暮れなずむ大通りを抜けて、馬車乗り場へと向かう。
と、そこで思いがけないヤツに出会った。
「あら、ヤシロさん。四十一区へ行かれますの?」
イメルダだった。
イメルダは、自家用の大きな馬車に乗っており、窓から顔を出して俺に声をかけてきたのだ。
「よろしかったら、ご一緒いたしませんこと? 以前お約束していた二人きりのデートということで」
いや、お前とは約束をしていないのだが……
「いいのか、こんなやっつけなデートで?」
「構いませんわ。約束は、何度でも取り付ければいいのですから。後生大事に取っておくようなものではありませんわ」
さすが、モテモテのお嬢様は言うことが違う。
俺なら、その一回をいかに有効活用するかを考えに考え抜いて、結局使えないまま時効を迎えそうだけどな。
もし目の前に『ジネットのおっぱい揉み揉み券』と『エステラのおっぱいぺたぺた券』があったとして、どちらか一方だけしか選べないという状況だった場合……俺はいかにして最も多くの利益を得られるかを模索し……
「どういたしますの?」
「じゃあ、『揉み揉み券』の方で!」
「……なんの話ですの? いえ、おっぱいの話ですわよね。愚問でしたわ」
愚問とまで言うか……
「どうぞ、お乗りくださいまし」
「お前も四十一区へ向かうのか?」
「ワタクシは四十区ですわ。実家に戻りますの」
「そっか。んじゃ、途中まで乗っけてもらうかな」
御者が御者台から降りてきて、ドアを開けてくれる。
イメルダの家の馬車は大きく、ゆったりとした内装をしている。
「ヤンボルドさんの設計ですのよ」
ヤンボルドってのは、トルベック工務店のナンバー2だ。そういや最近会ってないな、あの馬面に。
「いい仕事すんだな、ヤンボルドも」
「えぇ。ウーマロさんもなかなかのものですが、ヤンボルドさんのデザインは繊細で女性受けするものが多いんですのよ」
「へぇ……あの馬面が、繊細ねぇ……」
確かに、車内には目に楽しく機能的な設計が施されていた。
なんというか、ウーマロのデザインが『圧巻』だとするならば、ヤンボルドのデザインは『美麗』なのだ。
なんだよ、トルベックには腕のいい大工が揃ってんじゃねぇか。こりゃ未来は明るいな。
「トルベック工務店は、もっともっと大きくなりますわね」
「かもなぁ。はは。俺、そんなところにすげぇことさせちまったな」
グーズーヤが踏み倒した、たった640Rbというはした金で食堂を全面リフォームさせたのだからな。
もっとも、その後きっちりと対価分の飯を食わせてやったし、それ以上のおいしい思いもさせてやっているが……
「……ってことがあってな」
グーズーヤの名前は伏せて、昔話なんかを聞かせてやる。
イメルダは、俺たちの昔のことを何も知らないからな。
まぁ、知らなきゃいけないような重要な事柄など何もないのだが。
折角のデートなので楽しい話をしようと思ったのだ。
だが、イメルダの表情が晴れない。それどころか、どんどん曇っていく。
まるで乗り物酔いでもしたかのように、顔から表情が消え落ちている。
「ど、どうした? 酔ったか?」
「ヤシロさん。聞いてくださいますこと?」
「え? あ、あぁ……ますことだ」
イメルダから真剣な空気が漂ってくる。
なんだよ、もう。今日はどいつもこいつも真面目な顔しやがって。
「ワタクシには、絶対負けたくないと思えるライバルがいますの。どなただと思われますか?」
「どなたって……」
イメルダがライバル認定するヤツなんて、あいつしかいないだろう。
「エステラだろ?」
「いいえ」
即答!?
「あんな抉れるだけが取り柄の領主代行など、ワタクシのライバルには相応しくありませんわ」
そっかぁ……抉れるの、取り柄だったのかぁ。
「で、エステラじゃないとしたら、一体誰なんだ?」
「ウーマロさんですわ」
………………はぁっ!?
「……お前…………まさか、マグダのことが?」
「違いますわ! あんな、すっとんとんなお子様になど興味は皆無ですわ」
つるーん、ぺたーん、すっとんとん。
なんだろう、ある一部のカテゴリーを指すのにふさわしいこの響きは……
「なんでウーマロなんだよ? お前とウーマロじゃ立ち位置が全然違うだろう?」
「いいえ。ウーマロさんは、ワタクシの進むべき道のはるか前方に立っているのですわ」
ウーマロが?
「あいつ……クイーン・オブ・ボインお嬢様部門の座を狙ってやがったのか……」
「ワタクシ、そんな道は進んでおりませんわっ!?」
お茶目を発揮する俺をキッと睨んだ後で、乱れた髪を手櫛で整える。
そんな姿もいちいち様になるあたり、こいつは正真正銘のお嬢様なんだろうな。
ってことは、こいつが進むべき道ってのは、やっぱお嬢様道ってヤツなのかもな。
「ヤシロさん。……決して責めるわけではないと、あらかじめ断った上でお聞きしますが……覚えておいでですか? ワタクシたちが初めて会ったあの日、ヤシロさんがワタクシに言った言葉を」
俺がイメルダと初めて会ったのは、木こりギルドの支部を四十二区に誘致するために、ハビエルに会いに行った時だ……その時、俺がイメルダに言った言葉…………
「『ぐっへっへっ、ねえちゃん、いいおっぱいしてんじゃねぇか』」
「言われた記憶がありませんわ!?」
「『ぐっへっへっ、挟ま~れた~いな~ぁっ!』」
「言われてませんわっ!?」
「え~っと、じゃあ……『ぐっへっへっ……』」
「『ぐっへっへっ』の時点で、もう違いますわっ!」
まぁ、正直に言えば覚えている。
だが……かなりキツイことを言ったからなぁ……蒸し返さないでほしいなぁ……
「ヤシロさんはこうおっしゃったのですわ……『世界一美しいイメルダお嬢様! もう一度そのお美しいご尊顔をこの愚民めにお見せください!』」
「いや、言ったけど! 今、それじゃないだろ!?」
「『お嬢様、あんたは毎日……どんな感じでトイレしてる?』」
「確かにそれも言ったけどぉ! 改めて考えるとかなり最低な発言だったと反省しきりだけども! それでもないよね!? もうちょっと、違うのであるよね!? 分かるよね!?」
こいつ……この状況でボケてくるとは、どういう神経をしてやがんだ?
「すみません。ヤシロさんに言われた言葉を口にすることが躊躇われてしまって…………だって、あまりに的確に、ワタクシの悪い部分を指摘されてしまったのですから……」
なら、わざわざ口にしなければいい……そう言いかけた時、イメルダはその言葉を口にした。
「『美しさだけが取り柄のマスコットに構うのは、お出迎えとお見送りの時だけで十分だ』」
そう。
ハビエルとの交渉を邪魔され、さらには四十二区とエステラを散々バカにされ、ちょっとブチ切れちゃった俺が放った、『イメルダが最も言われたくないであろう言葉』だ。
それを言われると、最もダメージが大きいだろうと確信して放った言葉だけに、辛辣過ぎてフォローのしようもない。
やっぱ覚えてたか……
「正直……胸に突き刺さりましたわ」
「……そうか」
ここで「すまん」と、謝るのもおかしい気がするんだよな。
俺は自分の言葉には責任を持っているし、あの時はこれくらい言わなければいけない場面だった。少なくとも、俺はそう判断したのだ。
「正直……つらかったですわ」
……すげぇ責められてるっ!
どうしよう、とりあえず謝っとく?
いやいや。そこで折れたらカッコ悪いだろう。自分の口から発せられた言葉は自分の責任。それが間違いでないと思うのであれば、誰になんと言われようが胸を張っていればいいのだ。
「……三日三晩泣きましたわ」
「ごめんって! 悪かったよ!」
謝るよ!
土下座でもしようか!?
だからそんな目で睨まないでいただきたい!
「……ですが、そう言われても、仕方のないことを、ワタクシはしたんですのよね」
「その悟り、もう2ターンほど早く欲しかったな……」
俺の心も、絶賛ささくれ立ち中だよ……
「ヤシロさん。聞いてくださいますか。ワタクシの夢を」
「夢?」
「はい。笑わずに、きちんと聞いておいてほしいんですの。ヤシロさんだけには、どうしても」
真剣な瞳が、俺をまっすぐに見つめてくる。
ハムっ子たちの頑張りで、四十一区までの道はかなりきれいに整備されている。
そのおかげで馬車は全然揺れず、車内にはガタゴトと規則正しく聞こえてくる車輪の音しか聞こえない。
これは、真面目に聞いてやらなきゃな。
イメルダがこんな表情を見せたのは初めてだ。
ウーマロがライバルなんて言い出して、ふざけてるのかと思いきや……この顔つきは真剣そのものの、何か決意をした者の顔つきだ。
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