異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

141話 向かう先 -1-

公開日時: 2021年2月18日(木) 20:01
文字数:3,237

 異変が起こったのは、俺たちのバカ騒ぎが収まってすぐのことだった。

 

「結局負けてんじゃねぇかよ……」

 

 そんな、小さな……それでいてハッキリと聞こえた声をきっかけに、四十一区の客席から不満の声が漏れ始めた。

 

「どーなってんだよ!?」

「しっかりしろよ、狩猟ギルド!」

「全部任せてりゃ問題ないんじゃねぇのかよ!?」

「うちなんか店まで取られたのによ!」

「詐欺じゃねぇかよ!」

「これで四十一区は破綻じゃねぇか!」

「どうすんだよ、領主!?」

 

 それはまるで、これまで蓄積されていた鬱憤が爆発したかのような勢いだった。怒号が大きなうねりとなり会場を埋め尽くす。

 舞台と、その前に立つ狩猟ギルドとリカルドに容赦なく浴びせかけれる罵声。

 

「お前に任せてたせいで散々だ!」

 

 その一言が、四十一区の体制を物語っていた。

 

 リカルドは、狩猟ギルドをメインに据え、その強大な牽引力でなんとか四十一区を運営していた。

 そのため、どうしても狩猟ギルドとの関係ばかりが濃くなり、他の領民たちはその点に関してある一定の理解を示しつつも、やはり不満を抱いていたのだ。

 これまでは、狩猟ギルドの恩恵を受け、辛うじて経済は回っていた。

 拙いながらも、リカルドの運営はなんとか回転を続けていた。

 

 だが、それが初めて、目に見える形で止まった。

 微妙なバランスでなんとか持ち堪えてきた関係が、跡形もなく崩壊してしまったのだ。

 

 それしか方法がなかったとはいえ、これまで蔑ろにされ、後回しにされ、放置され続けた領民たちからすればこの状況は「ほら見ろ、言わんこっちゃない!」と、そういう状況と言えるだろう。

 くすぶっていた不満が、集団になったことも手伝って、ここで一気に破裂したのだ。

 

「俺ぁ知らねぇからな! お前らで責任取れよ!」

「そうだ! 俺たちが被る損害は領主と狩猟ギルドで補填しろ!」

「そうだそうだ!」

 

 靴だの、ゴミだのが会場内へと投げ込まれる。

 

「お前なんか、領主辞めちまえっ!」

 

 誰かの無責任な発言に、会場内の空気が一瞬で張り詰める。

 狩猟ギルドの連中が、静かに切れやがった。

 

「狩猟ギルドも解散しやがれ!」

 

 鬱憤を晴らすだけとなった領民たちは、ただただ汚いだけの言葉を吐き出す。

 

 メドラが動き、リカルドを守るような位置に立つ。

 そして、観客席に向かって一声吠える。

 

「文句があるなら、名を名乗ってから言いな!」

 

 落雷のような大きな声に、観客席の声が一瞬、止む。

 

「群れに隠れてキャンキャン吠えんじゃないよ! アタシらは逃げも隠れもしない! 後ろめたいことも何もない! 正々堂々、真っ向から議論しようじゃないか!」

 

 腰に手を当て、観客席を睨みつけるメドラ。

 その両サイドに狩猟ギルドの面々が立ち並ぶ。

 グスターブにアルヴァロ、ドリノにイサーク、ウェブロ。それ以外にも腕っぷしの強そうな連中が居並び、観客席に睨みを利かせる。

 

「へ……へん! 結局暴力か!?」

「……なんだって?」

 

 どこかから飛んできた、発言者不明の言葉に、メドラが反応する。額に青筋が浮かんでいる。

 

「そ、そうやって、威圧して、脅して! お前たちは俺たちの意見を封殺してきたんじゃないか!」

「そ、そうだ! お前らがやってきたのは脅迫だ!」

「圧政だ!」

「独裁者め!」

 

 メドラの筋肉が一回り大きく膨れ上がる。

 

「……言わせておけば…………」

 

 マズいな。

 このままメドラが暴れれば、客席の連中なんか瞬殺だ。

 四十一区の人口が今日だけで半分になったって不思議じゃない。

 

 本来なら、止めに入らなきゃいけない狩猟ギルドの面々も、メドラ以上にブチ切れてやがる。

 いや、いつもは狩猟ギルドのヤツが切れて、メドラが止めていたのだろう。

 メドラの性格を考えればそっちの方がしっくりくる。メドラは良くも悪くも、自分を他者とは違う存在だと思っている節がある。

 だからこそ、多少のことでは動じないし怒らない。だが、その反面、怒った時は相手の言うことに耳を傾けない。自分の非を見落としがちな点がある。

 

 自分の正義に忠実なヤツは、それが破壊へ向いた時に歯止めが利かなくなってしまう。

 

「文句があるなら一人ずつ前に出ておいで! アタシがサシで相手してやるよっ!」

 

 そりゃ脅迫だぜ、メドラ。

 お前の相手なんか、人類には不可能だ。

 

 エステラに視線を向けると、エステラは表情を強張らせてフリーズしていた。

 状況に思考が追いつかず、場の雰囲気にのまれてしまっている。

 

 ふらりと、エステラの目が俺を見る。

 今にも泣きそうな、どうしていいのか分からない……そんな目だ。

 

 お前には難しいか、こういう殺伐とした雰囲気は……

 

「そ、そもそもよぉ! さっきの試合は反則なんじゃねぇのか!?」

 

 四十一区の誰かがそんなことを言う。

 メドラにビビって、矛先を変えやがったのだ。

 

 責任者と出場者が納得した上で行った勝負を、その決着を、簡単な一言で踏みにじりやがった。

 

「そうだ! ありゃあ、四十二区の反則負けだろう!?」

「いいぞ! もっと言ってやれ!」

「反則だ反則!」

 

 矛先を変え、再燃する四十一区からの怒号。

 

「ま、待ってくれ! さっきの試合は、双方納得した上で……」

「俺たちは納得してねぇよ!」

「しかし、君たちが勝っていたら、こんなことは言い出さなかったんじゃないのかい!?」

「うるせぇ! 無効だったら無効だ! やり直せ」

「いいや、無効なんかじゃ生温い! 反則負けだ!」

「じゃあ四十一区の勝ちなんじゃねぇのか!?」

「よっしゃー! 勝ったぞぉ!」

 

 勝手なことを抜かす。

 そして、勝手に盛り上がる。

 脳内勝利を声高に叫び、既成事実を作り上げようって魂胆だろう。

 

 エステラが駆け出し、懸命に訴える。

 

「待ってくれ! とにかく話を聞いてくれないか!?」

「黙れ卑怯者!」

「反則するような連中の話なんか聞けるか!」

 

 ほほぅ……卑怯者、ね。

 

「いい加減にしないかい!」

 

 メドラの怒号が飛ぶ。

 耳元で和太鼓を打ち鳴らされた気分だ。

 

「さっきの試合は、双方が納得して行い、正々堂々戦ったんだ! 誰に何を非難されるいわれもない! どっちもウチのギルドの人間だ! 不正なんかしてないと、責任者のアタシが保証してやるよ!」

「じゃあ狩猟ギルドも負けだ!」

「……は?」

 

 余りの暴論に、エステラが顔を顰める。

 

「そうだそうだ! 四十二区も、四十一区も、ついでに狩猟ギルドも反則負けだ!」

「じゃあ俺たちが勝ったんだな!?」

「つうことは、テメェら全員俺らの言うこと聞けよ!」

「じゃあ領主の館を明け渡せ! あんな広い家に住んでんじゃねぇよ、無能が!」

「狩猟ギルドを全員クビにして、俺らで新しい狩猟ギルドを作ろうぜ!」

「うぉおお! いいねぇ、それ! 乗ったぜ!」

「反則負けの敗者に文句言う資格ねぇからぁ!」

 

 ……………………ふむ。そうか。

 けどなぁ……それはさすがになぁ…………

 エステラの意向もあるだろうし………………あぁ、エステラが俺に丸投げしてくれたらなぁ………………全部丸く収めてやるのになぁ…………

 

 なんてことを考えていると、エステラがこちらを振り返った。

 あいつらが何を言っているのか、まるで理解できない。そんな顔をして、俺に……助けを求めてきたんだ。

 

 にやり……と、思わず口角が持ち上がった。

 

 周りを見渡す。

 

 ジネットは不安そうな顔で事の成り行きを見つめていた。

 俺が見ていることに気が付くと、今にも泣き出しそうな瞳で見つめてくる。

 

 その向こう側に……他の連中がいる。

 そいつらはみんな、まるで何かの習性かのように……みんなして俺のことを見ていた。

 

 困った顔をして、どうしていいのか分からないって顔をして……俺を見ていた。

 それら無数の視線は如実に、「なんとかしてくれ」と、俺に頼んでいた。

 

 

 あぁ。いいぜ。

 

 こういうのは、俺の仕事だ。

 

「あっ……」

 

 一歩踏み出すと、ジネットが短い声を漏らした。

 右手を曲げ、俺を掴もうとでもしたかのような格好で、けれど、それも出来ずに中途半端なところで手が止まっている。

 

 泣きそうな顔をして、キュッと唇を引き結ぶ。

 

 いいんだよ、お前は。

 何も言わなくて……いいんだよ。

 

 

 まぁ、任せとけって……

 

 

 

 

 やってやるぜ。ヤシロ劇場……オンステージだ。

 

 

 

 

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