異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

挿話14 陽だまり亭のクリスマス -5-

公開日時: 2021年1月6日(水) 20:01
文字数:1,654

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 体が熱い……そして、重い……

 心臓が、まるで自分の物じゃないみたいに勝手に暴れて……ちょっとだけ、苦しい。

 

「お、ネフェリー! どこ行ってたんだよ」

 

 私が家に戻ると、そこにはヤシロがいた。

 ……本当に、いた。

 

 心臓がキュンって縮み上がる。

 ど、どど、どうしよう…………私、まだ心の準備が…………

 

「ネフェリー」

「な、……なに?」

 

 ヤシロが私の前に来る。

 私を見つめている。

 言われちゃう……言われちゃうの?

 私がずっと憧れていた……あの言葉……

 

『毎朝、朝陽よりも早く俺のことを起こしてほしい』

 

 そんな、王子様みたいなプロポーズ……ヤシロに…………

 

「俺、欲しいものがあるんだ」

「ほ、欲しいもの……って?」

 

『それは、お前だ』

 って、そ、そんな…………強引、だよ…………でも、嫌じゃ、ない。

 

「それはな……」

 

 それは……

 

「もも肉!」

 

 も……っ!?

 

「…………もも肉?」

「あぁ! 鶏ももだ! 骨付きでな!」

「…………食べるの?」

「もちろんだろ? 飾ると思うか? なんだよ、寝ぼけてんのか?」

 

 あははと笑うヤシロ。

 ……こっちは全然笑えない。

 

「……くりすます……は?」

「あれ? 誰に聞いたんだ?」

「……恋人同士で過ごす日……なんだよね?」

「あぁ……俺の国ではカップルどもに汚染されて、そんな忌まわしい日になっちまったんだよな……悲しいことだ」

 

 悲しむことなの!?

 

「だが、俺は違う! そんな穢れた日になんかしない!」

 

 穢れてるんだ……

 

「仲間を集めて楽しくパーティーをしたいんだよ。お前も来るだろ?」

「来るだろって…………強引な誘い方ね」

 

 …………でも、嫌じゃ、ない。

 

「俺の故郷ではな、クリスマスには鶏のもも肉って決まっててな」

「魔獣の肉じゃなくていいの? そっちの方が美味しいよ?」

「いいや、ダメだ! チキンでなきゃ認めない! 本場はターキーだ、チキンは邪道だとやかましい声はあるが、俺はガキの頃からチキンを食ってきた! だったらチキンこそが正解なんだ!」

「よく分かんないんだけど……正解なの?」

「正解なの!」

 

 こういう顔をしている時、ヤシロは自分の意見を曲げない。譲らない。

 どうしても我を通したい。そんな時に私を頼ってくれたことが……少しだけ、嬉しい。

 

「分かった。とびっきり美味しい肉を用意してあげる」

「本当か! 助かるよ!」

「じゃあ、サクッと五、六羽絞めてくるね」

「し……絞めるとか……サラッと言うなよ……」

 

 どうして?

 絞めなきゃ暴れるよ? ウチの子たち、すごく元気だから。

 

「ちょっと待ったぁ!」

「お待ちなさいですわっ!」

 

 そこへ、物凄い形相をしたエステラとイメルダがやって来た。

 ……何してるのよ、あんたたち。こんな朝っぱらから。

 

「お前ら朝から元気だな……」

「はぁ……はぁ……それは…………ヤシロが…………はぁ……はぁ……タッチ」

「ぅぇ!? む、無理……ですわ……ワタクシも……息が……上がって…………ネフェリーさん、パスですわ……」

「いや、私には何がなんだか……」

 

 この二人って、本当に仲がいいわよね。いつも一緒にいるイメージ。

 

「ちょうどいい。お前ら、今日ヒマなら夕方から手伝いに来い」

「はぁ……はぁ……手……伝い?」

「はぁ……なんの……ですの?」

「来りゃ分かるよ。じゃ、よろしくな」

「う、うん……」

「分かりましたわ……」

「ネフェリーも」

「うん。活きのいいのを絞めとくね」

「いや、だから……まぁ、いいか」

 

 ため息を漏らしてヤシロが帰っていく。

 

「あ~ぁ……結局勘違いだったかぁ……」

「え? 何がだい?」

「ふふ……なんでもないわよぉ~」

「変な方ですわね……いろいろと」

 

 まぁ、そうだよねぇ……プロポーズにしたって、こんな早朝に、なんの前触れもなく来るわけないもんねぇ……ふふ、ちょっと考えたら分かりそうなもんなのに…………

 

「バカみたい、私…………うふふ」

 

 けど、なんだか……ホッとした。

 うん。まだちょっと早いよね、そういうのは。

 もうちょっと、お互いを知ってから…………そうしたら……その時は…………

 

「クェェエエーーーーーッ!」

 

 そんな甘酸っぱい思いを胸に、私は朝からニワトリを絞め続けた。

 

 

 

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