「さて、種明かしと行こうか。パーシー」
「…………」
やや身を引いて、身構えるような格好でこちらを睨むパーシー。
善意でアリクイ兄弟を退場させてやったってのに、その態度はないんじゃねぇか?
「……おうおう、ヤシロさんが話しかけてんだろうが。なんとか言えや、ぼけぇ」
「あ、マグダ……そういうの、いいや」
「……そう」
どこで得てきた知識かは知らんが、三下ポジションとか埋める必要ないから。
すげぇ棒読みで怖くもなかったしな。
つか……うん、意外とアホの娘なのかもしれないな、マグダは……
「まず最初に、アッスントが何かを企んで俺をお前のもとに寄越したわけじゃないってことは言っておく」
「……本当か?」
「俺の話が嘘だと思うなら、いつでも『精霊の審判』をかけてくれて構わないぜ」
「…………」
パーシーは険しい視線を俺に向け、たっぷりと時間をかけて黙考した後、「……分かった」と呟いた。
前提条件が間違っていると話が噛み合わなくなるからな。
「俺は今、ある事情から砂糖を求めていてな。それも、貴族が釣り上げたバカみたいな値段でではなく、一般の料理店で大量に使えるような、そんな値段でだ」
「砂糖を? 正気かい?」
俺を嘲るようなパーシーの笑みは、どこか自虐的にも見えた。
こいつも、貴族に逆らえない今の状況をおかしいと感じているのだろう。
だからこそ、行動を起こした。
「お前に頼めば、それが可能になると思うんだが?」
「そりゃあ無理だなぁ。サトウキビが入ってこねぇよ」
サトウキビがないから砂糖は作れない……はっ。何を今さら。
「なら、こいつを使えばいいだろうが」
俺は、アリクイ兄弟からもらった泥つきの臭ほうれん草を掲げて見せる。
「そんな臭いほうれん草で、どうやって砂糖を……」
「もういいんだよ。パーシー」
言葉を遮ると、無言の瞳がジッと俺を見据えてくる。
答え合わせだっつったろ?
俺には、全部分かってんだよ。
「こいつは臭ほうれん草なんて名前じゃない。誰が付けたのかは知らんが、通称だ」
これが『強制翻訳魔法』のややこしくて厄介なところだ。
おそらく、最初にこいつを見たヤツが『臭ほうれん草』なんて名前を付けたのだろう。以降、これを初めて見る者には、この野菜の名前が『臭ほうれん草』であると伝えられ、定着した。
だからこの野菜の名は、この街の中では『臭ほうれん草』なのだ。
そりゃ、誰に聞いても『臭ほうれん草』って言うよな。そういう名前だと教わっているのだから。
そして、その通称は……俺にまでその通りの名で伝えられた。
こいつの正体を知る俺にまで。
『強制翻訳魔法』は言葉を使う者と聞く者の知識に大きく影響を受ける。
これまでに『臭ほうれん草』と口にした物の誰か一人でもこいつの正式名称を知っていたのなら、俺にはもっと早い段階でこいつの正体を知ることが出来たかもしれない。
「俺の国では、こいつのことを――『砂糖大根』と呼んでいる」
「……くっ!」
パーシーが顔を歪める。
俺の言葉がどう翻訳されたのか、確認のしようはないが……その表情から察するに、核心を突いた言葉で聞こえたはずだ。
「……『さとう』『だいこん』?」
マグダが小首を傾げる。
なるほど、その二単語の組み合わせで翻訳されたか。なら、それがベストだ。
こいつらには「さとうだいこん」という日本語の羅列では意味が解せないからな。きちんと『砂糖』『大根』という名詞の組み合わせで翻訳されたようで一安心だ。
「砂糖は、サトウキビ以外のものからも作ることが出来る」
「……それが、これ?」
マグダが不思議そうな顔で砂糖大根を見つめる。まぁ、これが砂糖になるなんて、なかなか信じられないだろうが。
「もともと、こいつは葉を食べるための野菜じゃないんだ。メインは根にある」
砂糖大根は日光を浴びることにより、その大きな根に糖分を蓄積していく。
日本では、北海道などで生産されている。ほとんどが砂糖の加工場へ出荷され、一般の市場に出回ることはほとんどない。なので馴染みはないが、日本の誇る食物のひとつだ。北は北海道の砂糖大根、南は沖縄のサトウキビ。日本の砂糖は、それらで作られている。
ちなみに、『砂糖大根』なんて名前で呼ばれているが、こいつはほうれん草と同じ「ヒユ科」の植物だから葉っぱはほうれん草に似ているのだ。
もっとも、並べて比べれば全然違うが……人間の記憶とは曖昧なもので、似ている物をそのものだと提示されれば「そうなのか」と納得してしまうのだ。
カナヘビを「トカゲ」だって見せられたら、納得しちまうだろ? そんな感じだ。
だもんで、当然こいつは大根の仲間ではない。
見た目が大根っぽいからそう呼ばれているだけで、まるで違う植物だ。
なんと言っても特徴的なのが、根に蓄積される糖分だろう。
「最初の工程こそ違えど、こいつから糖分の含まれた糖液を絞り出した後は同じ方法で砂糖を結晶化させることが出来る。パーシー。お前がやっていたようにな」
「……な、なんのことだか…………」
言い訳を口にしかけたパーシーに、俺は腕を伸ばして指を向ける。
「『嘘』は吐かない方がいい。お前に出来る唯一の行動は『黙秘』だけだ」
「く……っ」
俺は砂糖大根の性質や特性についてここで論議したいわけじゃない。
そんなものはもう分かり切っているのだ。俺も、パーシーも、砂糖大根の正しい使い方を知っている。その二人が砂糖大根の性質を話すなんてのは時間の無駄だ。
「観念したら、どうやってこいつから砂糖が作れると知ったのか、そのあたりの話でもしてくれ。それまでは、俺が話を続けるぜ」
パーシーが次に口を開く時は、ヤツが負けを認めた時だ。
俺は話を続ける。
「お前は、親切な人を装い、あのアリクイ兄弟から破格の値段でこの砂糖大根を購入、そして砂糖を作り、闇市で売り捌いていた。その行動が貴族に悟られ、サトウキビを止められていたんじゃないのか?」
視線を向けるも、パーシーは何も言わない。
だが、苦虫を噛み潰したようなその表情は俺の意見を肯定しているようなものだ。
ジネットが掴まされた臭ほうれん草……砂糖大根の葉っぱも、闇市に流されたものなのだろう。そっちは、ほうれん草の名産地でほうれん草もどきを売りつけ、客を騙して利益を得ようとする輩に利用されたわけだ。
「俺たちが工場見学に行った時、あの工場は停止してさほど時間が経っていなかった。三ヶ月もサトウキビが入ってきていないと言っていたにもかかわらず、だ。直前まで砂糖を作っていた形跡があったのは、サトウキビ以外の原材料から砂糖を作っていた証拠でもある」
「……なぜ、こそこそする必要が?」
パーシーが話さない代わりに、マグダが俺に質問を寄越してきた。
新しい製法を見つけ出し、儲けを生み出す方法を見出したにもかかわらず、大々的に売り出さないパーシーの考えが理解できないのだろう。
「砂糖の代替品……というか、こいつはもう砂糖そのものなんだが……そんなものが安く大量に出回ったら、砂糖を独占したい貴族はどう思う?」
「…………『まいっちんぐ』?」
そんな可愛らしい一言で済むかよ……
「確実に潰されるだろうな。サトウキビを卸さないだけじゃなく、砂糖を取り扱うルートも潰されるかもしれない。簡単だぜ。『パーシーと取引する者は、パーシー以外の砂糖職人との取引を禁じる』と言えばいいだけだ。業者は砂糖が手に入らないと困るし、砂糖職人はサトウキビを掌握している貴族には逆らえない」
「……なるほど。…………こすい」
だからこそ、パーシーは闇市へと砂糖を流したのだ。
素性を知られず、砂糖を売って利益を得るために。
「現状を鑑みるに、新しい砂糖の製法やこの砂糖大根のことまでは知られていないようだが……『新砂糖』を作っているのがパーシーらしいってことは掴まれちまったようだな」
パーシーの眉間のシワが、グッと深くなる。
「だから、アッスントからの紹介で工場見学に来た俺たちを、砂糖工場を探るスパイだと思った」
「そうだよ! だから、工場が動かせなくて金に困っているってアピールをしたってのに……全部見透かされてたのかよ……」
いやいや。お前のそのアピールで確信したんだよ。
絶対裏があるってな。
「俺はスパイじゃないし、アッスントは砂糖貴族の手駒でもねぇよ」
「信用できるか、そんなこと!」
パーシーが声を荒らげる。
相当怒っているように見える、のだが……額には汗が浮かび、瞳も細かく震えている。
動揺が表情に表れている。相当追い詰められている証拠だ。
声を張り上げているのは、ただ虚勢を張っているだけだとハッキリ分かる。
パーシーにとって、砂糖大根は唯一の生命線なのだ。それが絶たれれば商売は立ち行かなくなる。
だが、折角の砂糖が闇市に流れている現状は看過できない。正規品は貴族の締めつけが厳しく一般人には手が出せない。その上、海賊版とも言える『新砂糖』はきな臭い闇市にしか流通していない。
それでは、どちらの砂糖も陽だまり亭では使用できない。
おそらく、ジネットが承諾しないだろう。あいつは、騙されることはあっても、人を騙すようなことはしない。客に出す食材を闇市みたいな胡散臭いところで購入などはしないだろう。……臭ほうれん草で騙された経緯もあるしな。
よって、俺はその『新砂糖』を一般市場に流通させなければいけない。
それが出来ればミッションコンプリートなのだが…………さて、どうしたものか。
「……パーシーと契約して、陽だまり亭に砂糖を融通してもらう?」
「区を股にかけて、それも頻繁に物資のやり取りをしていれば貴族の目につきやすくなる。バレた途端に砂糖が入らなくなるのは避けたい」
定着したメニューが消失……なんて惨事は避けたいからな。
一度ケーキの味を覚えた者が、ケーキを取り上げられたりしたら……暴動が起こるぞ。
「……では、ゴミ回収ギルドで」
「あれは四十二区内でしか活動できない、区内限定のギルドなんだよ」
「……海漁ギルドの海魚は?」
「あれは、向こうが持ち込んでくる網の修繕の対価だ。くれるというものをもらうのは違反じゃない」
「……そう」
だが、四十区まで出張ってきて、ゴミ回収ギルドが砂糖を取引するわけにはいかない。
こいつから商品を買うには、直接購入か、アッスントを経由する必要がある。
「……毎日買いに来る?」
「面倒くさいし、そんな目立つ行動を取るとすぐにバレるぞ」
「……こっそり」
「いや、無理だから」
物の流れは足がつきやすい。
問い詰められれば嘘が吐けないこの世界では、すぐに事実が露呈する。
貴族の誰かが、俺ではなく、ジネットに出所を聞きでもすれば一発でアウトだ。そんなリスクは冒せない。
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