屋台が活動を開始し、教会の庭に活気のいい声が飛び交う。
「……寄っていくといい」
「うん、マグダ。活気よくいこうか」
マグダは例外として、活気のいい声が飛び交う。
「さぁさ、四十二区でお馴染みの方も、二十四区で初めての方も、みなさんもりもり寄ってってですー! 珍しくて可愛くて美味しいものが目白押しでーす!」
「ぁの……ぃ、ぃらっしゃいませー、ぉいしい、ょー!」
「さぁ、見てけ! そして食ってけぇ! 鮭みたいに美味いぞ!」
「見て見て~☆ 私も浴衣着たの~☆ 濡れると重ぉ~い☆」
うんうん。活気があってよろしい。
……マーシャは何をやってんだかなぁ。
「あ、あの、ヤシロさん。これは?」
ただ一人、話を聞かされていなかったジネットが、困惑半分、期待半分の目で俺を見る。
「ジネットは、前の祭りで出店をほとんど回れなかっただろ?」
「え、まさか、それで……?」
「あぁ。あいつらが『ど~してもジネットを驚かせたい』って言うからさ」
「みなさん……」
込み上げてくるものをこらえるように、ジネットは自身の口を両手で押さえる。
大きな瞳がうるっと揺らめき、幸せそうな弧を描く。
「……とても、嬉しいです」
その笑顔を見て、仕掛け人連中が揃ってガッツポーズを作る。
「ありがとうございます、みなさん」
屋台の向こうにいる仕掛け人たちに頭を下げ、そして、俺の方を向いてもう一度頭を下げる。
「ありがとうございます、ヤシロさん」
「いや、俺はなんにも……」
「そうだよねぇ」
突然、背後からエステラの声がして、エステラのヒジが俺の肩に載せられ、エステラの体重が俺に圧し掛かってきて、エステラの胸がスカる。……当たれよ、そこはっ。
「ヤシロはただ発起人になった『だけ』だもんね」
「やかましい」
なんだ、その変な誇張は。
大体俺は、エステラやマグダやロレッタがいるところで「屋台と言えば、祭りの時ジネットは陽だまり亭が忙し過ぎて全然出店を回れなかったんだよなぁ~」って言っただけじゃねぇか。そしたらお前らが「じゃあ今回出店を体験させてあげよう」とか「どうせならサプライズにしよう」とか言い出したんだろうが。
それ以降、今回の計画は秘密裏に進められた。
四十二区でのイベントだと、どうしても隠し通せない部分があるからな。俺に意見を聞きに来るヤツも多いし、料理するにしても、陽だまり亭の厨房を使うことになるし。
遠征に向けて、ジネットの意識がそちらに向いている隙にこそこそやるくらいの隠密性が必要だったのだ。
「精一杯楽しめよ。お前がドニスやリベカたちに出店の楽しみ方を見せてやるんだ」
「わたしに、そんな大役が務まるのか少々不安ですが……」
そんな言葉とは裏腹に、ジネットは心底楽しそうな顔をして。
「精一杯楽しみます」
そう言って力こぶを作ってみせた。
ぷにぷにだけどな、二の腕。
「とりあえず、一軒一軒見て回るか?」
「はいっ!」
オシャレ設計士ウーマロは、ただ屋台を横一列に並べるのではなく、向かい合わせにしてあえて細い通路を店の間に作った。
人がひしめき合う中を歩いて店を物色するのが楽しいと、そんな配慮をしたのだろう。
その通路もまっすぐではなく、緩くカーブしてS字になっている。通路の端に立つと、屋台が重なり合いつつも少しズレて見えるため、一層賑やかに見える。
屋台の数に対して店員の数が少々足りていない気がしないでもないが……
「大抜擢の、屋台の売り子やー!」
「テキ屋根性、見せたれやー!」
「売って売って、売りまくりやー!」
あ、弟たちが店番をするようだ。
いつもは妹たちがやってるんだけどな、売り子は。
そういえば、初めての移動販売の頃は弟たちも売り子やってたんだっけ。
あれ以降は下水工事や畑仕事と、各方面に駆り出されるようになって売り子をやる機会はめっきり減っていたもんなぁ。
「うふふ。可愛い売り子さんですね」
「出店界の、構造改革やー!」
「よぅ、ハム摩呂。お前も店番か」
「はむまろ?」
「……ブレないな、お前も」
屋台は全部で十二店舗ある。当然被っている物もある。
祭りは被りも一つの名物だ。
「あっちの方が美味かった」とか、「向こうの店の方が安かったよなぁ」とか、「次見かけたら買うわ」とか、そういうのも楽しいものだ。
「さぁ、ミスター・ドナーティもこちらへ。ご案内しますよ」
「これは賑やかだな。先ほどの料理を食べ過ぎなければよかった」
麻婆豆腐の他にも、テーブルにはジネットの料理が並んでいる。
それなりに量は調整してあるのだが、やはりついつい食い過ぎてしまうのがジネットの料理だ。
屋台は最初から見えるように設置しておいたし、あとで実演販売をする旨も伝えてあったのだが、やはりというか、胃袋の調整に失敗したらしい。
まぁ、歩いているうちに何か食いたくなるさ。
「「「おみせー!」」」
「「「すごーい!」」」
「ほらほら、お前ら。危ないから裏に来ちゃダメだぞ。表回れ、な?」
「「「はぁーい!」」」
デリアが群がるガキどもを綺麗に捌いていく。
あいつ、ガキの扱いがうまくなってるな。足漕ぎ水車の番でスキルアップしたのか?
マーシャがガキに懐かれずに、デリアが人気ってのはイメージ的には逆っぽいが、でもなんだか納得してしまう。
「リ、リベカさんっ、よ、よければ、い、一緒に!」
「う、うむ! そう、じゃな…………よろこんで……なのじゃ」
「うっひょーい!」
「……ぽっ」
……ん。あいつらは勝手にすればいい。
「ソフィーとバーバラも見て回ったらどうだ……って、あれ? ソフィーは」
「うふふ……ソフィーなら、あそこに」
バーバラの指さす方向へ目を向けると。
「ベルティーナさんの手料理が食べられるなんて、私……幸せですっ!」
ベルティーナの店の前でもんどり打ってる残念シスターの姿が見えた。
あぁ……ソフィーがどんどん残念な娘に……
「んふふ。では、私も楽しませていただきましょうかね」
「あれ? いたのか、アッスント」
「おりましたとも。裏でいろいろサポートさせていただいていましたよ。こんな豪華なメンバーが揃う日はそうそうありませんからね……お金の匂いがします」
うわぁ、ヤだなぁ……俺と似たようなこと言わないでくれよ。同類と思われる。
「ウーマロー。お前は~?」
「こっちの子供たちが、もっと遊具で遊びたいって言ってるんッスー! 放っておくわけにはいかないんッスよー! マグダたんの出店に入り浸りたいッスのにー!」
泣いてる。割とマジで泣いている。
うん。お前もガキのお守りが似合うから、もうちょっとそこで頑張ってろ。
あとで交代要員やるから。
「オレは、出店回る」
「「「ヤンボルドさんに同意です!」」」
「いや~、頭領思いな大工たちだこと」
大工の仕事は一先ず終わっている。あとは撤収の際に動いてもらうだけだ。
なので、今は存分に楽しんでもらいたい。
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