「それでは、わしがおぬしらにクイズを出してやろう。正解できた者には、特別なプレゼントをくれてやるのじゃ」
唐突なクイズタイム。
これも、実に子供っぽい。ガキの相手をしていると、何度も何度も直面するのだ、この唐突なクイズタイムってヤツは。
「おぬしらもよく口にするであろう、味噌。その味噌はどうやって出来ているんじゃろ~か!?」
語尾に変な節をつけて、リベカからの出題がもたらされる。
クイズというより、単なる知識の問題だな。
真っ先に俺を指名しようとしたリベカだが、俺がさも「知ってるぞ」という顔をしてみせると、その矛先をエステラに向けた。
「ほい、四十二区の領主よ。答えてみるのじゃ」
「え、えっと……」
エステラは、ジネットの作る味噌汁は好きでも、その味噌の作り方までを調べるようなタイプではない。というか、味噌汁の作り方さえ知っているのか怪しい。
こいつは、基本的に四十二区内のことにしか詳しくはないのだ。
エステラは、助けを求めるようにナタリアに視線を向ける。
それを受けて、ナタリアが静かに挙手をして、リベカへと言葉を向ける
「エステラ様に代わって、私がお答えしても構いませんか?」
「うむ。よいじゃろう。許可する」
三十三区に美味い酒どころがある――そんな情報も知っていたナタリアだ。エステラを助けるために他区の情報も集めている可能性は高い。
まして、麹職人に会いに行くと事前に分かっていたのだ。最低限のことくらいは調べてくるだろう。
さほど心配もせず、俺はナタリアの口からもたらされる解答を待った。
俺たちの視線を受けても、ナタリアは一切焦る様子も見せず、余裕を持って口を開く。
「まず、野生の味噌を捕まえます」
「嘘だろっ!?」
まさかの答えに思わず立ち上がる。
野生の味噌!?
じゃあなにか?
お前は、あの茶色くてべたべたした物体に手足が生えて森の中を駆け回っているって言うのか!?
「使う道具は、釣り竿です」
「海!? 海にいるの!?」
「ふふ、ヤシロ様。ご冗談を。海に味噌がいたら、海が味噌汁になってしまうではないですか………………川です」
「川が味噌汁になっちゃうよ!?」
どこまで本気なのか、ナタリアは表情を一切変えずにそんな解答を寄越してくる。
エステラの表情が強張っているところを見るに、信じてはいないようだ、ナタリアの素っ頓狂な話を。
「むふふ。面白い女じゃの」
しかし、リベカは楽しそうな笑みを浮かべている。
くすくすという笑いではないものの、機嫌がよさそうな顔をしている。
「やはり、美人は頭もよいのじゃな」
「えぇ、まぁ、そうですね」
「ナタリア、謙遜して!」
これでもかと胸を張るナタリアに、エステラの素早いツッコミが入る。
しかし、ナタリアを見て『美人』とは……いや、美人なんだろうが、リベカの言い方が少し気になったのだ。
顔を見て『美人』と言ったのではなく、誰かが『美人とはこういうものだ』と定義したものを「情報」として知っている……そんな口調だったから。
こいつも見ているんだろうか、あの情報紙を。
「しかし、ハズレじゃ」
「えっ!?」
いや、「えっ!?」って!?
どう考えてもハズレだろう!?
「ナタリアさん。お味噌とは、大豆と麹を混ぜ合わせ寝かせることで熟成され完成するのですよ」
あまりに見当違いな答えを言ったナタリアに、アッスントが正解を教える。
その瞬間、ナタリアの目つきが変わった。
「……こいつ、なに言ってんの?」みたいな、冷たい目に。
あ、ナタリアのヤツ、分かっててボケたのか。
「…………」
さっきまで、俺の隣でにこにこ上機嫌だったリベカが、急に静かになった。
そう。アッスントが地雷を踏み抜いたせいで。
「あ、あれ? ち、違いましたか?」
「………………いいや。正解じゃが?」
リベカのウサ耳が「ビンッ!」と毛羽立ち、ものすご~く低い声で正解と告げる。
…………アッスント。お前、お約束って知ってるか?
クイズはな、正解を言い当てるのが第一の目的ではあるのだが、それ以上に楽しいのは謎に悩むことなんだぞ。
まだ俺もエステラも答えてないうちから正解を言っちゃうなんて……まして、悩んだ挙句に行き着いた懸命な解答ではなく、あらかじめ知っていた知識をひけらかすような解答の仕方って…………冷めるっての。
そして、アッスント。
これだけは絶対に忘れるな。
子供は、「正解を教えてあげたい」生き物なんだよ。
時には、くっそ簡単な問題でも「答え教えて」と下手に出てやらなければいけない時だってあるんだよ。
ガキには理論や理屈が通用しない。
ガキは、もろに感情の生き物なのだから。
理屈じゃねぇんだよ。
楽しいか楽しくないか。それが重要なんだ。
……ほらみろ。リベカがヘソを曲げたぞ。
「……行商ギルドとの取り引き、やめよっかなぁ……」
こらこら。小声で恐ろしいことを呟いてんじゃねぇよ。
豆板醤が出回ってくれないと、ソラマメの需要も増えないし、二十九区のソラマメも減らないんだっつの。
「い、いえ、あの……何かお気に障ることをしてしまったのでしたらお詫びを……っ」
「別に詫びなどいらぬのじゃ。……そなたは、普通にクイズに答えただけじゃからの」
「い、いえ……っ、あの……あのっ……!」
チラッチラッと、アッスントがこちらに助けを求めるような視線を寄越してくる。
隣で、エステラもはらはらした表情をしている。
……っとにもう。
「その答えじゃ不十分だな。あんな硬い大豆に麹を振りかけて寝かせたところで、味噌になんかなりゃしねぇよ」
いまだ不服そうな顔で、リベカが俺をちらりと見やる。
「見え透いたご機嫌取りを……」みたいな目だな、それは。
曲がったヘソを直すのって、本当に大変なんだからな……貸しだぞ、アッスント。
「味噌作りの一番重要なところを、あいつは分かっていない。知らないヤツが見たら、『えっ、マジで!?』って絶対驚くポイントを言わずして正解とは言えねぇなぁ。な、リベカ?」
「一番、驚くところ、じゃと?」
リベカは麹職人だが、味噌作りを問題にしたということは、少なくとも全行程を知っているのだろう。
この工場では味噌や醤油を作っていると聞いている。もしかしたら、その『ブツ』もあるかもしれない。
工場見学で味噌工場に行くと、大抵見せてもらえる最初のビックリポイント。
そいつを問題にして機嫌を直してもらおう。
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