異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

173話 『BU』の若者たち -4-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:3,402

「この情報紙の影響ってのはすごいのか?」

「み~んなが、そこに書かれていることを鵜呑みにしてしまう、くらいにはね。特に、これは昨日世に出たばかりだからね。発行されて間もないと、その傾向が顕著になるのよ」

「昨日の今日で、街の者たちはみな、あんな風になったというのか……?」

 

 ルシアの表情が強張る。ちょっとした畏怖のようなものを感じているようだ。

 確かに、街の連中を見る限り、さもずっと前から共有していた美的感覚から来る行為……と、そんなふうに見えたのだが。

 あれが、情報紙を見て間もない者の反応だとしたら、この情報紙の影響力は相当なものだといえるな。流行の最先端を押さえようという街の連中の意気込みと併せて、とんでもないことだ。

 

「あの黒い給仕服もね、ある日突然流行り出したのよ。何ヶ月か前の情報紙に載った途端に」

「それだけの影響力があるなら、服屋あたりがスポンサーについて、売れ行きの悪い色味の服をプッシュさせることくらいは考えそうだな」

「確かに、それがうまく作用すれば、情報紙はお金を得られて、服屋も利益が上がる…………しかし、この一瞬でよくそんなことまで思いつくよね、ヤシロは」

「影響力のあるところに金が流れるのは常識だろうが」

 

 この街の現状がずっとそんな感じなら、とっくに商売人が嗅ぎつけているはずだ。

 

「それで、そんな今流行の黒い服を着た美人画を描いてみたら……こうなったんだね」

 

 エステラはナタリア似の美人画を見て乾いた笑みを浮かべる。

 

 そしてこの、所謂『オシャレ』な服を着た『美人画そっくり』なナタリアを街の連中が見た結果が……アレ、か。

 

 ちらりとナタリアを窺い見ると、情報紙を見て少し複雑な表情をしていた。

 自身の人気がブームによって生み出されたものだということを知り、何かしら思うところでもあるのだろう。

 

「つまり……世界がようやく私に追いついたということですね」

「お前のポジティブさ、たまに羨ましくなるわ!」

 

 なんて強靭なハートを持ってるんだ、お前は。

 あくまで自分の人気は自力の美しさに由来してるってのを譲らないんだな。

 

「この情報紙というのは、掲示板に貼り出される以外にもこうして出回る物なんですか?」

「お店に行けば売ってくれるわ。もっとも、これは頂き物なのだけど。くれるのよね、毎号」

 

 エステラの問いに、マーゥルは苦い表情を見せる。

 おそらく、貴族に取り入ってあわよくばスポンサーにでも付けようという腹なのだろう。よほど自信があると見えるな、この情報紙の発行元は。

 まぁ、貴族なら、いち早く流行を取り入れて見栄の一つでも張りたいものなのかもしれないし、戦略としては間違ってないかもしれないな。

 

「まぁ、こういうのが嬉しい人には嬉しいのでしょうけれどもね。私には、若い人たちの考えることはちんぷんかんぷんだわ」

 

 両腕を広げてオーバーに話すマーゥルは、この現状を歓迎していない様子だった。

 日本でも、ファッション誌が流行を仕掛けたり、テレビや雑誌で見た有名人に憧れて真似したりと、同調現象を誘発するような事例は枚挙にいとまがない。

 

 つまり、『BU』内に強い影響力を与えるこの情報紙に描かれたナタリアそっくりのこのイラストは、今現在『BU』内における最先端であり、女子が憧れ、男子が焦がれる、いわばカリスマ読者モデルみたいな存在なのだ。

 

「あっ。見て、ヤシロ。ここ」

 

 エステラが指さす記事に目を向けると、『これで絶対うまくいく! 貴族様の家での面接、受け答え完全攻略ガイド』と見出しが書かれており、その中に、さっきの候補生が語っていた「人徳とお人柄は、不詳ワタクシの耳にも~」という模範解答が記されていた。

 

 ……こんなもん暗記する暇があったら、まともに受け答えできるように練習しとけっての。

 

「しかし、それを多くの者が鵜呑みにするのであれば、似通った思考の若者が大量生産されるのも頷けるな」

「情報の共有も、ほどほどがいいということですかね」

 

 領主の会話を聞いて、マーゥルが分かりやすく頷いている。

 

「私はね、変わった物が大好きなの。人も、他とは違う個性的な人が好き」

 

 情報紙から視線を外し、天井を見上げるような格好でマーゥルが言う。

 

「……本来人間は、それぞれがまったく違って、誰もが個性的なはずなのにねぇ」

 

 まったく同じ人間はいない。

 同じ時に同じ場所で、まったく同じものを目撃しても、抱く感想は千差万別。それが個性ってもんだ。

 個性的な人物なんてのは、探すまでもなく全員がそうであるはずなんだ……と、マーゥルは思っているようだ。

 

「だからね、給仕はそういう、自分をしっかり持っている人にお願いしたいと思っているのよ。……でも、難しいのね、求める人に巡り合うっていうのは」

 

 現在、マーゥルの館に仕える給仕は、給仕長のシンディただ一人だそうだ。

 この広い館を一人で切り盛りしているのだとか。

 

「私も、もう歳だからね、そんなに大層なことはしてほしいとは思わないの。ただ、日々を穏やかに過ごす、その手助けをほんの少ししてくれるだけで、私は嬉しいの」

 

 飯を食う時に隣にいるだとか、寝る前に「おやすみ」起きたら「おはよう」と言い合いたいだとか、庭の花のお世話を手伝ってほしいだとか、その程度のことをしてほしいだけなのだそうだ。

 

「だから、面接はすごく簡単にしているのよ。自分らしくて、私をわくわくさせてくれるようなお話をしてくれれば、即採用なの。…………なのに、なかなかいないのよね、その『自分らしく』をクリアしてくれる若い子が……」

「あの……、あの部屋はどういうことだったんですか?」

 

 と、エステラがマーゥルに問う。

 入るや否や、ナタリアとギルベルタが顔をしかめた違和感のある応接室。

 あれにももちろん意味があるのだろう。

 

「あれはね、毎回やっている『お約束』なの」

「私は恥ずかしいんでやめてほしいんですけどね」

 

 嬉しそうに語るマーゥルに、シンディがしかめた顔で苦言を呈する。……というか、照れている。

 

「私が家から出されてこの館に住み始めた頃に、給仕を募集したのね。その時にやって来たのがシンディなのだけれど……うふふ」

 

 当時を思い出し笑みを零す。

 口元を両手で押さえて懐かしむように、記憶の中の大切な物を紐解いて教えてくれる。

 

「私、その当時すごくやさぐれちゃっててね、面接とかもしたくなかったの。だから、二時間くらい待たせちゃったのよ。それで、さすがに怒って帰ったかな~って覗きに行ったら、この人、応接室をぴっかぴかにお掃除していたの」

「引っ越してきたばかりで、まだ隅々まで掃除が行き届いていませんでしたもので、つい……」

 

 過去の失敗談を暴露されたかのように、シンディは困り顔で、少し照れた表情を見せる。

 館の主に無断で掃除を始める給仕候補……確かに、それをよしとするか無礼とするかは意見が分かれそうだ。

 だが、マーゥルはそれを甚く気に入ったということなのだろう。

 

「あの部屋に入って、掃除を自発的に始めるような人がいれば、それでも即採用するって決めているの」

「ホント、審査ゆるゆるだな、ここの求人は」

 

 それでも、採用される者はおらず、現在この館の給仕はシンディただ一人なのだ。

 

「うふふ。退屈な面接に付き合わせちゃったお詫びに、あなたたちの聞きたいこと、全部教えてあげるわ」

 

 そう言って、マーゥルはセロンとウェンディへウィンクを飛ばした。

 おそらく、セロンとウェンディから話を聞いているのだろう。

 マーゥルは俺たちに協力してくれるらしい。

 

 ……もしかしたら、俺たちが『BU』を引っ掻き回せば、マーゥルが嫌うこの街全体の同調現象をどうにか出来るのではないか……と、考えているのかもしれない。

 で、あるならば、利害は一致するのかも、しれない。

 

 なので俺は手始めに、こんな質問を投げかけてみた。

 

「まずは、領主の姉が、領主の敵になり得る俺たちに味方してくれる理由を教えてもらいたいな」

 

 マーゥルが信用できるかどうかを試させてもらう。

 こいつの協力自体が、領主の仕掛けた罠かもしれないからな。

 

「少し長くなるけれど、私の境遇を聞いてもらうのが一番かもしれないわねぇ」

 

 紅茶を飲み干し、空になったカップをソーサーに載せる。

 シンディが新たな紅茶を注ぎ終えるまでのわずかなインターバルを挟んで、マーゥルはゆっくりと語り出した。

 

「私はね、二十歳の頃に捨てられたのよ。家族と、この街に」

 

 その話は、そんなショッキングな言葉から始まった。

 

 

 

 

 

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