異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

132話 微妙な変化 -4-

公開日時: 2021年2月8日(月) 20:01
文字数:2,900

 服を着替えてフロアへと戻る。

 

「……早いな」

 

 なんということでしょう。

 俺が戻ってみると、床掃除がきれいさっぱり終わっているではありませんか。

 

「え? 俺、そんなに遅かった?」

「いえ、パーシーさんが驚異的なブラシ捌きを披露してくださって。すごかったですよ」

「いやぁ、あんちゃんにも見せてやりたかったぜぇ! オレの、華麗なるブラシ捌き!」

「んじゃあ、もう一回水を撒くか」

「無駄に働くのは御免だっつの!」

 

 フロアが綺麗になってしまったので、俺は仕方なくパーシーのくだらない相談に乗ってやることにする。

 ジネットに、レジーナからもらってきた香辛料を渡し、カレーを作ってもらう。

 エステラもあとで来るそうだから、結構多めに作ってもいいだろう。

 

「いや、なに。相談ってのは他でもないんだけどよぉ……あ、砂糖三袋ほどいるか? やるよ」

「……いいから話せよ」

 

 もう砂糖はいらん!

 アッスントに転売するぞ、こら。

 

「実はな……」

 

 パーシーが真剣な面持ちで話し始める。

 

「大食い大会をネフェリーさんと一緒に観戦したいんだけど、『偶然隣の席になっちゃった~』みたいな感じを演出する方法ないかなぁ?」

 

 ……こいつ。本当~~~~~っに、バカなんだな。

 

「ウチの陣営に来い。ネフェリーは客席じゃなくて、俺らと一緒に応援してくれることになってるから」

「マジで!? オレ、そこ行っちゃっていいの!?」

「四十区がOKを出せばな」

「出すさ! 出させるに決まってんじゃん! 領主の許可くらい、ネフェリーさんのためなら、砂糖を使った外交的圧力で『うん』と言わせてみせるっつぅの!」

 

 ……あぁ、こいつは世間を舐めているんだなぁ。

 四十区から追い出されたら四十二区に来い。ノウハウを吸い尽くして四十二区の発展に役立ててやるから。

 

 その後、適当にカレーを食わせ、あまりの美味さに感動したパーシーのテンションだけの不思議な踊りを見せつけられ、散々騒いだ後で、パーシーは帰り支度を始めた。

 

「オレ、これから領主んとこ行って、『バシーッ!』つってくっから! 大会当日は、オレ、身も心も四十二区の人間だから、そこんとこ、ヨロシク!」

「ジネット~、塩ってある?」

「撒かないであげてくださいね」

 

 ちっ。にっこりと拒否されてしまった。

 

「んじゃ、帰るわ!」

 

 パーシーが上機嫌で陽だまり亭を出て行く。

 本当に、くだらないことで遠いところまで来るんだもんなぁ……

 

「じゃあ、店長さん、あんちゃんも。またな!」

「はい。またお待ちしております」

「モリーに『あんな兄貴で可哀想に』って伝えといてくれ」

「伝えるかよ、んなこと! じゃ、またな!」

「ネフェリーんとこ寄らないで、まっすぐ帰れよ~」

 

 手を振って見送ってやるも、パーシーはドアの前から動こうとしない。

 なんだよ? 早く帰れよ。

 

「あんちゃんよぉ……」

「なんだよ?」

「ま・た・な!」

「『股』、『股』言うんじゃねぇよ、卑猥なヤツだな」

「その『股』じゃねぇ! また会おうな!」

「……やめろよ、そういうの面と向かって言うの……なんか、キモい……」

「だから、そうならないように『またな』っつってんじゃねぇか」

「そんな何度も言わなくていいっつうの」

「だってよ!」

 

 

 パーシーは、ある意味で純粋で……だからこそ、空気を読んではくれない。

 

 

「あんちゃん、さっきから一回も『またな』に返事してくれてねぇじゃねぇか!」

 

 ……目は、逸らさなかった。

 ここで視線を外すのは、パーシーの考えていることが正しいと認めることになるからだ。

 

「あんちゃん、もうオレに会ってくれねぇのかよ?」

「んなこと言ってねぇだろ。大会もあるし、これから先、何年経とうが陽だまり亭はここにある。それで十分じゃねぇか。わざわざ言葉にして『お・や・く・そ・く』なんてガラじゃねぇだけだよ」

 

 最近はとみに……『またね』が言えない。それに、応えられない。

 

 

 ……だってよ、俺、他所者だから。

 

 

 

 いつ、いなくなるか、分かんねぇじゃねぇか。

 

 

 

 

 

『またね』なんて、約束できるかよ。嘘が吐けない、この街で……

 

 

 

 

 

 

 

「いいから、さっさと帰ってモリーの手伝いでもしてこい! この放蕩兄貴!」

「なんだよ、なんだよぉ! もうオレとは会ってくれないのかよぉ!? 会うって言うまでここを動かねぇぞ! 言え言え言え言え言え言え言え言え言え言え言え言え言え! またパーシー君に会いたいって、あんちゃんのその口で言えぇぇええー!」

「あぁ、鬱陶しい! 言おうが言うまいが、結果は変わらんだろうが!」

「言葉にしてくれないと、不安になっちゃうんだぞ!」

「お前は女子か!?」

 

 店先で駄々をこねるパーシー。

 ……っとに、こいつは………………こんなやり取りをジネットに見せたら余計な心配を……

 

「会います!」

 

 凛とした、堂々とした声だった。

 

「ヤシロさんは、必ず、またパーシーさんにお会いします。わたしが保証します」

 

 一片の曇りもない、清々しいまでの爽やかな笑みで、ジネットが断言をした。

 

「ですので、どうかご安心ください。ね、ヤシロさん」

 

 柔らかい笑みが、俺に向けられる。

 ……これは、ある種の脅迫なのか?

 

 俺が、今晩にでも姿をくらませたら……ジネットはカエルになる。

 いや、パーシーがそんなことをするとは思えないが…………

 

「それに、大会が控えてますから」

 

 何か、確信めいたものを覗かせて、ジネットは言う。

 

「四十二区の戦いに、ヤシロさんが参加しないはずがありません。なぜなら……」

 

 そして、誇らしげな顔をして言うのだ。

 

 

「オオバヤシロという人は、誰よりもわたしたちと、四十二区を愛してくださっている人ですから」

 

 

 ジネットよ……

 

 

 そりゃあ、ちょっとばかり……卑怯だろうよ。

 

 

 

「…………愛しているかは、まぁ、置いといて…………」

 

 しょうがない。

 今回だけだ。

 特別だからな。

 

 ジネットがカエルになるのは困るしな。

 だって俺、さっき『これから先、何年経とうが陽だまり亭はここにある』って言っちまったしなぁ。ジネットがカエルになったら陽だまり亭はなくなって、今度は俺が嘘を吐いたことになる……そいつは困る。俺は、カエルにはなりたくない。

 

 だから、……ホント、しょうがねぇな…………今回だけはお前に乗ってやるよ。

 

「俺が大会に出て四十二区を勝利に導いてやる! それは決定事項だ! パーシー、そんなに俺に会いたきゃそん時に『お前が』会いに来い」

 

 あっけにとられるパーシーに向かって、俺ははっきりと言ってやる。

 

「……待ってるぞ」

「へ、へへっ! ようやく言ったな! その言葉、忘れんじゃねぇぞ! 勝手にいなくなったら、ぶっ飛ばしに行くからな!」

 

 いなくなった後、どこにぶっ飛ばしに行くつもりなのか。

 やっぱりこいつはアホなんだな。

 

 言質を取って満足したのか、パーシーはアホ丸出しの顔で帰っていった。

 

「ったく……空気の読めねぇヤツだ」

「いいえ」

 

 パーシーの背中を見送って、ジネットはぽそっと呟く。

 

「察しのいい、気の利く方だと、思いますよ」

「…………感じ方はそれぞれだな」

「そうですね」

 

 なんとなく、ドアの前に二人並んで、ボーッと東の空を眺めていた。

 

 マグダとロレッタが、エステラと一緒に陽だまり亭へやって来るまでの数十分間、俺たちは二人きりで静かな時間を過ごした。

 

 とても静かで、……なんだか、落ち着く時間だった。

 

 

 

 

 

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