「……もっと早く相談してくれればよかった」
「そうですよ、店長さん。あたしたち仲間じゃないですか」
「すみません……雨不足に端を発することですので、みなさんに余計な不安を与えるだけになるのではないかと……」
自然災害が相手では手の打ちようがない。
そう思って黙っていたようだ。やきもきさせてはいけないと。
「けど……そうですね。もっと早くにお話していればよかったですね……すみません」
深々と頭を下げるジネット。
「あぅっ、そ、そんなつもりじゃ……、あ、あたし、責めているわけではないですからね!」
「はい。それはよく分かっていますよ」
微かに、ジネットが微笑みを見せる。
話したことで、ほんの少しでも心が軽くなったのかもしれない。
ジネットの顔に笑みが戻ると、食堂内の雰囲気が少しだけほっこりと和らいだ。
やはり、「あるところ」に「あるべきもの」がないと収まりが悪いよな。
「……早急に対処が必要と、認識を新たにした」
マグダがトラ耳をピンと伸ばして俺たちを見渡す。
「……笑顔は最高の調味料」
ふんすっと、鼻息を漏らすマグダ。
うまく言ったつもり、らしい。……が、周りの反応がイマイチと見るや、トラ耳をピコピコと揺らして……
「……なんちゃって」
と、誤魔化した。
「いや、その通りですよマグダっちょ! マグダっちょいいこと言ったです! みなさん、マグダちょに拍手です!」
パチパチと、一人で拍手を始めるロレッタ。
エステラがそれにつられ拍手を始め、俺もなんとなく追従し、しまいにはなぜかジネットまでもが拍手に加わった。
「……ロレッタ。はしゃぎ過ぎ」
「フォローしたのにたしなめられたです!?」
そのフォローが少し強引で恥ずかしかったのだろう。マグダが率先して拍手をやめさせていた。
しかし、マグダの言うことは間違いではない。
ジネットの笑顔は、間違いなく陽だまり亭の売りの一つなのだ。
ジネットの笑顔を目当てに来る客も大勢いる。ムム婆さんやその周りのジジイども。
四十二区の街門を目当てにやって来る木こり共も、夕方にはここに来てジネットの笑顔に癒されていたりする。
仕事中は努めて笑顔を心がけているようだが、やはり燻る不安はふとした時に表情に表れる。
無理をした笑顔なんか、すぐに見破られてしまうものなのだ。
ジネットみたいに単純なヤツならなおのこと。
だからこそ、マグダの言う通り、ジネットの悩みはすぐにでも解消してやらないといけない。
俺も、どうせ見るなら元気な笑顔の方がいいしな。
……って、何言ってんだ、俺。
「ジネットに元気がないと、陽だまり亭の売り上げに影響が出るかもしれない。これは由々しき事態だ」
そう、こいつは利益のためだ、うん。
ジネットの不安を取り除いてやるのは、広い視野で見れば俺の利益に繋がるのだ。
なにせ……
「ジネットを見ていると、食欲が湧くからな」
条件反射みたいなもんだ。
ジネットの笑顔を見ると、美味い物が食いたくなる。
そんな客は少なくないはずだ。
そういう固定客のためにも、ジネットにはもっと自然に笑っていてもらわないとな。
「……ヤシロ」
「お兄ちゃん」
「ヤシロ」
マグダにロレッタ、それからエステラが俺を見つめる。
よせよ。たまには俺だっていいことくらい言うんだ。感動とか、すんじゃねぇよ。
「「「こんな時までおっぱいの話をしないように」」です」
「誰がジネットのおっぱいを見て食欲が湧いとるか!」
おっぱいはおかずだとでもいうのか?
バカモノ! 主食だ!
いや、そういうことでもないな……
あ~ぁ、俺のこのイメージもどうにか払拭できないもんかねぇ。
「あの、ヤシロさん……」
少し不安げに、ジネットが俺の顔を覗き込んでくる。
「……違ったんですか?」
「お前もか、ジネット」
谷間をガン見しながら握り飯を食うぞコノヤロウ。
「くすっ……うふふ」
思わずといった感じで、ジネットは噴き出し、肩を微かに震わせて笑い出す。
そして、思わずといった感じで……目尻から涙を零した。
「え……あ、あれ?」
涙を零した本人が一番驚いた様子で、慌てて目尻を押さえるが、一度自覚すると涙は止まらなくなるもので……
「ごめんなさい……あの…………違うんです……これは、そうじゃなくて……」
必死に笑顔を作ろうとするジネットの頭を、エステラがそっと抱きしめる。
ぽんぽんと、優しく頭を叩いて、「大丈夫だよ」と言葉をかける。
「……すみま………………うぅ……っ」
小さな呻きを漏らし、ジネットが身を震わせる。
泣き顔を見られまいと、エステラの胸に顔を埋めて、声を必死にこらえて……
忙しさから体を壊し、自分の知らないところで倒れているかもしれない。
それは、ジネットにとっては最もつらく、最も恐ろしいことだ。
きっと、祖父さんの時のことを思い出してしまったのだろう。マグダが大怪我をした時にも、こいつはかなり取り乱していたからな。
祖父さんが倒れた原因が過労かどうかは、今となっては知りようがないが、ジネットのことだ、「自分がいたから無理をさせた」と思い込んでいても不思議ではない。
こいつの無茶をしてしまう性格は、そういうところからきているのかもしれない。
少しでも他人に負担をかけまいとして……
これは、いよいよ猶予がなくなったな。
早急に手を打たなければ。
ジネットが落ち着くには時間がかかるだろう。
しかし、それをただ待っているわけにもいかない。
午後の、比較的客の少ないこの時間を無駄に浪費するわけにはいかない。
行動を起こすと決めたら、即実行だ。
効率悪く先延ばしにしてしまえば、その分解決が遅くなる。
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