「レジーナ」
「なんやのん?」
「……うまくいったからな」
「へぇ、せやのん。そら、めでたいなぁ」
陽気におどけてみせるレジーナ。
こいつがこういう行動をする時ってのは……
「だから、もう気にすんな」
……自分の行動を後悔しそうな時だ。
自分が手を貸した物のせいでトラブルが起こった。そんなことを考えている――と、思っていたんだが。
こいつはそんな単純な性格じゃないよな。
もう一歩退いて、レジーナという人物を俯瞰で見つめてみた時、あるひとつの仮説が浮かんできた。
レジーナは薬剤師として薬品を調合した。
そしてこいつは、いつものように――これまでずっとそうしてきたように、人々に喜ばれるものを生み出した。その明晰な頭脳と、尽きることのない探究心によって。
それが、貴族の目に留まり――トラブルが起こった。
貴族とのトラブルなんてのは、得てしてろくなことにはならない。
ヤツらは根暗でしつこく、いつまでも根に持つ性根の腐ったような連中だからな。
プライドの塊で、そのくせ嫉妬深く、誰かを腐していないと気が済まない。
そんな連中がもし、レジーナの故郷にいたとしたら……
レジーナは故郷で素晴らしい薬を生み出し、それは多くの人々を救い、もっと多くの人々に感謝され、称賛されて……貴族に目を付けられた。
レジーナ本人への攻撃であれば、こいつはいくらでも耐え抜いただろう。
だがそれが、自分に近しい、自分以外の人間に向けられたら……
こいつはきっと、自分の地位も名誉も称賛も、すべてをドブに捨ててでもその誰かを守ろうとするんじゃないだろうか。
こうして、気になって気になって、らしくもなくこんな場所で俺たちを待ち伏せしてしまうくらいに、心配性なこいつなら。
だから……な?
「また花火を打ち上げてやろうと思うんだが、調合を任せていいか?」
「なんや、またやるんかいな? 誰か結婚するんか? まさかノーマはん……は、ないわなぁ」
「うるさいさよ!」
無理しておどけて、ころころ笑う。
そんなレジーナの帽子を取り上げる。
「ちょ……なにすんのんな。帽子の匂いでも嗅ぎたいんか? 相変わらず際どい性癖を……」
「お前の作った物は、人を幸せにするだけの力がある」
「……へ?」
「強烈で鮮烈で、きっと、他の誰にも出来ないことをやってのけちまうからだろうな……一部のアホがお前に嫉妬したり固執したりするのは」
「な……なんやのんな、急に。へ、変なお人やなぁ、相変わらず」
変におどけようとするレジーナの、無防備になった頭にそっと手を載せる。
「けど、ここには俺がいる。俺らがいる」
「…………」
細くて柔らかい髪を揉むように撫でる。
「お前の全力を受け止めてやれるだけの度量を、この街は持っている。だから、怖がるな」
「……自分、ズルいなぁ」
前髪に隠れた眼を、細い指でそっと撫でる。
いくつもの薬を生み出し、何人もの人々を救ってきた指だ。
驚くほどに白く、繊細で、綺麗な指だ。
「俺がやらせたことの責任は俺にあるからな。誰かが文句言ってきやがったら、『お門違いだ』って追い返してやれよ」
「……さよか。ほなら、今後はそうさせてもらうわな」
グイッと、今度は手の甲で目元を拭い、レジーナは顔を上げる。
らしくもなく、ニカッと笑った顔で。無理をするから表情筋がぴくぴく痙攣してやがる。
「ほなら、花火、またやろか」
「おう! じゃんじゃんやりまくって、この街の定番にしてやろうぜ」
「そしたら自分、儲けられるもんな」
「そういうことだ」
「ホンマ……かなわんなぁ」
トンッと俺の胸を押し、帽子を奪い取る。
そして、顔を隠すようにして帽子を被り……
「あ~ぁ、久しぶりに坂道歩いたから、脚痛いわぁ。こら、今晩あたりこむらがえり起こりそうやなぁ。ウチも乗せても~らお~っと」
誰に言うでもなく大きな声でそう言って、荷台の片隅に蹲り筋肉痛で苦しむロレッタの隣へ乗り込む。
その行動を見ていた誰もが何も言わず、誰もが、微笑んでいた。
レジーナが弱いところを見せるなんて珍しいからな。
けれど、誰も何も、そのことには触れない。
居心地悪いだろうな、レジーナにしてみれば。自分は受け入れられない、なんて思い込んでいるこじらせ過ぎたボッチには、な。
お前のことを仲間だと思ってるヤツは、結構いるんだぞ。
そろそろ、こいつもその辺のことをもっと理解するべき時期に来ているんだ。
過去がどうあれ、今のお前は――四十二区の住民なんだからな。
「レジーナさん」
四十二区のほんわかした空気の発生源といっても過言ではないジネットが、荷台で丸くなるレジーナに声をかける。
押しつけがましくなく、程よい距離感で。
「近々、四十二区で『宴』をやるんです。美味しい料理をたくさんご用意します」
「へぇ~、そら、また賑やかになるんやろうなぁ」
「はい。ですから、レジーナさんも。よろしければ」
「せやなぁ……」
ごろんと、荷車の上で寝返りを打ち、俺たちに背を向けたままでレジーナは言った。
「ほな、寄せてもらうわ」
照れくさそうに。
「ウチ、人の多いところ苦手やねん」でも、「考えとくわ」でもなく。
それは、レジーナの中の小さな変化を表す些細なことで――それでも、ジネットに満面の笑みをもたらせるには十分過ぎる言葉だった。
「はい! 是非」
ガタゴトと、荷車の車輪が音を鳴らし、俺たちは新しく出来た、いまだ未完成のトンネルを下っていく。
今後、何人もの人間が行き交うことになるであろうこの通路も、今は貸し切り状態だ。
誰も何もしゃべらず、それぞれが心の中で何かを思っている。そんな空気だけが流れる。
穏やかで、心地よい時間。
トンネルを抜けると、巨大な洞窟に出て、太陽の光がたっぷりと入り込んでくる。
巨大洞窟の壁をぐるりと回るように螺旋階段を降りていく。吹き抜けのホールにも、何か遊びを取り入れてやれば、ここは一大テーマパークにでもなりそうだ。
土産物屋でも置いておけば、しょーもない商品でも飛ぶように売れるかもしれない。
洞窟の中には――ただの勘違いでしかないのかもしれないが――四十二区の空気がたっぷりと流れ込んできていた。懐かしい匂いがした。
あぁ、帰ってきたなぁ。
あ~ぁ……疲れた。
「今回はしんどかったよなぁ」
思わず愚痴が漏れる。
と、隣を歩くジネットが肩を震わせた。
「では、元気の出るものをご用意しますね」
そんなことを、俺に言う。
なので――
「じゃあ、おっぱいを……」
「懺悔してください」
「あ、店長はん。ウチにもおっぱいを……」
「懺悔してください」
容赦なくぶった切られる。
つか、俺とレジーナを同類みたいに扱うの、やめてくれる?
洞窟を抜けると、そこはニュータウン。
陽だまり亭は目と鼻の先だ。
ここが本格始動したら、また陽だまり亭に客が増えるだろう。
しめしめだ。
出しっぱなしの屋台がそこかしこに放置されて、祭りの再開を心待ちにしているように見えた。
そうだな。約束だもんな。
ウーマロたちに遊具を作らせて、新しい料理のお披露目をして……
「盛大にやるか、『宴in四十二区』を」
「はい!」
「……うむ」
「やるです!」
「鮭だ!」
「タマゴ!」
「あたし、魔獣のフルーティーソーセージのフランクフルト作るね!」
「楽しみですねぇ、どのお料理も」
「「「「「シスター、いつの間に!?」」」」」
突如紛れ込んできたベルティーナに驚く一同。
まだまだ甘いな、お前らは。
ここで食い物の話なんかしたら……そりゃ来るに決まってんだろうが。
結構な大所帯になりながら、俺たちは陽だまり亭を目指した。
実に面倒であちらこちらへと走り回らされた今回の一件。
終わったのだから盛大に打ち上げをするべきで、そいつはエステラたちも含めた『宴in四十二区』に含めてしまって問題ないだろう。盛大に飲んで騒いで盛り上がろうじゃないか。
だが、その前に――今回の特別なミッションに参加してくれたメンバーを、軽く労うくらいはしてやってもいいだろう。
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