腹も膨れたところで、オバケコンペ午後の部が始まった。
現在、東側に住む獣人族の女性が話をしている。
「大好物のたい焼きを食べようとすると、自分しか居ないはずの部屋の中から『一口ちょうだ~い』って声が聞こえてくるの……」
一人暮らしの部屋で何かを食おうとする度に『一口ちょうだい』という声が聞こえてきて、後ろを振り返ると誰もいない。だが、前へ向き直ると目の前にあった食べ物が一口分減っているという、なんとも意地汚いオバケの話だ。
特に深い理由はないのだけれど、自然と視線がベルティーナに向かった。
いやいや、ベルティーナとその一口オバケは別物だ。確信している。なぜなら……ベルティーナなら一口では済まないだろうから。
「けれど、私、たい焼きが大好きで、大好物だから、思い切って言ったんです。『嫌だ!』って。そうしたら、今度はこんな声が聞こえてきたんです…………『じゃあ、二口』って」
意地汚さが増した!?
思わぬ展開に、会場から笑いが漏れる。
話をした女性は少し不服そうだ。
どうやら、本人は怖がらせるつもりだったらしい。
実際経験するととんでもなく怖いんだろうが……果たして、今の話は実話なのだろうか。
なんとなく、ハム摩呂辺りが部屋に忍び込んできたら似たような状況になりそうな気がする。「いや、そうじゃねーよ!」って思わず突っ込みたくなるようなオチが、特に。
というわけで、ハム摩呂とベルティーナを足して二で割ったようなイラストを描いてみた。
「ヤシロ。モデルが分かりやす過ぎるよ」
エステラに指摘され、ベルティーナの方へ視線を向けると、ほっぺたをぷっくりと膨らませていた。不服らしい。
「酷いです、ヤシロさん。罰としてお夕飯を一口いただきます」
拗ねたような口調で言うベルティーナ。
あながち間違ってねぇじゃねぇか。
著像権がやかましそうなのでちょこっと描き直す。
ベルティーナの面影を薄くして、やんちゃそうで甘えん坊チックな、ネズミ耳のガキのイラストに仕上げる。
「うふふ。可愛いです。ちょっとハム摩呂さんに似てますね」
ジネット、正解。七割くらいハム摩呂だ。食いしん坊よりいたずらっ子を強調してみた。
「なるほど。ハムスターの耳をつければ、一口いただけるわけですね」
あれぇ、あのシスター、さっき不服そうにしてなかったっけ?
お前がこの仮装をすると、まんまさっきのイラストになるぞ。自分で却下したイラストにな。
そうこうしているうちに、太陽はどんどんと傾いていく。
空が薄暗くなってきたところで、ヤツの出番がやってきた。
満を持して登壇したのは、三十五区の領主ルシア。
堂々とした佇まいは、言葉を発する前からすでに人の心を惹きつけている。
「これは、三十五区に伝わる話だ――」
落ち着いた、よく通る声で語られたのは、俺が聞かされた『シャドー』の話だ。
「真っ赤に染まった空に、群青がじわりじわりと迫り広がっていくような時間……一人の少女が外で遊んでいたのだ」
俺に話した時よりも情景描写が細かくなっている。勿体つけるような口調も聞く者の緊張感を高めていく。
ルシアのヤツ、マジで最優秀賞を狙いにきてるな。
「沈みゆく夕日が、少女の影を長く、長ぁ~く伸ばしていた。その時、ふと……少女は視線を感じた。周りには誰もいない……物音一つ聞こえない……なのに、確かに誰かに見られている――少女はそう思った」
ごくりと、誰かがつばを飲み込んだ。
そんな音が聞こえるほど、会場はしーんと静まり返り、ささやき声すら聞き漏らすまいと張り詰めていた。
「足元の影が、ゆらりと……怪しく揺らめいた。そして、少女は言った――」
緊張感が、ピークに達する。
「『あれぇ~、おかしいなぁ、誰もいないはずなのに誰かに見られてる気がするなぁ~、おかしいなぁ、ヤダなぁ、怖いなぁ怖いなぁ~』」
って、おい!?
何川淳二だ!?
どこで学んだ、その話法!? いないよね!? 似た人、この街にはいないよね!?
え、なに? 突き詰めていくと結局のところソコにたどり着くものなの!?
と、ズッコケているのは俺だけのようで、会場は触れると割れそうなくらいの緊張感に包まれていた。何かきっかけがあれば泣き出しそうな連中が散見される。
やっぱすごいんだなぁ、あの話法。
「不気味に伸びる影から、真っ黒な、闇のような腕が伸びてきて少女の足を『がっ!』と掴んだ」
『がっ!』で数名が悲鳴を上げた。
急に大きな声がしてびっくりしたのだろう。
そして、シャドーによって少女が影へと引きずり込まれていく様を言葉少なく連想させて……
「帰りが遅い我が子を心配した母親が表に出てみると……少女の使っていた鞠だけがぽつんと残されていたそうだ……沈み行く夕日に照らされた鞠は長ぁ~く伸びた影を作り、その影も、夕闇に飲み込まれるように、やがて消えていったのだった…………」
姿勢を正して、静かに笑みを湛えるルシア。
暗くなり始めた会場で見るその微笑は、やけに陰影が濃くて……ぞくっとするような美しさだった。
……はい。今日のトイレ、マグダの同伴決定。
…………ルシアめ、なんてことしてくれるんだ。
ルシアがドヤ顔で俺を見ながら舞台を降りていく。
くっそムカつく……普通に怖い話してんじゃねぇよ。途中淳二だったくせに。
会場では、ガキどもが徐々に伸び始めた影を見て母親にしがみついたり、これ以上影が伸びないように体を縮めたり足で影を踏みつけたりしていた。
すげぇ影響力だな。ガキがみんな無駄な抵抗に必死だ。
こりゃ、マジで最優秀賞はルシアかなぁ……
と、思っていると、意外な人物が舞台へと上がってきた。
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