異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加41話 ヤシロと因縁のある三人 -3-

公開日時: 2021年4月1日(木) 20:01
文字数:3,963

 可愛げの欠片もなくじたばたと飛び跳ねてメロンパンと戯れるゲラーシーを残して、俺は悠々とゴールする。

 口からあんパンを外し振り返ると、フィルマンがグスターブの腰にしがみついていた。

 パワーでは惨敗だが、根性で喰らいついている感じだ。

 

「いいんですか!? 今ジャンプをすると、このズボンが確実に脱げますよ! パンツ丸見えになりますよ!」

「お、おやめなさい! 観衆の目が(……特にマーシャさんの目が)あるんですよ!?」

 

 根性……では、ないな。

 恋のためなら悪役ヒールにでもなれるってか? 屈折してるなぁ、ホント。

 

 しょうがない。またまたいいことを教えてやるか。

 

「フィルマーン! グスターブー! その隣のコースのパンもクリームパンだぞー!」

「「えっ!?」」

 

 誰が『クリームパンはそれ一個だ』なんて言った?

 これまでのレースでは『たまたま』各コースに異なるパンがぶら下げてあっただけで、もしかしたら『全コースメロンパン』なんてレースもこの先あるかもしれないんだぞ?

 今回はあらかじめナタリアに指示を出して、第3コースと第4コースの両方にクリームパンをぶら下げておいた。

 え? 気が付かなかったのか?

 ダメだなぁ、勝手な思い込みで事実を決めつけちゃ。

 真実ってのは、その目で確かめてみるまで信用しちゃダメなんだぜ☆

 

「「先に言えー!」」

 

 日頃丁寧な口調のフィルマンとグスターブまで口調が崩れた。

 それもこれも、恋のせいだな。

 

「恋って、怖いな」

「怖いのは君だよ、ヤシロ……」

 

 優勝した俺のもとにエステラがやって来た。

 花の輪っかを首にかけたり、ほっぺたにキスしたりはしそうにない。F1だったらやってくれるのになぁ。

 

「俺の故郷にあるモータースポーツってヤツではな、勝者には美女からほっぺたにくちづ……」

「楽しみだね、春のパン祭り」

 

 ……ちっ!

 遮りやがった。

 

「どう見繕ってもパンが足りねぇからな、今日は」

「そうだね……」

 

 ちらりと、出場を控える選手の方を見て。

 

「……獣が数頭確認できるね」

「わぁ、イメージ壊さないためにそっち見ないようにしよっと☆」

 

 よだれを垂らして「がるる」言ってる美女美少女は見たくない。

 基本ゲラーシーの奢りで開催されるパン祭りまで待ってもらえるよう説得しておく必要があるだろうなぁ……エステラが。

 

「けど、君のレースを見ていい情報が得られたよ。パンの咥え方と、選ぶべきパンがね」

 

 得意げな笑みを浮かべるエステラ。

 そんな頑張って情報収集なんかしなくても……

 

「アンパンはお勧めだぞ。これくらいの重量があると空中で安定してくれるし、間違って触れてしまっても、よほど勢いがついていない限りはそこまで揺れない」

「へ? い、いいのかい。そんなことボクにバラして?」

「パン食い競争は宣伝だつっただろ? 勝ち負けは度外視してんだよ。それに――」

 

 呆けるエステラに向かって、俺は満面の笑みを向けて言う。

 

「お前はどんなに粘っても揺れないからさっさとゴーるぶりゃっふぉ!?」

 

 青玉が、みぞおちにめり込んだ…………なんで、まだ持ってんだよ、青玉。終わったろう、玉入れ。

 

「言いたいことはよっく分かったよ。……ぶっちぎりで優勝してやる」

 

 めらめらと闘志を燃やすエステラ。

 

「まぁ、優勝を目指すならアンパンがお勧めだが……」

 

 ここで悪魔の囁きをひとつ。

 

「メロンパンは6~7センチほどの厚みがある、割としっかりとしたドーム型のパンだから……体操服の下に入れればEカップになるぞ」

「………………」

 

 たっぷりと、二十数秒の沈黙が訪れ。

 

「……食べ物で遊ぶのはよくないと、ボクは思うな」

 

 心が一切こもっていない建前が吐き出された。

 白状しろよ。

 ぶっちぎりの優勝と疑似Eカップ体験を天秤にかけていたってな!

 

「ななな、なんですかこれはぁぁああ!?」

 

 甲高い声が、天に向かって吐き出された。

 

「この柔らかさ、そして優しい甘さに芳醇な香り……まるで……まるで…………マーシャさ……もとい、愛の味ではないですか!」

 

 クリームパンをあっという間に平らげて、コースの途中で雄叫びを上げるグスターブ。

 いや、いいからさっさとゴールしろよ。

 あと、ついうっかり「マーシャさんの味」って言いかけて「それはさすがにちょっとアレだ!?」って気付いて慌てて言い直したんだろうけどな、……マーシャ、ドン引きしてたぞ。すっげぇ小さい声で「……え」とか言ってたし。なかなか聞けない嫌そうな声だったぞ。

 あ~ぁ、墓穴掘った。

 

「普段からエロいことばっか考えてるからだ」

「君と一緒にしないように」

「ば~か、俺はそんな不用意な発言はしな……」

 

 ん? まてよ。

 普段エロいことを積極的に考えている俺は大丈夫で、そーゆーことを考えないようにしていそうなグスターブがぽろっと失言するってことは……普段無理して抑え込むからこういう場面でぽろっと出ちゃうってことなんじゃないのか?

 だとするならば、みんなもっとオープンに生きた方がこういう事故を防げるということになるのではないだろうか? いや、きっとそうに違いない!

 よし、俺は決めた! これからはもっとオープンに生きよう!

 

「なぁ、エステラ。Eカップ女子のことを今後は『メ□ンパンナちゃん』って呼ばね?」

「メロンパンの印象を著しく悪くするような発言は控えてくれるかい!?」

 

 俺のナイスな提案は却下され、異世界の著作権も無事守られた。

 一応伏字だからな『メ□ンパンナちゃん』。「ロ(ろ)」じゃなくて「□(しかく)」だし。黒くしとこうか? 『メ■ンパンナちゃん』。な? 伏字だろ? セーフ、セーフ。

 

「ちなみに、Aカップ未満の女子は『ナンパンマン』と……」

「くだらないことしか言わない口には青玉を詰め込むよ?」

 

 いや、ナンのようにぺったん……いや、なんでもない。

 そもそも『ナンパンマン・・』なら女子じゃないしな。再考が必要か。

 

 とかなんとか話している間もレースは続いていて、フィルマンがやたらと苦戦をしていた。

 

「くそっ! えい! ……ダメです、僕には無理です」

「なにを甘えたことを言っているんです!」

 

 膝に手をつくフィルマンにグスターブが喝を入れる。

 

「私に喰らいついてきた根性はどこに行ったのですか!? 先ほどのあなたは、敵ながら見事なファイトをお持ちでしたよ!」

「グスターブさん……」

「それに……いいんですか? あなたの頭上にぶら下がっているのは、あなたの大切な方が『美味しい』と言った、まだ世に出回っていないレア食品なのですよ!? 今、この瞬間に食べなくて、あなたはそれでもいいんですか!? あなたの愛は、その程度のものなのですか!?」

「ぐ……ぐしゅたぁーぶしゃん……っ!」

 

 洟を啜り上げ、腕で涙を拭い、きりっと眉毛を吊り上げてフィルマンが顔を上げる。

 

「僕、やります! 愛の力で、愛の味を堪能してみせます!」

「その意気です!」

 

 フィルマンに駆け寄り、同じ目線でパンを見上げるグスターブ。

 

「いいですか、この世に存在する物質には皆、質量というものが存在します。ですから、あのパンに齧りつくには……」

 

 そして身振り手振りを交えて詳しい説明を始めた。

 質量とかって概念、ちゃんと知ってるんだな。さすが優秀な狩人というところか。

 慣性の法則とか重力定数とかも理解してるかもしれないな、あいつらなら。

 

 ……まぁ、お前んとこのボスが世の物理法則をことごとく無視しまくってるバケモノなんだけどな。

 アレが日本に出現したら、物理学者が多数失業する羽目になるだろう。

 

 そして、数分のレクチャーを受けた後――

 

「あむー! やりまひふぁ! 取れまふぃふぁ!」

 

 ――フィルマンが無事クリームパンをゲットした。

 

「では、ここからは純粋に競争です!」

「あっ!?」

 

 突然駆け出したグスターブに驚き、それでも瞬時に切り替えて全速力で猛追するフィルマン。

 結果はグスターブの圧勝だったが、フィルマンの健闘は素晴らしいものだった。

 観客の何人かは胸を打たれたらしく、惜しみない拍手が送られていた。

 

 相変わらずこの街の『感動のツボ』が分からんけどな。

 だってアイツら、「好きな娘が食べたのと同じものが食べたい」って、かなり末期なストーカースピリッツに突き動かされてただけだからな?

 

「ご教示、ありがとうございました」

 

 クリームパンを手に持ち、グスターブに頭を下げるフィルマン。

 将来、二十四区と狩猟ギルドは友好的な関係を築けるかもしれないなぁ、なんて思ってしまうワンシーンだった。

 

 ……その絆、日本じゃ犯罪予備軍ですけども。

 

「いいえ。私も楽しませていただきました。久しぶりに熱くなれましたよ」

 

 固い握手を交わし、互いの健闘を称える両者。

 力強く頷き合い、そして最後に言葉を交わす。

 

「恋に、乾杯」

「えぇ、恋に乾杯」

 

 え、なに言ってんのあいつら? さむっ。

 

 なぜか会場中が「いい話だなぁ~」みたいな空気に包まれているけども……ただのこじらせ男の共感でしかないからな、これ?

 あーそーかい。俺だけかよ、現実が見えてるのは。……けっ。

 

 とかなんとかやっている間中、だ~れにも注目されない中ぴょんぴょん飛び跳ね続けていたゲラーシーにも声をかけておく。

 

「もうリタイアしたら~?」

「やかましい! もう少しで何かが掴めそうなのだ! しゃべりかけるな!」

 

 その後十分ほど、飛び跳ねるオッサン(まだ二十代で若いんだけど、髪形とかぴっちりし過ぎててすげぇオッサン臭いからもうオッサンでいいかなという意味合いをこめてのオッサン)を会場中がただ眺めているという、どーしようにもない時間が流れていった。

 苦心の末、ようやくメロンパンをキャッチしたゲラーシーが渾身のガッツポーズを掲げるも、「早く終われよ!」「あとが閊えてんだよ!」という無言の圧力が選手待機列から朦々と発せられ、ゲラーシーはそそくさとゴールした。

 

「くっ……今日から特訓を開始して、来年はリベンジしてくれる!」

 

 来年も見に来る気だよ、このオッサン。

 勝手に懐かないでくれるかなぁ……

 

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