さて。
なぜ俺が、呼ばれてもいない領主会談の内情をさも見ているかのように語れるのかと言えば……もちろん、見ていたからだ。
こっそりと、特等席でな。
領主会談が行われている会議室。
そこには、現在九人もの領主が集まっている。
当然警備は強化され、二十九区にいる兵士はここ領主の館に掻き集められている。
区内にいる貴族からも私兵を出させている。
それは、『BU』内におけるルールの一つだ。
各区の領主を守るため、領主会談の際は警備を万全の物にしなければならない。――それが、『BU』の代表者が忌避される理由の一つとなっているそうだが。
まぁ、何かある度にこれほど物々しい準備が必要になるのは億劫だよな。金もかかるし、通常勤務も疎かになる。
そして、数が増えれば――侵入者も潜り込みやすい。
会議室のドアの前に立ち、部外者の侵入と、招かれた二人の領主がおかしな行動をとらないかを監視していた兵士の中の一人がおもむろに兜を脱ぎ捨てる。
その下から現れたのは、目も眩むほどのイケメンで――
その名を、オオバヤシロという。
「交渉が決裂したなら、会談は終了だな。さっさとお開きにしようぜ」
「なっ!? き、貴様っ、なぜここに!?」
俺の登場に、『BU』の面々が騒めきたつ。
「クレアモナ、どういうことだ! これは非礼では済まされんぞ!」
「さて、なんのことでしょう?」
「とぼけるな! 私ははっきりと通達したはずだ、部外者を連れてくるなと!」
俺を指さし『部外者』と明言するゲラーシー。
だが、エステラは落ち着き払った様子で小首を傾げてみせる。
「そうでしたっけ?」
「貴様っ!」
ゲラーシーが憤って一歩踏み出し、それと同時にナタリアが庇うようにエステラの前へと体を滑り込ませる。
ナタリアの動きを察知して、向こうの銀髪給仕長がゲラーシーの行動を静かに抑制する。
睨み合う両者。
だが、壁一面にずらりと並んだ兵士たちの目は、俺たちを睨みつけている。
状況は不利だ。だが、結果的には俺たちが勝つ。
「なぁ、エステラ。教えてやれよ。自分が書いた文章すら忘れちまった、ウッカリさんなあの領主様に――手紙に書かれていた正確な文章を」
睨み合い硬直状態にあった両者の間に、俺が言葉を割り込ませる。
ゲラーシーの視線が俺へと向き、その直後にエステラが口を開く。
「そうだね。いいだろう。……こほん」
などと勿体つけて、ゲラーシーから送られてきた手紙を取り出し音読する。
「手紙にはこう書いてありましたよ――『領主の館へは、招待状を持つ者以外の立ち入りを禁ずる』と」
「そうだ! そのように書いてあるではないか! なのになぜこの男は……っ」
そこで、ゲラーシーの言葉は止まる。
俺が指に挟んでひらひらと揺らしている物体に気が付いたのだろう。
その物体は、そう、招待状だ。
「招待状なら、俺も持っている。だから、ここへの立ち入りも出来るというわけだ」
「……は?」
心底意味が分からないと、分かりやすく顔に書いてあるゲラーシーをはじめ、他の六人の領主にも分かるように説明をしてやる。
「これは、昨日俺宛てに送られてきた招待状だ。紛れもなく、本物のな」
「私はそのようなものを、貴様に出した覚えはないぞ」
「もちろん、そうだろうよ。お前からの招待状じゃねぇもん」
室内がざわめく。
いよいよ、俺がおかしくなったんじゃないかと心配されているような空気だ。
「おい、何言ってんだあいつ?」
「大丈夫か?」
そんなひそひそ話が聞こえてくる。
「つまりは、苦し紛れに身内で招待状を捏造し、卑しくも私の館へと潜り込んだというのか? 恥を知れっ!」
ゲラーシーの怒りはエステラに向けられた。
領主の判断でそのような工作が行われたと、非難を向けたのだろうが……
「ミスター・エーリン。我が主に対し、ありもしない事実に基づく不当な非難の言葉……お忘れなきよう」
ナタリアが殺意のこもった声で告げる。
そう。エステラはそんなことをしていない。
「エステラからの招待状なら、エステラのところへ行くのが筋だろうが。わざわざ二十九区になんか来やしねぇよ」
「ではなぜ貴様がここにいる!?」
理解の及ばないゲラーシーは、怪しい人物すべてに敵意を向け始める。
トレーシーを睨み、ドニスを睨んで、反応がないか探りを入れる。
他の領主も、いぶかしむような視線をそれぞれに向けている。
「なんだ? 言いたいことがあるならはっきりと言えばどうだ!」
癇癪姫が吠える。
いくら人のいいトレーシーと言えど、二十七区を預かる責任ある貴族。領主という立場である以上、いわれのない罪で非難を受けて泣き寝入りなどするわけにはいかない。それを放置すれば二十七区自体が貶められたということになる。
自区の領民のためにも、明確に反論し、受けた非礼をきちんと詫びさせなければいけない立場なのだ。
それはもちろんドニスも同じで。
「一人ずつ、話をしていこうではないか。まずはそなたからどうだ? ワシと一対一で話すのだ、平等であろう?」
隣の二十五区領主に夥しいまでの殺気を向けている。
あの鋭い視線に睨みつけられるのは堪ったもんじゃないだろう。二十五区領主は「いや、そういうつもりは……」と、視線を逸らして言葉を濁すに終始した。
なので、俺はとっても当たり前で、とっても素敵な情報を知らせてやる。
「俺は、二十九区に来いって招待されたから二十九区に来たんだぜ?」
そんな俺の一言で領主たちの視線がゲラーシーへと向かう。
二十五区の領主に至っては、渡りに船とばかりにドニスから顔を背けるように物凄い勢いでゲラーシーへと顔を向けていた。
やっぱり、「みんながやっている」ことの方が安心するんだろうな。
で、視線を集めたゲラーシーはというと……
「貴様……これ以上出まかせを続けるようなら、『精霊の審判』をかけるぞ!」
すべての責任を俺に押しつけるように、その場の視線を俺に向かわせるかのように、そんなことを叫んだ。
それに対し俺は……口角を持ち上げて、微かに微笑んだ。
ドニスやルシア、そしてエステラくらいの鋭さがあれば気が付ける程度の微かさで。
「やってみろよ」
両手を広げてゲラーシーを誘う。
『精霊の審判』、かけてみろ。
だが、そう言われると黙ってしまうのがこの街の人間だ。
ゲラーシーはあからさまに戸惑い、『精霊の審判』を発動させなかった。
「それは、俺を信用してくれるってことでいいのか?」
「……説明をしろ」
「説明するのはいいが、俺の言うことを信用できるのか? 端から信じてもらえもしない説明を無駄にしゃべらされるのは御免だぜ。話をする以上は、最低限発言内容を信用するって約束をしてもらわないと……」
「いいからさっさと説明をしろ!」
自身にかけられた嫌疑を晴らしたい一心で、ゲラーシーは結果を急ぐ。
『BU』のリーダーとして、会談の進行役として、参加者からの不信は致命的だ。
俺がのらりくらりとはぐらかせばはぐらかすほど、自身に向けられる疑いの眼差しは強くなる一方だと理解したのだろう。
だから、結論を急いだ。
「……それは、俺の言葉を信じるってことでいいんだな?」
こちらの思惑通りに。
「……あぁ」
短い、とても短い一言を口にしたゲラーシー。
それが、自分の首を絞めるとも知らずに。
「他の領主たちも、それでいいんだな?」
「貴様、この期に及んでまだ……っ!」
「引き延ばしてんじゃねぇよ。考えてもみろよ……」
ゆっくりと歩き、ゲラーシーの目の前へと近付いていく。
銀髪Eカップの給仕長が体を割り込ませてきて、俺の動きを止める。体には触れられていないが、あと一歩でも近付けば容赦しないという威圧感をビシビシ感じる。
なので、その場で立ち止まり、給仕長越しにゲラーシーへと視線を向ける。
「お前だけが俺を信用するなんて言ったら、他の領主にこう思われちまうぜ――『あいつら裏で繋がってんじゃねぇのか?』……ってよ」
「なっ!?」
咄嗟に、ゲラーシーが他の領主へと視線を向ける。
右に左に、慌てて視線を動かしたその様はまるで狼狽しているようであり……俺の言葉が真実であるかのような印象を他の者へと与える結果となる。
人間の脳というものはとても単純で融通が利かない作りをしていてな。
あとでどんなに「さっきのは嘘だ」「そんな事実はない」と説明しても、最初に聞いたインパクトのあるセリフに対して「とか言いながら、実は……」って疑念が拭い去れないものなのだ。
怖い話を聞いた日の夜、一人で眠るのが怖くなるのと同じだな。
「そんなわけない」「幽霊なんかいるはずない」とどんなに言い聞かせても、脳みそは恐怖を忘れてはくれない。しつこいくらいに。
「だからよ、他の領主も信じてくれよ、俺のことを。この後、この場所で発言する言葉だけでいいからよ」
一人一人の目を、順番に見ていく。
誰も、何も言わない。
ドニスとトレーシーは、何かを言いたげな、複雑な目をしていたが。
「誰も何も言わないか……」
なら、話すことは出来ない……的な空気を醸し出すと、一瞬ゲラーシーが焦ったような表情を見せた。そこへ、別の提案を放り込む。
「じゃあ、多数決で決めるか」
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