林を抜けた先にトウモロコシ農場が広がっていた。
広さは十分にある。林に囲まれて日当たりが悪いかと思いきや、空は十分に見えている。雨雲さえなくなれば燦々と降り注ぐような陽光に満たされることだろう。
「大きいですねぇ」
ジネットの背丈くらいある植物がずらりと並んでいる。
トウモロコシ畑だ。
かなり広い。この中にマグダを放ったら、容易には見つけられないだろう。
「とりあえず、我が家へお越しください。何もありませんが、温かい飲み物でもお出しいたします」
「そりゃ助かる。体が冷えて風邪を引きそうだ」
雑草を踏み固めていた際にかいた汗が、すっかり冷えてしまった。
トウモロコシ農家なら、コーンポタージュスープでも用意してくれるに違いない。
ささやかな期待を胸に、ヤップロックの家へと赴いた俺は、その外観に驚愕した。
……納屋だ、これ。
「狭い家ですが、どうぞ」
家?
いや、納屋だぞ、これは。
戸惑っているのは俺だけで、ジネットやエステラは気にする素振りも見せずに納屋へと入っていく。
……四十二区って、こんなレベルなのか?
陽だまり亭が豪邸に思えてきたよ。
室内に入ると……なんか泣きたくなってきた。
雨漏りしてるし……家具ないし……椅子が家族の分しかないし……あぁ、いい、いい、譲らなくていいから。座らないから。つか、そのガタガタ感、昔の陽だまり亭を思い出すんですけど……何それ、自作なの?
「……慎ましい生活だね」
「エステラよ、素直にみすぼらしいと言えないのか?」
「失礼だよ、ヤシロ」
「考えていることは同じだと思うんだが」
「口にするかどうかが、人としての器量というものさ」
「つまり、俺は正直者だってことだな」
「君のポジティブさには、たまに感心させられるよ」
エステラがガタガタの椅子を引き、腰を下ろす。
ギィ……
グレムリンの鳴き声のような音で椅子が軋みを上げる。
「体重制限あるんじゃないか?」
「どういう意味かな、それは?」
エステラが笑っていない目で俺を見る。
見ると石にされそうなので視線を外し、マグダをエステラの隣へと座らせる。どうせジネットは勧めても座らない。
空いた二つの椅子にはトットとシェリルが腰を掛けた。ジネットがそうするように言ったのだ。
「本当に何もありませんで……」
椅子の数が足りないことに、ヤップロックはまた頭を下げる。
いや、もういいから。期待してないから怒りも何も湧いてこないしな。
「お待たせしました」
ウエラーが盆に載せたカップを持ってやって来る。
「白湯です」
「お湯かよっ!?」
温かい飲み物って! ……いや、確かに温かいけどさっ!
「すみません……我が家にはお出しできるものなど何も……」
「あ、いや……すまん」
貧乏人なりに精一杯もてなそうとしてくれているのだ、文句は言えないよな……でも、お湯を出すか?
「……ヤシロさん、悪いですよ」
小声でジネットに注意をされてしまった。
……悪かったって。
気まずくて視線を外す。
ワンルームのような造りで、奥にちょっとしたキッチンが申し訳程度に設けてある。
日本でも単身者用だろ、この広さじゃ……
…………と。
「おい。あれって、レモンか?」
キッチンに積まれている黄色い果実を見つけ、俺はヤップロックに尋ねる。
「え? えぇ、そうです。子供たちが果物を食べたいと言いまして……まさか、あんなに酸っぱいものだとは思わずに……安さで選んだ私が愚かでした……」
いやいや、果物選びで愚かとか……お前どんだけ自分に対する評価低いんだよ。同情したくなってきたわ。
「ん? レモンって安いのか?」
「そりゃあ、あれはねぇ……食べたことがあるなら分かるだろうけど、相当好きな人でもなければ食べられたものじゃないからね」
俺の疑問に答えたのはエステラだった。
レモンを丸齧りにでもしたことがあるのだろうか、酸っぱそうな表情を見せる。
こいつら……レモンの使い方知らないのか?
安いなら大量購入できるかもしれないな……レモン農家と契約してゴミ回収ギルドで取り扱うか……
「……ヤシロ、その顔…………まさか、レモンを使って何かが出来るのかい?」
「あぁ。アレはとても優秀な食材だ。例えばだが…………」
と、そこで俺はもう一つ優秀な食材を発見してしまう。
「ショウガがあるじゃねぇか!?」
「え……あ、はい。芋と間違えて買ってしまいまして……それも食べられたものではありませんでした……無知で浅はかな自分が恨めしいです」
恨みまで持つんじゃねぇよ。
とはいえ、ショウガも使い方を知らなければ食えない食材ではあるよな。
……つか、正しい食い方が広まってないのに栽培してる農家があるんだな。ここの住民は仕事に疑問を持ったりはしないのだろうか?
「ちなみに、砂糖かハチミツはないか?」
「砂糖は高価過ぎまして……ハチミツでしたら、友人から譲り受けたものが割と豊富にありますよ」
「でかした!」
ハチミツが豊富にあるのであれば、素晴らしいものが作れる。
お湯、レモン、ショウガ、ハチミツ……そう、ホットレモネードだ。
ショウガを入れるのを嫌うヤツもいるだろうが、ショウガは体温を上げてくれる。寒い時に飲むならショウガをちょっとだけ入れるのを、俺はおすすめする。飲み終わった後も体の中からポカポカするのだ。
そんなわけで、レモンを絞ってパパーッとホットレモネードを作る。
温かい飲み物って、こういうのだよな、やっぱ。
「……んっ! 美味しいですっ!」
ジネットが大きな目をキラキラさせて俺に言う。
どうせ、口の中でわっしょいわっしょいしているのだろう。分かったから黙って飲んでろ。
「胸の奥がるんたったってしてきますね」
新しいバージョン来たっ!?
ぽかぽかしてきているのだろう。なら、まぁよかった。
「あのレモンとショウガで、こんな美味しいものが出来るなんて……」
「正しい使い方を知れば、無価値だと思っていたものが素晴らしいものに変わる。あれこれ試さず端っから『食えない』と決めつけていると発見できないことだ」
ま、俺は知識として知っていただけだけどな。
「……なるほど。私は、本当に徹頭徹尾、何もかも間違っていたんですね……」
あれ?
俺が言ったこと、スゲェ気にしてる?
「だが、無価値だと思いながらも捨てずに残していたことは評価に値する。お前は可能性を捨てなかったってことだからな」
とりあえずフォローをしておく。
こちらの意思に関係なく勝手に追い込まれていくタイプだな、こいつは。
気を付けなければ、勝手に追い詰められて勝手に暴発するかもしれない。
「可能性を……捨てない…………」
俺が適当に発した言葉を、ヤップロックが復唱する。
いや、そんな大したこと言ってないからな?
「……座右の銘にします」
「いや、やめとけ。そんな重い言葉じゃないから」
「我が家の家訓に……」
「やめて、恥ずかしくて顔合わせられなくなるから」
んな適当な言葉を受け継ぐんじゃねぇよ。
「はぁぁ……これは本当に美味しいですね。陽だまり亭のメニューに出来ませんでしょうか?」
「ハチミツとレモンがあれば簡単に作れるし、原価もたかが知れているから、まぁメニューに出来るんじゃないか?」
「嬉しいですっ!」
ジネットはホットレモネードが甚くお気に召したようだ。
こんなもんでいいんだなぁ……。
むしろ、こういう単純なものの方が受け入れられるのかもしれない。
昔から受け継がれているものってのは、淘汰されずに生き残った理由ってのがあるのかもしれんな。なら、カルメ焼きとかウケるかな……ベッコウ飴とか?
「んじゃあ、ヤップロックのところからはハチミツを購入するということで……」
「あ、いえ! トウモロコシです! ハチミツは頂き物ですので!」
ちっ。
ヤップロックが慌てた様子で家を出て行く。
倉庫に収穫したトウモロコシがあるのだとウエラーが説明をしてくれた。
……美味しくないトウモロコシなんかよりハチミツが欲しいんだけどなぁ……
ウーマロの話では、茹でて食えるようなトウモロコシは四十二区にはないらしいし……まぁ、痩せていて粒の小さいトウモロコシだったりするのだろう。
トウモロコシの登場を今か今かと待ち構えているのはマグダくらいのものだ。
さっきから尻尾がピーンと伸び切っている。
……たぶん、美味くねぇぞ。あんま期待すんな。
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