準備が整い、久しぶりの手巻き寿司パーティー。
「の、海苔が届かないです!」
「……海苔が小さい」
「ヤシロォ、海苔がさぁ」
「お前らには学習能力がないのか!?」
具材を載せ過ぎて海苔が巻ききれなくなった三人を尻目に、ジネットがてきぱきと具材を載せていく。
「おかしいです……これくらいなら巻けると思ったんですが……」
「お前もか、ジネット」
どうしても、手巻き寿司ははしゃいでしまうものらしい。
「難しいなぁ……ねぇ、ヤシロ。ボクの分巻いて」
「お前は貴族か?」
「貴族なんだけど?」
「……どうも、貴族の友人です。巻いていただこうか」
「同じく、貴族の関係者です! お兄ちゃん、巻いてです」
「便乗すんな。俺ら全員そうだわ」
どいつもこいつも、俺に作らせようとしやがる。
自分で覚えろっつの。
そして、会話に参加してこなかったジネットを見ると、なんだか必死に巻き寿司を巻いていた。
それでも量が多い。
意外だな、こいつが苦戦するなんて。
「難しいですね。コツが掴めません……」
「んじゃあ、試しにジネット、俺に食わせると思って作ってみろ」
「ヤシロさんに、ですか?」
そんな注文を付けると、ジネットの目の色が少し変わった。
海苔を手の平へと載せ、酢飯を適量取り、均等に広げて、バランスよく具材を載せて……巻く。
「……わぁ! 出来ましたっ!」
それは、見事な手巻き寿司で、見た目も内容も申し分ない、ラッピングすればそのまま店に出せそうな手巻き寿司だった。
「人に食べさせると思うと出来るんだな」
「そう、みたいですね」
えへへと、照れ笑いを浮かべるジネット。
こいつは、自分のために料理をすることがそんなにないからな。
自分用の料理が苦手ってのは、新発見だ。
「はい、ヤシロさん。召し上がってください」
そっと差し出される手巻き寿司。
……なんとなく、目の前でジネットが巻いたものだと思うと、照れるな。
いや、ほら、素手だし。
まぁ、いつも素手なんだけど。
「お野菜もしっかり食べてくださいね。あと、よく噛んでください」
「お前は俺の母親か」
「うふふ。こんなに可愛い子だと、甘やかし過ぎて困っちゃうかもしれませんね」
「俺も、こんな母親だったら、二十歳越えるまで乳離れしないかもしれない」
「そ、それを食べてから、懺悔してください!」
食った後でいいんだ。
いや、先延ばしにされる方が面倒くさいか……
「あ、出来た出来た! ジネットちゃんのを見てたら、なんとなくコツが掴めたよ」
エステラが、ようやく適量の手巻き寿司を作り上げる。
ぱりっと音をさせて手巻き寿司にかぶりつく。
「ん~!」と、満足げな声を上げて握った拳をぶんぶん振り回す。
「自分で作ったって思うと、一層美味しいよね」
「いや、俺はジネットが作ってくれたヤツの方が美味いけどな」
「……マグダも、甘やかされたいと常日頃思っている」
「あたし、自分で作ると、なんだか普通の味がするです……」
「まさかここまで賛同が得られないとはね!」
甘いな、エステラ。
そんな万人が言いそうなことを、素直に感じてやるほど俺たちは甘くないんだよ。
「これ、メニューに加えないのかい?」
「値段がべらぼーに高くなるぞ。海魚がメインだからな」
「種類も多いです。これだけ揃えるのは大変です」
「……人気が出ると、準備が追いつかなくなる可能性大」
「では、これはお家パーティー用のご飯ですね」
お家パーティー。
ジネットの言うとおり、こいつは自宅でわいわいと食うためのものだな。
準備の段階からわいわいとみんなでやれば楽しいだろうし。
そして、各人が自分の好みで味を選べるのもいい。
「お前鮭ばっかだな」とか、「エビを独り占めすんなよ」とか、そんな他愛もない会話が自然と生まれてくる。
実家でもそうだったな。
「親方がさぁ、手巻き寿司の時だけやったらと張り切ってな。手巻き寿司だけは、女将さんより美味いものが作れるとか言っちゃってさ……くくっ」
酢飯にごまを混ぜたり、海苔にごま油を塗ったり、変なこだわりを持ってたっけな。
「で、実際どうだったんだい?」
「ん?」
「親方さんの手巻き寿司は、女将さんを越えていたのかな?」
「いいや。やたらデカいんだよな、親方のは。女将さんの巻いた手巻き寿司の方が食べやすいし、味に飽きが来ないし、断然美味かったよ」
って言ったら、ヘコんでたな親方。……くくく。
「……女将さん、最強説」
「すごいです。お兄ちゃんの好みをことごとく理解してナンバーワンを獲得しまくりです」
「女将さんっ子だったんだね、ヤシロは」
「いやいや。俺の知識や技術はほとんど親方から受け継いだものなんだぞ」
詐欺に関することは独学だけどな。
「お兄ちゃんの技術と言えば……」
「……おっぱい鑑定」
「ヤシロ……君のとこの親方さんは、とんでもない人だったんだね」
「そこは引き継いでねぇわ! 独学だよ、俺のおっぱい学は!」
親方の名誉のためにもそれだけは断言しておく!
…………名誉のためにもってなんだよ!?
おっぱい好きでも名誉は傷付かねぇっつの!
「うふふ。ヤシロさん、嬉しそうです」
ジネットがくすくすと笑い出す。
「手巻き寿司は、思い出話に花が咲く食べ物なんですね」
出来のいい美味そうな手巻き寿司を両手で持って言う。
「いつか、みなさんが別の方と手巻き寿司をする時には、今日のことを思い出して、『あの時はこうだった』とお話をするのでしょうか」
このメンバーが、別のヤツと手巻き寿司を……
それは、いつか訪れるかもしれない未来。
マグダやロレッタが陽だまり亭を巣立っていくかもしれない。
エステラなんかは、どこぞの貴族に見初められて上流階級に入り浸るかもしれない。
ジネットだって、どこかにいいヤツがいれば……
こいつなら、自分の子供には甘々で、いちいち自分で巻いてやったりするんだろうな。
……それはどれも、なくはない未来。
いつまでも今のままで――なんてことは、きっとあり得ないのだろう。
未来なんて、一切想像が出来ないけれどな。
ジネットやエステラが、誰かと結婚している姿なんか想像できないし、マグダとロレッタがいない陽だまり亭も、今は想像が付かない。
そもそも、俺自身の未来がまったく見えてこない。
俺は一生、ここに居続けるのか。
それとも、もっと興味を引かれることを見つけてここを飛び出していくのか。
ヘッドハンティングされて、陽だまり亭のライバルになっていたりして……
どれもこれも、ないとは言いきれない未来。
そもそも二十年前の俺は、二十年後に異世界で二度目の十七歳を過ごしているなんて、想像もしていなかった。出来るわけがない。
未来なんか分からない。
だから、よく知っている過去の話で盛り上がったりするのだろうか。
「あたしは、またこのメンバーで手巻き寿司をして、またこんな風におしゃべりしたいです!」
「……このメンバーはみんな、マグダを甘やかしてくれるので、非常に心地いい」
未来に離ればなれになっているなんて思いたくなかったのだろう。
ロレッタもマグダも、少し真剣な声でそんなことを言った。
そして、ジネットも当然、そんな未来は想像していないようで――
「はい。もちろん、またみなさんでやりましょうね」
自信たっぷりにそう断言した。
だから、俺からも少しフォローを。
「前に河原で手巻き寿司をやった時、みんな喜んでたろ」
「それはもう! ウチの弟妹が大はしゃぎしてたです!」
「……マグダはあの時から、一部地域で手巻き寿司の女神と呼ばれているとかいないとか」
「どんな女神だよ……。でまぁ、楽しかったろ?」
『別のヤツと食う』ってのは、そういうことも含まれる。
飯なんてのは誰と食おうが自由だし、誰とだって食える。
「ジネットが言ったのは、そういうことだ」
「いろんな人に教えてあげるのは、楽しそうです!」
「……マグダのカリスマ性をもってすれば、布教の波は瞬く間に四十二区を覆い尽くす」
「なるほどね。それで、それぞれが教えてあげた人たちの感想とか、その時の面白い話を持ち寄って、またこうしてこのメンバーで食べる……うん。いいね、そういうの」
エステラのまとめに、マグダもロレッタも満足げな表情を見せる。
少々依存が過ぎる気もしないではないが……
「陽だまり亭は、いつでもここで、みなさんの帰りを待っています」
だから、みんな自由に、思いのままに飛び出していけばいい。
そんなことを、ジネットは言いたかったのかもしれない。……違うかも、しれないけどな。
「わたし、手巻き寿司大好きです」
そんな言葉を口にしたジネットは、何も変わらないように見えるのだが……やっぱり少し変わったんだろうな。
たぶん、こいつも少しずつ大人になっていっているのだ。
他区の領主たちとやり合って、領主としての力や自信を付けつつあるエステラと同様に。
実に面倒くさい目に遭わされたわけだが……
まぁ、やっただけの価値はあったのかもな。
ニュータウンに新たな通路が出来、街門の向こうに小さいながらも港の建設が決まった。
『BU』を通る際の通行税は軽減されることになったし、外周区で豆の生産を行う用意も進んでいるらしい。
エステラが不眠不休で働き続けた成果は、そう遠くないうちにどんどん実を結んでいくのだろう。
街は変わる。
人も変わる。
俺たちの関係性も変わるし、俺たちを取り囲む状況も、一秒ごとに形を変えていく。
それを、良くするか悪くするか、その二択しか俺たちにはないわけで、だからこそ必死になっていい結果に結びつけてやろうと足掻いたりして。
そんなもんの積み重ねが、いつか振り返った時にちょっとびっくりするくらいの功績を残していたりする。
だからこそ。
そうやって変わっていってしまうからこそ、いつでも変わらずにここに建っていてくれる陽だまり亭は、こんなにも落ち着くんだろうなぁ……なんてことを、しみじみと思ってしまうわけだ。
「いい店だな……陽だまり亭は」
思わず漏れた言葉に、俺以外の全員が目を見合わせる。
そして、異論はないとばかりに晴れやかな表情で頷く。
「もちろん。ボクの行きつけだからね」
「……マグダがいるお店なのだから、当然」
「あたしも、陽だまり亭大好きですっ!」
そして、ジネットは少しだけ泣きそうな顔で。
「そう言ってもらえて、嬉しいです」
照れ笑いを浮かべた。
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