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体が熱い……そして、重い……
心臓が、まるで自分の物じゃないみたいに勝手に暴れて……ちょっとだけ、苦しい。
「お、ネフェリー! どこ行ってたんだよ」
私が家に戻ると、そこにはヤシロがいた。
……本当に、いた。
心臓がキュンって縮み上がる。
ど、どど、どうしよう…………私、まだ心の準備が…………
「ネフェリー」
「な、……なに?」
ヤシロが私の前に来る。
私を見つめている。
言われちゃう……言われちゃうの?
私がずっと憧れていた……あの言葉……
『毎朝、朝陽よりも早く俺のことを起こしてほしい』
そんな、王子様みたいなプロポーズ……ヤシロに…………
「俺、欲しいものがあるんだ」
「ほ、欲しいもの……って?」
『それは、お前だ』
って、そ、そんな…………強引、だよ…………でも、嫌じゃ、ない。
「それはな……」
それは……
「もも肉!」
も……っ!?
「…………もも肉?」
「あぁ! 鶏ももだ! 骨付きでな!」
「…………食べるの?」
「もちろんだろ? 飾ると思うか? なんだよ、寝ぼけてんのか?」
あははと笑うヤシロ。
……こっちは全然笑えない。
「……くりすます……は?」
「あれ? 誰に聞いたんだ?」
「……恋人同士で過ごす日……なんだよね?」
「あぁ……俺の国ではカップルどもに汚染されて、そんな忌まわしい日になっちまったんだよな……悲しいことだ」
悲しむことなの!?
「だが、俺は違う! そんな穢れた日になんかしない!」
穢れてるんだ……
「仲間を集めて楽しくパーティーをしたいんだよ。お前も来るだろ?」
「来るだろって…………強引な誘い方ね」
…………でも、嫌じゃ、ない。
「俺の故郷ではな、クリスマスには鶏のもも肉って決まっててな」
「魔獣の肉じゃなくていいの? そっちの方が美味しいよ?」
「いいや、ダメだ! チキンでなきゃ認めない! 本場はターキーだ、チキンは邪道だとやかましい声はあるが、俺はガキの頃からチキンを食ってきた! だったらチキンこそが正解なんだ!」
「よく分かんないんだけど……正解なの?」
「正解なの!」
こういう顔をしている時、ヤシロは自分の意見を曲げない。譲らない。
どうしても我を通したい。そんな時に私を頼ってくれたことが……少しだけ、嬉しい。
「分かった。とびっきり美味しい肉を用意してあげる」
「本当か! 助かるよ!」
「じゃあ、サクッと五、六羽絞めてくるね」
「し……絞めるとか……サラッと言うなよ……」
どうして?
絞めなきゃ暴れるよ? ウチの子たち、すごく元気だから。
「ちょっと待ったぁ!」
「お待ちなさいですわっ!」
そこへ、物凄い形相をしたエステラとイメルダがやって来た。
……何してるのよ、あんたたち。こんな朝っぱらから。
「お前ら朝から元気だな……」
「はぁ……はぁ……それは…………ヤシロが…………はぁ……はぁ……タッチ」
「ぅぇ!? む、無理……ですわ……ワタクシも……息が……上がって…………ネフェリーさん、パスですわ……」
「いや、私には何がなんだか……」
この二人って、本当に仲がいいわよね。いつも一緒にいるイメージ。
「ちょうどいい。お前ら、今日ヒマなら夕方から手伝いに来い」
「はぁ……はぁ……手……伝い?」
「はぁ……なんの……ですの?」
「来りゃ分かるよ。じゃ、よろしくな」
「う、うん……」
「分かりましたわ……」
「ネフェリーも」
「うん。活きのいいのを絞めとくね」
「いや、だから……まぁ、いいか」
ため息を漏らしてヤシロが帰っていく。
「あ~ぁ……結局勘違いだったかぁ……」
「え? 何がだい?」
「ふふ……なんでもないわよぉ~」
「変な方ですわね……いろいろと」
まぁ、そうだよねぇ……プロポーズにしたって、こんな早朝に、なんの前触れもなく来るわけないもんねぇ……ふふ、ちょっと考えたら分かりそうなもんなのに…………
「バカみたい、私…………うふふ」
けど、なんだか……ホッとした。
うん。まだちょっと早いよね、そういうのは。
もうちょっと、お互いを知ってから…………そうしたら……その時は…………
「クェェエエーーーーーッ!」
そんな甘酸っぱい思いを胸に、私は朝からニワトリを絞め続けた。
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