異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

152話 ジネットの悩み事 -2-

公開日時: 2021年3月13日(土) 20:01
文字数:2,236

「……もっと早く相談してくれればよかった」

「そうですよ、店長さん。あたしたち仲間じゃないですか」

「すみません……雨不足に端を発することですので、みなさんに余計な不安を与えるだけになるのではないかと……」

 

 自然災害が相手では手の打ちようがない。

 そう思って黙っていたようだ。やきもきさせてはいけないと。

 

「けど……そうですね。もっと早くにお話していればよかったですね……すみません」

 

 深々と頭を下げるジネット。

 

「あぅっ、そ、そんなつもりじゃ……、あ、あたし、責めているわけではないですからね!」

「はい。それはよく分かっていますよ」

 

 微かに、ジネットが微笑みを見せる。

 話したことで、ほんの少しでも心が軽くなったのかもしれない。

 

 ジネットの顔に笑みが戻ると、食堂内の雰囲気が少しだけほっこりと和らいだ。

 やはり、「あるところ」に「あるべきもの」がないと収まりが悪いよな。

 

「……早急に対処が必要と、認識を新たにした」

 

 マグダがトラ耳をピンと伸ばして俺たちを見渡す。

 

「……笑顔は最高の調味料」

 

 ふんすっと、鼻息を漏らすマグダ。

 うまく言ったつもり、らしい。……が、周りの反応がイマイチと見るや、トラ耳をピコピコと揺らして……

 

「……なんちゃって」

 

 と、誤魔化した。

 

「いや、その通りですよマグダっちょ! マグダっちょいいこと言ったです! みなさん、マグダちょに拍手です!」

 

 パチパチと、一人で拍手を始めるロレッタ。

 エステラがそれにつられ拍手を始め、俺もなんとなく追従し、しまいにはなぜかジネットまでもが拍手に加わった。

 

「……ロレッタ。はしゃぎ過ぎ」

「フォローしたのにたしなめられたです!?」

 

 そのフォローが少し強引で恥ずかしかったのだろう。マグダが率先して拍手をやめさせていた。

 しかし、マグダの言うことは間違いではない。

 

 ジネットの笑顔は、間違いなく陽だまり亭の売りの一つなのだ。

 ジネットの笑顔を目当てに来る客も大勢いる。ムム婆さんやその周りのジジイども。

 四十二区の街門を目当てにやって来る木こり共も、夕方にはここに来てジネットの笑顔に癒されていたりする。

 

 仕事中は努めて笑顔を心がけているようだが、やはり燻る不安はふとした時に表情に表れる。

 無理をした笑顔なんか、すぐに見破られてしまうものなのだ。

 ジネットみたいに単純なヤツならなおのこと。

 

 だからこそ、マグダの言う通り、ジネットの悩みはすぐにでも解消してやらないといけない。

 俺も、どうせ見るなら元気な笑顔の方がいいしな。

 

 ……って、何言ってんだ、俺。

 

「ジネットに元気がないと、陽だまり亭の売り上げに影響が出るかもしれない。これは由々しき事態だ」

 

 そう、こいつは利益のためだ、うん。

 ジネットの不安を取り除いてやるのは、広い視野で見れば俺の利益に繋がるのだ。

 

 なにせ……

 

「ジネットを見ていると、食欲が湧くからな」

 

 条件反射みたいなもんだ。

 ジネットの笑顔を見ると、美味い物が食いたくなる。

 そんな客は少なくないはずだ。

 

 そういう固定客のためにも、ジネットにはもっと自然に笑っていてもらわないとな。

 

「……ヤシロ」

「お兄ちゃん」

「ヤシロ」

 

 マグダにロレッタ、それからエステラが俺を見つめる。

 よせよ。たまには俺だっていいことくらい言うんだ。感動とか、すんじゃねぇよ。

 

「「「こんな時までおっぱいの話をしないように」」です」

「誰がジネットのおっぱいを見て食欲が湧いとるか!」

 

 おっぱいはおかずだとでもいうのか?

 バカモノ! 主食だ!

 いや、そういうことでもないな……

 

 あ~ぁ、俺のこのイメージもどうにか払拭できないもんかねぇ。

 

「あの、ヤシロさん……」

 

 少し不安げに、ジネットが俺の顔を覗き込んでくる。

 

「……違ったんですか?」

「お前もか、ジネット」

 

 谷間をガン見しながら握り飯を食うぞコノヤロウ。

 

「くすっ……うふふ」

 

 思わずといった感じで、ジネットは噴き出し、肩を微かに震わせて笑い出す。

 そして、思わずといった感じで……目尻から涙を零した。

 

「え……あ、あれ?」

 

 涙を零した本人が一番驚いた様子で、慌てて目尻を押さえるが、一度自覚すると涙は止まらなくなるもので……

 

「ごめんなさい……あの…………違うんです……これは、そうじゃなくて……」

 

 必死に笑顔を作ろうとするジネットの頭を、エステラがそっと抱きしめる。

 ぽんぽんと、優しく頭を叩いて、「大丈夫だよ」と言葉をかける。

 

「……すみま………………うぅ……っ」

 

 小さな呻きを漏らし、ジネットが身を震わせる。

 泣き顔を見られまいと、エステラの胸に顔を埋めて、声を必死にこらえて……

 

 

 忙しさから体を壊し、自分の知らないところで倒れているかもしれない。

 それは、ジネットにとっては最もつらく、最も恐ろしいことだ。

 きっと、祖父さんの時のことを思い出してしまったのだろう。マグダが大怪我をした時にも、こいつはかなり取り乱していたからな。

 

 祖父さんが倒れた原因が過労かどうかは、今となっては知りようがないが、ジネットのことだ、「自分がいたから無理をさせた」と思い込んでいても不思議ではない。

 こいつの無茶をしてしまう性格は、そういうところからきているのかもしれない。

 少しでも他人に負担をかけまいとして……

 

 これは、いよいよ猶予がなくなったな。

 早急に手を打たなければ。

 

 ジネットが落ち着くには時間がかかるだろう。

 しかし、それをただ待っているわけにもいかない。

 

 午後の、比較的客の少ないこの時間を無駄に浪費するわけにはいかない。

 行動を起こすと決めたら、即実行だ。

 効率悪く先延ばしにしてしまえば、その分解決が遅くなる。

 

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