異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

164話 二十九区を歩く -3-

公開日時: 2021年3月14日(日) 20:01
文字数:3,836

 店の中は、バーというよりかはカフェに近い造りで、どこかメルヘンチックな内装だった。

 イメージ的に、あわてん坊の時計ウサギが紛れ込んできそうな雰囲気の家具やインテリアで統一されている。

 

 ナタリアの言った通り、ここはカフェのようだ。

 

「エール一つとフルーツのジュースを二つ、あと紅茶を二つお願いする、私は」

 

 ギルベルタがまとめて注文をしている。

 あらかじめ決まっていたので、メニューも見ていない。

 なので、折角というか、他所の店に来たならその店の商品をチェックしたいという、曲がりなりにも一年以上飲食業に携わってきた者としての使命感により、俺はメニューを開いた。

 

「あっ!」

 

 メニューを開いて、真っ先に飛び込んできた文字に、俺は思わず声を上げてしまった。

 

「注文、ちょっと待ってくれ! 変更したい!」

 

 立ち去ろうとしていた店員を呼び止め、俺はメニューを指さして見せる。

 俺の指が指示している場所には『コーヒー』の文字が記されていた。

 

「フルーツジュースを一つ、コーヒーに変更してくれ」

 

 まさか、他の店でコーヒーが置いてあるとは思わなかった。

 こんなところでお目にかかれるとはな。

 そういや、「取り扱っているお店もある」って、昔ジネットが言ってたっけな。アッスントから聞いたとかって言って。

 そうか、その『取り扱っている店』ってのが、ここなわけだ。

 ここいらではコーヒーを飲む習慣があるのかもしれないな。

 

 俺が注文の変更を願い出ると、店員は嬉しそうな笑みを浮かべて「かしこまりました」と可愛らしく頭を下げた。

 コーヒーに自信でもあるのだろうか。すごく嬉しそうに見えた。

 

 一方……

 

「なんて顔してんだよ、ルシア」

 

 ルシアの表情が目に見えて曇り、歪み、険しくなった。

 そんなに高くもないだろう? ……と、メニューに視線を向けると、『ホットコーヒー、一杯20Rb』ということだった。エールが『50Rb』であるところを見ても、そんなに法外な金額ではない。何をそんな渋い顔をしているんだか。

 

「カタクチイワシよ……残すなよ?」

 

 失望すらも感じさせる、侮蔑の視線が俺に向けられる。

 なんだよ、コーヒーくらいで大袈裟な。

 残さねぇよ。ピッチャーで出てくるわけでもないだろうに…………もしかして、一杯も飲みきれないほど激マズなのか?

 

「お待たせいたしました」

 

 店員が、にこやかな営業スマイルで言う。

 

 真っ先に運ばれてきたのは、ルシアの頼んだエールだった。

 エールには、サービスなのか、小皿に盛られた落花生がついてきた。

 

「食べるか?」

 

 すっと、ルシアが落花生の載った小皿を差し出してくる。

 

「お、どうした? 随分と気前がいいじゃないか美人のルシア」

「やめろっ、投げるぞ!」

 

 落花生を握り、振りかぶるルシア。

 やめろはこっちのセリフだ! 俺は鬼じゃねぇんだぞ! ……鬼に投げるにしてもピーナッツじゃねぇわ。

 

 くれるというので、落花生を一つもらい、殻を割ってピーナッツをカリコリと咀嚼する。

 うん、美味い。普通にピーナッツだ。

 それからほどなくして、エステラのフルーツジュースがやってくる。

 傍らには、落花生。

 

 ……ん?

 

 さらにしばらくして、ナタリアとギルベルタの前に紅茶が運ばれてくる。小皿に載った落花生と一緒に。

 

「…………」

 

 テーブルの空気が死んでいる。

 誰も何も言わないまま数分が過ぎ、ようやく俺のコーヒーがやってくる。

 もちろん、落花生と一緒に。

 

「落花生、多いわ!」

 

 どんだけ推してるんだよ、落花生!

 

「ピーナッツが名産品だったりするのか、この区は?」

「いや、この区で盛んに作られているのはソラマメだな」

「じゃあソラマメ推せよ!」

「なんだ。貴様はソラマメ派なのか?」

「そんな派閥に入った記憶ねぇわ!」

 

 なんだ。豆戦争でも起こってるのか? 何がソラマメ派だ!

 

 ビールのお供ということなら納得も出来る。

 だから、百歩譲ってエールについてくる分には違和感はなかった。

 だが、フルーツジュースや紅茶、コーヒーに落花生がついてくるのはおかしい。

 

 しかも、名産品でないとすれば、単なるサービスなのだろうが……相性とか考えろよ。

 

 小皿に載った落花生は、一皿一皿がそこそこの量で、五人分を合わせるとスーパー等で売っている落花生一袋分くらいはありそうだった。

 ……そんな大量に食いたいもんでもないんだけどな、落花生って。

 

「ちなみにヤシロ」

 

 落花生の殻を割りながら、エステラが声だけを俺に向ける。

 視線は落花生に固定されている。真剣に殻を割っている……というより、疲れきって動くのも嫌になっている感満載の雰囲気で……

 

「食べ残すと、罰金だって」

 

 と、壁に貼られている注意書きを指さすエステラ。

 

「……こんなに押しつけておいて、そういうこと言うか!?」

 

 なんてことだ……

 食べ残しは禁止だが、勝手に食い物をつけて寄越してくる。それは立派なぼったくりだ。頼んでもいないものを大量につけて「残すな」なんてのは悪徳過ぎるんじゃねぇのか?

 

「良識を疑うな、まったく」

「貴様に言われるようでは、相当酷いということだな」

 

 ピーナッツをカリコリ言わせてルシアが言う。

 ルシアの顔にも、うんざりとした色が浮かんでいる。なんとなく、こういう他人が決めたルールに従わされるのが嫌いそうだもんな、ルシアは。

 

 俺は、四粒ほど食べてすでに飽き始めているピーナッツを放置して、コーヒーに口を付ける。

 

「マッズッ!」

 

 口に含んだコーヒーは、雑味が多く、異様に濃く、偏頭痛を覚えるような不味さだった。

 豆の挽き方も、お湯の淹れ方も、抽出の仕方も、濾し方も、すべてが雑なのだろうことが容易に想像できる落第点の味だ。

 

 この不味いコーヒーを片手に、落花生をポリポリ食わなきゃいけないのか……地獄だな。

 

 うんざりして、さっさと店を出たくなった。

 

 痛むこめかみを押さえつつ、くっそ不味いコーヒーを飲み干す。

 ……カップの底に粉が溜まってんじゃねぇか。なにドリップだよ、このコーヒー。

 

 苦行を乗り越え、俺は空になったカップをソーサーに置いた。

 

 その瞬間――

 

「おかわりをお注ぎしますね」

「えっ?」

 

 いつの間にか背後に立っていた店員が、にこやかな営業スマイルで俺のカップにコーヒーのおかわりを注いだ。それもなみなみと。

 

 ……わんこそばかよ。

 

「『BU』にあるカフェはみんなそうなのだが――」

 

 ルシアが硬い表情で淡々と説明をする。

 

「コーヒーだけはおかわり自由なのだ。……いや、『自由』ではないな……おかわり強制なのだ」

「なんだ、その傍迷惑なシステム!?」

 

 しかも、そのコーヒーが不味いときた。

 さらに、食べ残しは罰金……

 

「おい。この店、潰そうぜ」

「ふふ、残念だったな、カタクチイワシよ……この区の店は、だいたいがこんな感じなのだよ」

 

 なんということでしょう……

 

 街を挙げてのぼったくりとは……

 この街、腐ってやがる!

 

「だから私が前もって確認したのだ。『この店で何を頼むつもりなのか』とな」

 

 なるほど。

 もしそこで俺が「コーヒー」と言っていれば、その段階で止めるつもりだったのだろう。

 どういうわけか、コーヒーだけはおかわり自由……もとい、強制のようだからな。

 

 日本でも、コーヒーだけはおかわり自由って店が多かったし、そんな感じなのかもしれないな。……ただし、客の意見や意思などは完全無視するのがこの街のスタイルのようだが。

 

「飲み干したらひっくり返してソーサーに戻すのだ。落花生も、食べ終わったら皿をひっくり返してやるといい」

「すげぇ汚れると思うが、テーブルが」

「構うものか。そういうルールにしたのはこの店の方なのだ。清掃まで責任を持って取り組むさ」

 

 言いながら、手元のピーナッツをすべて平らげ、素早く小皿をひっくり返した。

 落花生の殻や薄皮がテーブルの上に散乱する。

 だが、ルシアは構う様子も見せずに、口に放り込んだピーナッツをエールで流し込む。

 

「こうしなければ、エンドレスでおかわりを持ってこられる。食べ残しの罰金は高いぞ? うまくやることだな」

 

 どうやら、罰金は自腹になるらしい。

 ……意地でも阻止してやる。

 

 俺は、再び偏頭痛を引き起こしそうな不味いコーヒーを一気飲みし、落花生をすべて平らげて、カップと小皿を素早くひっくり返した。

 

 落花生の殻と、コーヒーカップの底に沈殿していた粉がバラまかれる。

 …………なんだ、このルール。誰も得をしない。

 

「ねぇヤシロ……ピーナッツって、好き?」

 

 エステラが、そんなことを言いながら、俺の前へと六粒差し出してくる。

 行きの馬車で、二十九区の飯の話をしていた時に、エステラの表情が曇っていた理由が少し分かった。

 

 この区では、どこでもこんな感じなのだろう。

 そんな『こすい』商売で売上を伸ばしているのか? それとも、他に何か理由があるのか…………

 

 なんにせよ、この区での飲食には十分な注意が必要そうだ。

 

「貸しな」

 

 そう告げて、差し出された六粒のピーナッツを口へと放り込む。

 ……口の中の水分がどんどん奪われていく。

 

 それに合わせて、エステラが小皿をひっくり返す。

 そして、それに続くようにナタリアとギルベルタも小皿をひっくり返した。

 ジュースや紅茶はおかわりがない。

 

 これでようやく、ゆっくり出来るわけだ。

 

 

 …………つか、俺。全然ゆっくり出来てねぇ。

 

 

 ピーナッツのせいで渇いてしまった口の中と、強制的に二杯飲まされたコーヒーが腹部で融合してちゃぷんちゃぷんのたっぽたぽだ。

 

 ……二十九区、メンドクセェ。

 

 

 俺は、強制的に飲まされた不味いコーヒー(×二杯)のせいでちゃぷちゃぷのたっぽたぽになった腹を撫でつつ、他の連中がドリンクを飲み終えるのをただ待つことにした。

 

 

 

 

 

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