異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加18話 ある雨の日の陽だまり亭の中で -4-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:3,709

「ジネット。不服、なのか?」

「へぅっ!? あ、いえ、あの……!」

 

 俯くジネットに声をかけると、必要以上に驚いて、不自然なまでに慌てふためいて、そして小さく頷いた。

 

「……はい。少し」

 

 意外だな。

 こいつなら「では、銅像が設置されたらみなさんで見に行きましょうね。わたし、お弁当作ります」とか言いそうなんだけど。

 

「こういう感情は……本当なら、持つべきではないのでしょうが…………」

 

 ちらりと、大きな瞳が俺を見て、すぐに逃げていく。

 

「……ヤシロさんの像を飾るのであれば……ウチが……この陽だまり亭がいいな、……と」

 

 独占欲……なの、か?

 まぁ、どこにも設置させないけどな!

 

「……マグダも反対。ヤシロは四十二区のモノ」

 

 誰がモノだ、こら。

 

「そうでござる! 拙者もそれに似たような気持ちでござるよ」

 

 共感すんなや。

 

「…………そう、ですね。あさましいですけれど、ちょっと理解できます」

 

 お前もか、ジネット。

 

「オイラはマグダたんに賛成ッス!」

 

 お前は入ってくんな。設計図描いてろ。

 

「うんうん。君も随分と領民に信頼される男になったんだねぇ」

 

 と、なぜか誇らしげな顔でエステラが俺の肩を掴む。ポンポン叩く。

 

「ボクが以前言ったことを覚えているかい?」

「『もう2センチだけでも大きくなればいいのに』」

「そんなことは言ってないよ!?」

「じゃあ、お前の『会話記録カンバセーション・レコード』を見せてみろ」

「言………………ったことは、もしかしたら、ないとは言い切れないかもしれないけれども…………でも、そうじゃなくて! ボクが君に言ったことだよ!」

「『………………イケメン(どきっ)』」

「それはない! 絶対ない! 断言できる! さぁ、誰かボクに『精霊の審判』をかけて!」

 

 そんなに力いっぱい否定しなくてもいいのに。

 そこは、「もしかしたら言ったことがあるかもしれないけど、……恥ずかしいからヒ・ミ・ツ」みたいな可愛らしい態度くらい取るべきシーンだろうに。まったく。

 

「ボクは以前、君に『善行を積んで街の者からの信頼を得るように』と言ったはずだよ」

 

 言われたっけなぁ、そんなこと。

 

「そのボクの言葉を、君は素直に実行したというわけだ。そして、ボクの言った通り、君には信頼できる仲間が増えたと」

「言ってろ……」

「ボクのアドバイスが君の人生に彩を与えるきっかけを作ったのだと思えば、領主として鼻が高いよ」

「バストトップは誰よりも低いのにな」

「どーして君は余計な一言を口にしないと気が済まないのかな!?」

 

 そんなもん、お前が終始くだらないことしか口にしていないからだ。

 だ~れが、善行を積んで信頼を得たか……全員騙されてるだけだっつの。その証拠に、もし俺がその気になれば、四十二区の領民全員を一斉に詐欺にかけることだって出来るだろうよ。

 信頼させて懐に入り込むのは詐欺の常套手段。

 まんまと潜り込まれてるんだよ、お前ら全員な。油断してると、全財産を根こそぎ持って行っちまうぞ……ったく。

 

「とにかく。ボクとしても、ヤシロを人集めに利用されるのはあまり好ましいとは思えないんだよ。ほら、ヤシロって四十二区の所有物だから」

「ってことは、公僕たるべき領主のお前は公共物ということになり、ぺたぺたし放題なんだな?」

「だっ!? 誰が公僕だよ! まったく!」

 

 俺も所有物じゃねぇんだわ。

 ささやかな乳を隠すな。

 

「だから、リカルドにはっきり言っておいたよ。『ヤシロの肖像権はこちらにあるから、もしその名称を使うのであれば、毎月【ヤシロ本人に】使用料を持って行くように』ってね」

「毎月俺のもとへ『使わせていただいてありがとうございます、オオバヤシロ様』って、リカルドが土下座しに来るのか?」

「『強権を駆使してでも絶対ひねり潰す』って言ってたから、『ヤシロ・アベニュー』は採用されないと思うよ」

 

 そんなに嫌かねぇ、俺に毎月土下座しに来るのが。小癪な領主め。

 しかし、リカルドが絶対反対するように仕向けたその手腕はさすがだな。そんなことを言われれば、リカルドが絶対に握り潰す。……うん。エステラも腕を上げたな。

 

「けれど、代わりに難題を吹っかけられてね……」

「『代わりの名称を考えろ』、か?」

「もしくは、『俺の考えた名前を採用するために四十一区の領民を納得させろ』って」

 

 最終選考に残った二案のもう片方はリカルドの案なのか……出来レースじゃねぇか。領主権限と、市民団体の圧力、その二つが思いっきり作用した結果だな、おい。

 

「……で。あんま聞きたくないんだが、リカルドが考えた名前ってのは、なんなんだ?」

「…………『女が綺麗になる街作りのための通り』ということから………………『女綺街じょきがい通り』」

「ふぐっ!」

 

 なぜだろう。

 聞いた瞬間に胃が痛み出した。これが、ストレス……

 由来もド直球過ぎるし、そもそもなぜ略した……で、語感の悪さと来たら……『じょきがい』って……

 

「えっと……領主にはちょっと大きめの岩をぶつけてもいいって法律なかったっけ?」

「本当に残念なんだけど、ないんだよ。善良な領主もいるからね」

 

 暗に自分がそうだと言いたげにエステラは肩をすくめてみせる。

 

 まぁそれはいいとして、『ヤシロ・アベニュー』を諦めさせるためには『じょきがい(漢字にするのも面倒くさい)通り』を納得させなきゃいけない…………詰んでるなぁ。

 

「でしたら、何か別の案をヤシロさんが考えて、それを採用してもらうというのはどうでしょうか?」

「あのなぁ、ジネット……通りの名前ってのは、そんな気軽に考えろと言われてパッと出てくるようなものじゃないんだぞ」

「オイラさっき、気軽に通りに名前付けろって言われたッスよ!?」

 

 過去に囚われるな! 小さい男め。

 

「けれど、他区のボクたちが出した案を、例の市民団体が受け入れてくれるかは疑問だけどね」

「でも、ヤシロさんに肯定的な感情を持たれているみなさんでしたら、お話を聞いてくださるのでは?」

「甘いぞ、ジネット」

 

 肯定的とか、そういうことじゃないんだ。

 

「結託した者たちの意見ってのはな、それがすでに決定事項になってしまっていることがほとんどなんだよ」

 

 その中の誰かの意識を変えたくらいではびくともしない、頑固な意志。

 どんなに話し合いを設けても、結論ありきで話し合いは平行線。こちらが折れる以外に折り合いはつかず、妥協か破棄しか道が残されていない。そんなこともしばしばだ。

 

「連中は、『自分たちの意見が否定されること』そのものが受け入れられないんだよ」

 

 折衷案を飲んでくれるような連中なら、そもそも『ヤシロ・アベニュー』なんてアホな名称をごり押ししたりはしないのだ。

 ……くそ、すげぇカロリー使いそうだなぁ。

 

「……あれ、そういえばロレッタは?」

 

 妙な疲労感に沈黙が落ちたタイミングで、ふとエステラがそんなことを言う。

 きょろきょろと店内を見渡してロレッタの姿を探すが、ロレッタはここにはいない。

 

「もしかして、まだ体調が完全じゃないのかい?」

「いいえ。もうすっかり元気になられましたよ。今は教会のお手伝いに行かれているんです」

「教会の?」

「はい。最近はテレサさんがよく遊びに来られるんですが、天気があいにくの雨ばかりで遊具が使えませんで……」

「……それで、今朝の寄付の時にシスターに依頼された。子供たちの遊び相手……もとい、ストレス発散のターゲットになってほしいと」

「言い直さなかった方が、正式な依頼だったんだよね、もちろん?」

 

 もちろん、遊び相手として召喚されたのだ。

 タコ殴りに遭ったりはしない……近しい状況にはなるだろうけども。もみくちゃに。

 

「実は、テレサさんの目の具合が大分よくなったそうなんです」

「そうなのかい?」

「はい。レジーナさんのお薬と、ヤシロさんの考えられた献立のおかげです」

 

 それはつまり、お前の料理のおかげも含まれているってことなんだが、なんで省くかなぁ、自分の功績だけ。

 

「そうかぁ。それはよかった。本当に治りそうだね」

「治るつってんだろうが」

「疑ってはないよ。けど、やっぱりね。……ふふ、嬉しいね、こういう知らせは」

「……それで、ロレッタは、自分も栄養不足で倒れたという部分でシンパシーを感じ、テレサの近くで面倒を見たいと言っていた」

「なるほどね。ロレッタらしいというか……うん、きちんと食べることを考えるようになったみたいだね」

「あぁ。おそらくもう二度と安易なダイエットはやらないだろうよ」

 

 テレサを見守るロレッタの姿を見て、俺はそう確信していた。

 あいつは、何が大切かくらいの分別が付くヤツだ。

 

 と、そんな話をしている時、陽だまり亭のドアが開け放たれた。

 風雨の音が店内へ流れ込んでくる。

 

「お。噂をすれば、だね」

 

 と、振り返って入り口を見たエステラの表情が固まる。

 

 噂をすれば……まさにその通りだったのだが、その噂が、一個前の方だった。

 

「こちらに、オオバヤシロさんがおいでだと伺ったのですが」

 

 陽だまり亭に入ってきたのは、二十人近くの女性たち。

 自己流らしい非常に厚ぼったいメイクにもっさりとした髪型、そして目にチカチカするド派手なカラーの衣装を身にまとった集団。

 

 こいつらは――

 

「私たちは、『新たな通りの名称を考える会』の者です」

 

 ――ということらしい。

 

 ……何しに来やがったんだよ。マジで…………

 

 

 

 

 

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