そして迎えた、オープン初日。
移動ポップコーン販売所、『陽だまり亭二号店』及び『陽だまり亭七号店』のデビューだ。
なぜ二号店と七号店かと言うと……
二号店でクオリティが高ければ「味が守られている」というイメージと共に、客に安心感を与えることが出来るし、うまくいけば、「二号店でこのクオリティなら、本店はどれだけすごいんだ?」と思わせることも出来るかもしれない
二号店というのは、良くも悪くも比較対象とされる運命なのだ。そいつを逆手に取り、二号店のクオリティを可能な限り上げることで、相対的に本店の株を上げるのだ。人の心理として、二号店が本店を超えるとは思わないからな。
そして、七号店。
こいつには、「七号店ということは、六号店まであるんだ」と、そう思わせる効果がある。
当然ながら、店の名前など好きに付ければいいものなのだから、仮にこいつが実質三号店でも『七号店』と名乗ったって構わない。
文句があるなら、ラーメン屋の二郎さんとこに行って「太郎を出せ!」と言ってこい。
店の名前など、得てして不可思議なものなのだ。決して嘘ではない。
それでも、「どーしても納得がいかない」、「それは嘘じゃないか!」というヤツがいるのなら、俺はこう言ってやろう。「この店は、『陽だまり亭七号店・本店』なのだ」と。そういう名前なのだ。
勘違いするヤツが出てきたとしても、そんなもん、俺の知ったこっちゃない。
というわけで、二号店と七号店が本日初陣を飾る。
ジネットとロレッタには店の仕事を最優先にしてもらい、マグダはポップコーン担当だ。手伝いに妹を二人つけている。
移動販売に向かうのは、俺と、弟が三人、妹が三人だ。
妹たちは若干緊張しているように見えるが、弟どもはそんな素振りが一切見えない。
というのも、昨日のプレオープンで、デリアが率先して大量購入してくれたおかげで、弟たちは自信をつけたのだ。
「おい、お前らも買ってやれ! 食い切れない分はあたいがもらってやるから!」と、川漁ギルドの構成員にも勧めてくれた。
ガタイのいいオッサンどもが群がってぽりぽりハニーポップコーンを齧っている光景は実に異様だったが、売り上げは文句なしに上々だった。
最初こそ不安がっていた弟妹たちだったが、デリアが俺の知り合いであると分かると、徐々に緊張が解れていき、最後の方には普通に会話をするまでになっていた。
ポップコーンが完売した際は、デリアと一緒に大はしゃぎをしていた。……なんでデリアまで? と、思わなくもないが、弟妹たちをうまく乗せてくれたので良しとする。
妹たちは「ハイタッチって、初めてしたー!」とテンションが上がりまくっていた。
弟たちは「僕たちって、商売の才能あんのかなぁ!?」なんて調子に乗っていたほどだ。
そんな大成功を経験して、弟たちは自信を手に入れ、今日という日を迎えたのだ。
「百万個売ろうぜ!」
「一兆個売る!」
「じゃあ、十億兆万個!」
ご覧の通り、バカの集まりである。ちょっと調子に乗り過ぎかもしれない。
しかしながら、初めての仕事に対し緊張していないのは大いによろしい。
客を相手に委縮してしまっては商売にならないからな。
「……売れるかなぁ?」
「全然売れなかったらどうしよう……」
「そうしたら、あたしたちクビ?」
「え~、そんなのやだ~……」
「やだ~……」
ネガティブである。
もともと、ずっとスラムに閉じこもり、家族以外の人間と触れ合うことなどなかった連中だ。たまにやって来るのはゾルタルのような悪人だけだったわけで……人が苦手になる気持ちも分からんではない。
「昨日、川漁ギルドの面々相手にちゃんと接客できたのだから大丈夫だ」と励ましてやるも、「昨日のみんなはお兄ちゃんのお友達だから……」と、不特定多数を相手にする不安を覗かせていた。
こちらは少し心配になるレベルだ。
本当は、バカどもについていってしっかり見張っていたかったのだが……やはり妹たちを放ってはおけない。今日は妹たちの方についていくとしよう。
「おい、バカども。俺がいなくてもしっかりやれよ」
「まかせてー!」
「全部売ってくる!」
「絶対売れるし!」
「すぐ売り切れちゃったらどうする?」
「遊びに行こー!」
「おー! 行こー!」
「売り切れたら店に戻って補充するんだ、よっ! よっ! よっ!」
「あぅっ!」
「えぅっ!」
「おぅっ!」
バカ三人の脳天にチョップを落とし、気を引き締めさせる。
まぁ、物怖じしないのはいいことだけどな。……限度はあるけど。
「おぉ、これが移動販売のお店かい?」
店先で屋台の最終確認をしていると、エステラがやって来た。陣中見舞いのつもりだろうか。
いや、ただ興味本位で覗きに来ただけだな、きっと。
「話を聞いてから、どんなものになるのかずっと気になっていたんだよね」
ほらな。
今日のエステラは、先日のようなドレス姿ではなく、いつもの男装とでも呼ぶべき花も色気もない服装だ。たまにはフリフリのミニスカートでも穿いてこいよな。……絶対ナタリアが止めるだろうけど。
「へぇ、立派な物に仕上がったね」
修学旅行で観光地に訪れた中学生のように、無遠慮に屋台をベタベタと触るエステラ。興味が尽きないようで引き出しを開けたり屋根を叩いたりしている。……えぇい、やめろ。壊す気か。まぁ、その程度では壊れないように作ってあるだろうけどな。
「さすがは、トルベック工務店の棟梁さんだね」
「いやぁ、褒めてもらって嬉しいッスけど、今回はオイラよりもこっちの見習いの頑張りが大きいッス。褒められるべきはこいつらッス」
「「「「棟梁っ!? ありがとうございますッス!」」」」
褒めるところは褒める。部下の才能を伸ばし育てるいい上司だ。
「……ハムっ子たち、えらい」
「「「「はぁぁあっ! マグダたんマジ天使っ!」」」
お前ら、条件反射で言ってないか?
「マ、マグダたん! オイラは!? オイラもとっても頑張ったッス! 本当はいろいろマズいところとか、甘いところをこいつらに内緒でオイラが補修していたッス! 自信をつけさせるために黙っていただけッス! 本当はほとんどオイラがやったようなもんッス!」
って、こら!
だとしても、いや、だからこそ、それバラしちゃダメだろ!?
やっぱりこいつはダメだ。ダメダメだ。
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