寄付。……などという、訳の分からない行為のために、ジネットは懸命に食材の下ごしらえをしている。
朝早く起きてまずするのが、教会で待つタダ飯食らいのための朝食の準備だというのか。呆れて物が言えない。
早起きは三文の徳? 大損してんじゃねぇか。
俺は、せっせと働くジネットを、キッチンの壁にもたれかかって眺めていた。
手伝い? 冗談だろ?
利益の出ないことに労力を割く意味が分からねぇ。
それにしても……
クズ野菜ばかりとはいえ、量がすごいな。
近隣農家から掻き集めてでもいるのか?
「ジネット」
「はい」
俺の呼びかけに律儀に応えるジネット。
「手伝え」とも「邪魔」とも言わず、こちらに悪意を向けることもしない。
こいつ、感情の中で必要なものがいくつか壊れてしまっているのではないだろうか?
「このクズ野菜はどこからもらってきているんだ?」
「業者さんから購入しています」
「はぁっ!?」
購入!?
このクズ野菜を!?
人参のヘタや、虫の食ったほうれん草や、キャベツの一番外側のごわごわした硬い葉に金を払っているのか!? 廃棄する部分だぞ、これはどう見ても!?
「良心的な業者さんが多くて、格安で譲っていただいているんです」
「…………多くて? お前、まさか、複数の業者から買ってるのか?」
「はい。最初は一ヶ所だけだったのですが、その方が話をしてくださったようで、あとから四ヶ所の業者さんが同じようにクズ野菜を格安で譲ってくださるようになりました」
お前…………それ、カモられてるんだよ。
「廃棄物を、金を出して引き取ってくれるところがある」ってな。
しかも、野菜を複数の業者から仕入れるって……まとめりゃ割引もされやすいだろうに。
「ちょっと、帳簿を見せろ」
「え? 帳簿ですか? その、後ろの棚にありますよ」
俺は、厨房の壁際に置かれた棚から一冊のノート……冊子というべきか……を、取り出し開く。
粗悪な紙を何枚もまとめた安そうなノートだ。
そこに、細かい文字でビッチリと書き込みがされている。…………細けぇよ、文字が。こんなところで節約するより、もっと切り詰めるところあるだろうが。
苦労しながらその内容を見ていくと…………
あり得ない。
ジネットの言った通り、この食堂ではクズ野菜を五ヶ所から購入している。しかもそのうちの一つは二十七区の業者らしい。
それから魚だが、これも三ヶ所から購入しているのが分かる。
そしてほとんど売れないパンですらも三ヶ所から。
……無駄だ。
「店長、相談があります」
「ぅえ!? な、なんですか、急に改まって!?」
「俺に金勘定を任せてください」
「え? でも、大丈夫ですよ、わたし、ちゃんと出来ますし」
「出来てないです。ちゃんちゃらおかしいです。ままごとレベルです、これは」
「……あ、あの。もしかして、怒って……ますか?」
あぁ、怒っているとも。
なんでかは分からんが、腹の底から沸々と怒りが込み上げてきて意味もなく玉ねぎをみじん切りにしてやりたいくらいだ。
「業者ってのは、野菜は野菜、魚は魚しか売っていないのか? 一括で肉も野菜も果物も買えたりはしないのか?」
「マーケットに行けば、そういうお店もありますが、行商の方は野菜なら野菜、お肉ならお肉と専門的に売ってらっしゃいますね」
「マーケットってのは、ここから遠いのか?」
「いえ。徒歩で行ける距離ですよ。大通りを超えた先にあります」
「割高なのか?」
「運賃がかからない分、割安かもしれませんね」
「……そこまで分かっていて、なぜ業者から買っている?」
「え…………それは…………売ってくださるとおっしゃいましたので、ご厚意は……そう! 厚意はありがたく受けるべきではないかと!」
「バカか!?」
「ふにゃっ!?」
思わず怒鳴ってしまった。
でも仕方ないだろう!
ほら見ろ!
言った通りじゃねぇか!
まんまとカモにされている!
騙されているのに、「厚意」だなどと抜かしてやがる!
「いいか。俺の世界ではゴミを捨てるのにも金がかかる。そのゴミを、二束三文でも売り払えりゃ丸儲けなんだよ!」
この街でだって、廃棄品が金になりゃ、ここまで運ぶ労力くらいは惜しまねぇだろうさ。
十一ヶ所もの業者にカモられてやがる。入れ食いだな、おい。
パンだって、失敗して売り物にならないものを押しつけられていたに違いない。
それを、「格安で~」だの、「ご厚意で~」だのと、へらへらへらへらしやがって……
つか、この世界でも詐欺は横行してんじゃねぇか。
……面白い。そのケンカ、買ってやろうじゃねぇか。
この十一社…………ただで済むと思うなよ?
だが、それは追々だ。
「とにかく、今後一切、この業者との取引はしない」
「えぇっ!? でも、そうしたらお店の食材が……」
「別のところから買うさ」
「…………」
「どした?」
「あ、いえ…………わたしは、その……知り合いが極端に少なくて……ギルドに顔の利く方がいないんです」
「ギルド?」
「はい。飲食ギルドと行商ギルドです。そこで商人の方を紹介していただかないと、ここまで野菜を運んではいただけませんので……運賃も決めなくてはいけませんし……ですので、今から別の方にお願いするというのは…………」
なんだかジネットがもにもに言い出した。
つまり、交渉下手なジネットは、「今の商人が気に入らないから別の、もっとまともなヤツを寄越せ」とは言いたくないのだろう。
だったら、話は簡単だ。
「ギルドを通さなければいいだろう」
「で、でも、そうすると商人の方はここまで食材を運んでくださらないですし……マーケットは一般の方も買い物をなさいますので、わたしたちのような飲食関係者のまとめ買いを忌避されるところが多いんです。品切れになってしまわないように……ですので……」
「なら、農家から直接買えばいい」
「……え?」
ジネットの動きが止まった。
そんなに驚くようなことか?
「行商ギルドとやらが商品を一ヶ所にまとめて販売をしているってんなら、きっとそこに手数料が発生しているはずだ。その分、消費者の支払う料金は高くなり、農家の取り分は低くなっていることだろう」
日本の田舎で見かける農家の直売店が驚くほど安いのは、業者を通していないからだ。
売り物にならないクズ野菜を買うなら、そういうところからこそ入手するべきなのだ。
「それに、一つの店舗に十一もの商人を寄越していながら、これまでなんの是正もしてこなかった行商ギルドとやらは信用できない」
行商ギルドを名乗っているのだから、区を超えてすべての行商人を取りまとめている組織なのだろう。
ならば、この食堂に十一ヶ所から商人がやって来ているという異常事態に気付かないのはおかしい。よって、行商ギルドはこの詐欺行為を容認し、放置しているということだ。
『叩き潰しても心が痛まないリスト』に追加決定だ。
「四十二区に農家と漁師はいるのか?」
「はい。教会の周りに農業地帯が広がっています。その奥に大きな川が流れていまして、川辺には漁師さんたちが集まって暮らしておられます」
「じゃあ、そこに案内してくれ」
「今からですか?」
「いや、あとでいい」
今は、ようやく朝陽が昇り始めたような時間だ。
こんな時間に行っても話など出来ない。話し合いは向こうが都合のいい時間に行くに限る。忙しいと門前払いか、話せてもいい印象は与えられないからな。焦りは禁物だ。
だが、一日も早く仕入先を確保して、こんな浪費はやめさせてやる。
その前に、今はタダ飯食らいの教会に寄付の終了を突きつけに行かなければ。
差し出がましい行為だろう。
本人が納得しているのなら、それは放置するべき案件なのかもしれない。
だが!
底抜けのお人好しを利用して私腹を肥やす連中は野放しにしておけない。
俺以外の詐欺師は、全員この世から消えてなくなればいい。
「まずは教会に行こう。きっと、有意義な時間になるはずだ」
「はい。四十二区の教会はいいところですよ。きっとヤシロさんも気に入ると思います」
俺が気に入る?
それはない。敵地だからな。
「それじゃあ、早く準備を終わらせちゃいますね」
むんっと、拳を握り可愛らしく力こぶを作ってみせるジネット。
俺はそんなジネットを横目に、細かい字で書き込まれた帳簿を隅々まで読み込んでいった。
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