたな。結局やるなら文句言うなっつうの。感じ悪いヤツ~。
結局、我慢が出来なかったウーマロとイメルダも参戦して、階段や壁は、石と木で頑丈に加工された。
思っていた以上に上りやすくてビックリした。傾斜も緩やかで、荷車を押せるスロープもあって。幅もかなり取ってあるから、渋滞も少なくて済むだろう。
今後さらに改良して、もっと快適に使用できるようにするけどな。
「それに、港も作るぞ。規模は小さいが、必要なんでな」
「あ、あのっ、オオバヤシロさんっ! それでは、私たちの区は……!?」
トレーシーが泣きそうな顔をする。
三十五区の港も健在で、四十二区に港と流通路が出来るのは、トレーシーにとって最悪の状況だ。
だが、心配すんな。
「お前のことは、エステラが助けてくれる」
「エステラ様っ!」
「どぅわっ!? トレーシーさん、勢い! 勢いが凄まじ……っ!」
「嫁に行きます!」
「来られても困りますよっ!?」
欲望のままにエステラに飛びつき、しがみつくトレーシー。
サラシを巻いていても、エステラよりも柔らかそうに見える。並べると違いがよく分かる。
天然のぺったんこと、偽物のぺったんこの埋めることが出来ない差が。
流通は確かに分散するかもしれない。
だが、利益を上げられるのは通行税だけじゃない。
もっと他の儲け話をどんどん作っていけばいいのだ。
豆と土地、そして欲している者と売りたい者がいれば、利益などいくらでも生み出せる。
商売ってのはそういうものだ。
まぁ、要するにだ。
「頃合いのところで手打ちにして、協力して互いに利益を生み出す関係を作ろうぜ」
手を打ち鳴らし、やや置いてけぼり感のある他の領主共に言ってやる。
通行税だ、豆の利益だと、これまでの収入に執着するんじゃなく、もっと新しいところから利益を引っ張ってくるんだ。
協力体制が整えば、それも出来る。
だから、な。
仲直りをしようじゃねぇか。
だってそうだろ?
「もうこれ以上いがみ合うのは疲れるからよ」
俺のそんな寛容な言葉に、エステラに夢中のトレーシーとマーゥルに夢中なドニス以外の五領主が口を揃えて言いやがった。
「「「「「お前が言うな…………」」」」」
心地のいい怨嗟の声をバックに、俺はぐぃっと伸びをする。
さぁ、細かい商談はエステラに丸投げして、四十二区に帰ろう。
早起きしたから眠てぇや。
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