異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加11話 クマ対サルの真っ向勝負 -3-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:3,036

「なぁ、お前さぁ」

 

 少し不機嫌な感じで、デリアがバルバラに言葉を向ける。

 

「『始め!』って言われるまで動くなよ。いつまでたっても始められないだろう?」

「……………………は?」

 

 ノドの奥の方で、バルバラの声帯が微かに震える。

 本当に、本当に短い音の中に、すべての感情がぎゅっと濃縮されている、そんな音がした。

 そして、その感情の行き場を求めるように、バルバラは俺へと視線を向ける。……いや、俺に説明を求められても。

 

「……あのバカ。こんな時にまで愚直に『決め事』を守るんかぃね……」

 

 ノーマが眉間を押さえうなり声を漏らす。

 ゆらゆらと、煙管の煙が踊る。

 

「ノーマ、『決め事』ってのは?」

「あぁ、実はさね……」

 

 煙管の灰を落とし、吸い口でこめかみを掻いて、ちょっと言いにくそうにノーマが説明を始める。

 

「アタシがデリアと試合をしているって話をしたさろ?」

 

 鍛錬という名目で、こいつらはたまに手合わせをしている。それは聞いた。

 

「その時なんさけど、あいつ、いきなり殴りかかってくるんさよ。こっちの準備が整う前に」

 

「お、勝負か? いいぞ!」『ぱこーん!』……とか、デリアなら平気でやりそうだ。それも全力で。容赦なく、悪気もなく。微塵もなく。

 

「だから、アタシが叩き込んでやったんさよ。ちゃんと向かい合って、お互いの準備が整って、『始め!』って言ってから勝負を始めるんさよって」

「それは、まぁ……なんというか。至極もっともなことではあるんだけど……」

 

 エステラの顔が引き攣っている。

「デリア、ルール守れるようになったんだね、偉いね」という賞賛にはとても見えない引き攣り具合だ。

 

「あんな全力の奇襲をかけてくる相手にまで、律儀に筋を通さなくても……」

「それがさねぇ……これは、アタシの言い方が悪かったんかもしれないんさけど……」

 

 ここ一番の困り顔で、非常に言い難そうに、ノーマがノドにつっかえた言葉を……飲み込む。

 ……おい、言えよ。誤魔化すなよ。むこう向くなよ。煙管に新しい葉っぱ詰めてんじゃねぇよ。

 

「お前、知ってるか? 決め事を守れるヤツはいいヤツで、決め事を無視するヤツは悪党なんだぞ!」

 

 口を閉ざしたノーマに代わって、デリアがバルバラを指差してそんな言葉を口にした。

 

「……って、教えたら、『あたいはいいヤツだから決め事を守るぞ!』って。……素直ないい娘なんさけどねぇ…………」

 

 遠くへ視線を向けるノーマの言葉には、「けど、バカなんさよねぇ」って言葉が隠されているような気がした。まぁ、バカというか、バカ正直というか……デリアって、本当に言われたことをしっかりと、いつまでも覚えてるんだよなぁ……『責任感』とか『頼れる』とか。

 

「お前、悪党でいいのか? 悪党はな、家族とか、仲間とか、そういう大切なヤツらに自信持って自分のこと話せないんだぞ! そんなの悲しいだろ!?」

 

 家族という言葉が出て、バルバラの顔が微かに歪む。

 家族に、自信を持って……話せないよな。他人を襲って強奪した金で飯食ってるなんて。

 自分にとって一番大切なヤツに、自分のことを話せないなんて、……それってかなりつらいことなんじゃねぇのか。なぁ、バルバラ。

 

「あたいは、自分が頑張ったら褒めてほしいし、認められたいし、礼とか言われたらすげぇ嬉しくて、なんかもっとこう頑張ろうって思えてさ、だからどんどん自分のこと話して、知ってもらいたいって思うんだよ」

 

 デリアは、自分の仕事に、自分の生き方に誇りを持っている。

 それは出会った頃から一貫していて、その誇りがあいつの強さになっている。きっと、親の影響なんだろうな。父親のこと、尊敬しているみたいだし。

 

「いいヤツでいようってするとな、いいことばっか起こるんだぞ。これまでしゃべったこともなかったようなヤツらと仲良くなってたり、行ったこともない遠い区に行って『宴』したり、全然違う仕事してるヤツとも一緒になっていろいろやれたりしてさ! あたい、今すっげぇ楽しいんだ」

 

 それは、偽らざるデリアの本心なのだろう。

 あの顔を見れば一発で分かる。

 そっか。デリアは今がそんなに楽しいのか。

 

「めっちゃ甘いポップコーンにも出会えたしな!」

 

 ポップコーンとの出会いは、デリアにとって思い出深いものなんだろうな。

 大雨で甘い物が買えなかった時と、水不足に起因するあれこれが原因で陽だまり亭に来られなかった時。折に触れ、デリアはポップコーンの甘さに泣かされていた。もはや思い出の味といっても過言ではないだろう。

 

 そして、ポップコーンという名に、バルバラも反応を見せる。

 こいつは、ポップコーンを目当てに四十二区へやって来たのだ。

 ポップコーンの話をしたデリアの顔を見て、何か複雑そうな表情を浮かべた。

 ……そうか。こいつやっぱり。勘違いしてやがったな。

 

 どこかでポップコーンの話を聞き、それが欲しくて――大方、妹に食わせてやりたくて――盗みに入ったら、それは全然甘くもない硬いとうもろこしで、幻滅とがっかりが怒りに変わってナイフでズタズタにしてしまったのだろう。

 まぁ、ポップコーンを知らなかったんだから、致し方なしだ。

 

「お前、ちゃんと決め事を守れねぇと悪党になるぞ! いいのか? 家族の前で胸が苦しくなるんだぞ!」

 

 心に負い目を感じると、途端に少女のように泣き虫になるデリア。悪いことをしたと思った時の罪悪感によるつらさを説いているのだろう。……言葉は拙いが。

 でも、そのデリアらしい拙くもまっすぐな言葉が、バルバラには響いているようだ。

 ヤップロックのように、「変わりなさい」と押しつけるではなく、「こっちの方がいいに決まってんじゃねぇか」と実体験を元に分かりやすく話すデリアの言葉の方が、バルバラみたいなへそ曲がりには伝わるらしい。

 

「……家族の前で、苦しいのは…………もぅ……ぃや……だ」

 

 そんな小さな囁きが、風にまぎれて耳に届いた。

 掠れ気味のハスキーなつぶやき。

 思わずエステラと視線を交わす。

 そして、どちらともなく、今回の功労者に賞賛のまなざしを向ける。

 

 デリア。お前、お手柄だぞ。

 

「アーシも……自慢できるような人間に……なりたい……!」

「じゃあ、なれよ。笑って食うポップコーンは美味いぞぉ。誰かと一緒に食うと格別なんだ」

「妹……と、一緒に…………食べ…………」

 

 バルバラの声が震える。

 恣意的な感情は微塵もなく、善意とすら呼べない純粋な気持ちで伝えられたデリアの言葉が、世の中を否定して、自分の殻に閉じこもっていたバルバラを救い出した。

 

「んじゃあ、今からいいヤツになれ」

「なれ……る…………かな……アーシなんかが……」

「大丈夫だ! ヤシロがなんとかしてくれる!」

「おぉい、こら!?」

 

 急な丸投げやめてくれる!?

 ノールックパスという名の剛速球は心臓に悪いからさぁ!

 

「難しく考えんなよ。自分と、自分が一番大切だと思うヤツ。この二人にだけ嘘を吐かなきゃ、あとは結構なんとでもなるもんだぞ。あたいのギルドではそうやって教えてんだ。バカばっかで、難しい話分かんないヤツが多いからな!」

 

 と、難しい話を理解してくれない筆頭が申しております。

 お前のその自信どこから来るんだよ。さも、「川漁ギルドであたいが一番しっかりしてます」みたいな口ぶりだけどさ。

 

「自分と……自分が一番大切に思う…………その二人に嘘を吐かなければ……やり直せ……ますか?」

 

 バルバラが敬語になった!?

 どこにそこまで心を打たれたんだ!?

 いや、確かにいいことは言ってたけども。

 

「なれる! ……よな、ヤシロ?」

 

 だから、俺に振るなっつのに……

 

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