異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

30話 安心感 -3-

公開日時: 2020年10月29日(木) 20:01
文字数:2,862

「ところで、レジーナ。準備はしてきてくれたか?」

「へ?」

「いや、『へ?』じゃなくて……昨日説明したろう。新しい商売のやり方を」

「あ、あぁ、あぁ! アレな! 大丈夫や。ちゃんと用意してきたで!」

 

 今日ここに呼び出したのは、支払いのためだけではないのだ。

 俺は、レジーナの薬が四十二区に浸透するにはどうすればいいかを考え、昨日のうちにその方法をレジーナに伝えてあったのだ。

 ……こいつ、本当にちゃんと用意してきたんだろうな…………

 

「新しい商売の方法って、なんのことだい?」

 

 やはりというか、エステラがすぐさま食いついてくる。

 こいつも、なんとかしてレジーナの薬を広めたいと思っていた一人だからな。まぁ、当然だろう。

 

「レジーナは胡散臭い」

「酷いな、自分!?」

 

 事実だ。

 

「だが、こいつの薬は有用だ。ベルティーナの回復がそれを証明している」

「なんや、照れるやん。褒めてもなんも出ぇへんで?」

 

 うるせぇな。いちいち反応しなくていいから。

 

「人が不安を覚えるのは、未知のものに出会った時だ。得体の知れないものは畏怖の対象として認識される」

 

 その畏怖の象徴たるのが、この全身真っ黒の如何にも魔女然とした出で立ちのレジーナだ。

 見た目は胡散臭いし、しゃべり方は変わっているし、使う材料は見たこともないようなものばかりで、店の中には不気味な雰囲気が漂っている。

 ――そんな場所に行って薬を買おうなどとする者はいない。

 まして、薬なんていう、下手すれば命にかかわるようなものを、そんな胡散臭いところから調達しようと思う者はいない。皆無だ。

 

 しかし、相手を知り、そのなんたるかを見極めることさえ出来れば不安など一気に消し飛ぶ。

 そうなれば、レジーナの薬が四十二区に定着するのも時間の問題だろう。

 なにせ、レジーナが作った『薬剤師ギルド』の薬は庶民の懐にも優しいリーズナブルなお値段なのだ。

 

 薬師ギルドの薬は大商人や貴族が持つ貴重なものという認識が一般的だった。

 陽だまり亭にも薬は置いていない。

 

「レジーナの薬がもっと身近になれば、原材料その物の認知度が低くても、人は安心感を覚える。やっぱり薬には、安心感が必要不可欠だからな」

 

 日本でも、『ダイオウエキス』とか、『イブプロフェン』とか、聞いたことはあるが見たこともなければ、それがどのようなものかも分からない、そんな成分を含んだ薬がたくさんあった。

 コエンザイムQ10が入っていると言われれば、なんとなく肌にいいものなんだと思えるのは「学習」によるものだ。実際にコエンザイムQ10が肌にいい影響を与えた様を目撃したわけではない。聞き及んでいる程度なのだ。

 だが、知っていることこそが安心を生む。耳に馴染んだ成分が入っていれば人は安心し、見たことのある会社の薬であるというだけで、全幅の信頼を寄せるのだ。

 

「だから、こんな胡散臭い薬剤師が作った薬でも、馴染みさえすれば信用されるものになる」

「自分、辛辣にもほどがあるんとちゃうか?」

 

 レジーナの抗議はサラッと無視して、俺は話を続ける。

 

「不安を覚えるのは未知と遭遇するからだ。ならば、その未知なるものをシャットアウトしてやればいい」

「理屈は分かったけれど、では実際にどうすればいいと言うんだい?」

「具体的な話をしてやろう。レジーナ」

「ほいほい」

 

 俺が手を出すと、レジーナは薬箱を差し出してきた。

 蓋を開けると、中には各種、様々な薬がぎっしり詰まっている。

 

「すごい種類だね」

「整腸剤、解熱剤、消毒、気付け、精神安定剤……他にもいろいろ取り揃えてあんで」

「すごいですね……こんなにたくさんのお薬を見たのは初めてです」

 

 薬箱を覗き込み、ジネットが目を丸くする。

 狩猟ギルドにあった薬箱は傷薬がいくつか入っていただけで中身はスカスカだった。おそらく、解熱剤や風邪薬のようなものは入っていなかったのだろう。

 

「家にこれを一つ置いておくだけで、大抵のトラブルには対応できる」

「せやね。死ぬような大怪我や不治の病はともかく、普通に生活してて患う病気や怪我なんかには十分対応できるはずやで」

「けど、各家庭にこれを置くのは不可能だろう」

「ですよね……」

 

 エステラとジネットは、薬箱の充実ぶりを見て表情を曇らせる。

 そのわけは……

 

「こんなにたくさんの薬を買う余裕は、きっとどのご家庭にもありませんよ」

「一体金貨が何枚あればこれだけの薬を揃えられるのか、見当もつかないね」

 

 この世界の薬は高い。

 それが常識なのだ。

 

「ちなみに、薬師ギルドにこれだけの薬を注文すると、どれくらいかかるか分かるか?」

「どうだろう……ボクもこんなにたくさんは買ったことがないから……予想だけど、数年は遊んで暮らせるくらいの金額になるんじゃないかな」

 

 なるほど。そりゃ、庶民には手が出せないわな。

 

「薬師ギルドに対抗するために、この豪華なセットを格安で販売しようというのかい?」

 

 エステラが薬を一個一個見ながら聞いてくる。

 レジーナはマメな性格なのか、薬の袋一つ一つに手書きで薬の名前と効能、用法用量を書き込んでいた。

 

「まぁ、格安と言えば格安だな」

「勉強させてもらいまっせ」

「もし手が届くようなら、ウチにも一つ欲しいですね。……病気は怖いですから」

 

 ジネットの瞳に、ふと寂しげな色が浮かぶ。

 そういえば、こいつは祖父さんを亡くしているんだったな……病気だったのだろうか。もしそうなら、きっと薬など買えなかったのだろうな……

 

「それで、おいくらなんですか?」

 

 寂しげな色を消して、ジネットの大きな瞳が俺を見る。

 勝手な想像で感傷的になってしまっていたせいか、少しドキッとした。

 そして、柄にもなく、……喜ばせてやりたいだなどと考えてしまった。

 

 俺は、こちらを見つめるジネットの瞳に、喜色が浮かぶことを想像しつつ、その問いに答えてやる。

 

「無料だ」

「……………………え?」

「この薬箱を手に入れるために必要なお金はゼロだと言っている」

「け、けど、そんな……さすがに、それは……」

 

 ジネットの視線が俺からレジーナへと移動する。

 それを察したのか、レジーナはにっこりと微笑んで堂々と宣言した。

 

「無料で持っていってもろて、全然構わへんで!」

 

 喜色を浮かべてもらおうとしたのだが、衝撃が強過ぎたのか……ジネットの顔はぽかんとしたまま固まってしまった。

 

「……何か弱みでも握って、レジーナに無理をさせているんじゃないだろうね?」

 

 一方のエステラは眉根を寄せて俺をジト目で睨んでいる。

 ……あのなぁ。

 

「無理を強いれば商売が成り立たなくなるだろうが。それじゃ本末転倒だ」

「でも、だったらなんでこんなに豪華なセットが無料で………………偽物?」

「人聞きの悪いイケメンさんやなぁ」

 

 今度はレジーナが眉根を寄せる。

 ……つか、『イケメン』って言葉通じるんだな。

 

「ここにある薬は、正真正銘、ほんまもんの一級品ばっかりやで!」

「じゃあ、なんで無料で譲ってくれるんだい?」

「譲るなんて、誰も言うてへんやん」

「……え?」

 

 エステラの表情が固まり、視線がこちらへ向けられる。

 思考が限界に達し、答えを求めるような目だ。

 しょうがない。説明してやるか。

 

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