「結局、まだ誰もリカルドを選んでないんだね……まっ、あぁもギラついた目で見られちゃ尻込みしても当然か。……やれやれ」
呆れたように言って、エステラが足首を回す。
「テレサに当てはまらないお題だったら、ボクが選んであげるよ」
幼馴染としての責任感でもあるのか、嘆息しながらもそんなことを口にする。
テレサかリカルド。
エステラはそのどちらかを連れてゴールするつもりのようだ。
まぁ、よほど変なお題でもない限り、どちらかには当てはまるだろう。
んじゃ。俺もそろそろ行こうかね。
エステラと共に、スタートラインに並ぶ。
今コースにいる自軍の選手が戻ってくると同時にスタートだ。
「ボクがテレサを連れて行ったら、リカルドはよろしくね」
「えぇ~……逆にしようぜ」
「早い者勝ちさ」
言うが早いか、エステラが駆け出す。
タッチの差で青組が先にゴールしやがったのだ。
すぐさま俺も追いかける。
俺の目の前で、エステラがコース途中の紙を拾い上げ、中を確認して――固まる。
後ろから見ていてはっきりと分かるくらいに硬直した。
一体どんなお題を引き当てたんだ?
エステラに追いつき、エステラの手元を覗き込むと、そこには、実に絶妙なお題が表記されていた。
『自分よりおっぱいの大きな人』
「ヤシロ……君だろ、こんなお題を書いたのは」
「確かに俺が書いたお題だが……しくじったな、エステラが引いちまったら、誰を連れて行ってもクリアになってしまう……!」
「誰でもじゃないよ!?」
「リカルド連れて行ってやれよ」
「アレには負けてないよ!」
「いやいや、分からんぞ」
「分かるわ!」
お題の紙を握り締めてエステラが俺に噛みついてくる。
しかし、目の前で明らかに自分の話をされているのに、お題を知らないために何を言われているのか分からないでいるリカルドが割り込んでくる。
「なんの話をしてやがるんだ!? 俺に負けてねぇとか言ってやがったが、俺がエステラごときに負けるかよ!」
「ほら、本人も自信あるみたいだぞ」
「この勝負でリカルドがまかり間違って勝利するようなことがあれば、その瞬間四十二区と四十一区の領主は尊厳を失うだろう……区の壊滅が起こるよ」
まぁ確かに、乳の大きさ対決で男に負ける女領主も、女領主に乳の大きさ対決を挑む男領主も、どっちも鼻で笑われるだろうな。
尊厳ってもんは一瞬で消し飛ぶことだろう。
それで壊滅まで行くかは分からんが。
「面白ぇ、そこまで言うならその勝負受けてやるぜ! ゴールで白黒つけようじゃねぇか!」
と、なんとか競技に参加できそうな取っ掛かりを見つけてテンションを上げるリカルドに対し、エステラは――
「まったく、何一つ、微塵も面白くないんだよ…………少し黙ってて」
――絶対零度の視線でリカルドを氷づけにしていた。
さしものリカルドも、エステラの強烈な怒気には気が付いたらしく、盛り上がっていたおのれのテンションを静か~に下げていった。
「じゃあ仕方がない」
絶妙に面白いお題を引き当てたエステラに、俺は優しい笑顔で言ってやる。
「リカルドは俺が引き受けるから、お前はテレサを参加させてやれ」
「それも出来ないから悩んでるんだよ!」
女子なんだから気にするなよ~。
結構いい勝負になるかもしれねぇぞ。
まぁ、数年後には惨敗だろうけどな、ぷぷぷ~。
「引き直しを要求する!」
「バカモノ! 引き直しは『この短時間でクリアするのが難しいお題』限定だ! こんなラッキーお題には適用されん!」
「どこがラッキーだよ!?」
「全人類が該当者じゃないか!」
「誰が人類ナンバーワンぺったんこか!?」
空前絶後のラッキーカードに不満たらたらなエステラ。
テレサのこともリカルドのことも忘れて、必死に辺りを見渡している。
どこかに「まぁ、それなら負けても仕方ないよねぇ」級の爆乳がいないかを。
「……なぁ、エステラ。応援に来てくれた人たちのおっぱいばっかりガン見すんじゃねぇよ」
「君に言われると酷く心外だな、その言葉!?」
血眼になっていいおっぱいを探すエステラ。
これもう、レジーナのこととかどーこー言えないだろう、お前。今、ここにいる女性のおっぱいしか見てねぇじゃねぇか。……マネしようかな?
「君はさっさと自分のお題をクリアしてくればどうだい!?」
隣でおっぱいウォッチングを始めようとした俺の背中をぐいぐいと押すエステラ。
そうかそうか。
お前は、おっぱいは一人で楽しみたい派なのか。お揃いだな、俺と。ぷぷ。
アホな理由で停滞するエステラを尻目に、俺はリカルドの前へと進み出る。
しょうがねぇから、俺がお前を選んでやろう。
「リカルド。非常に不本意ながら、お前にぴったりのお題を引き当てちまった。一緒に来てくれるか?」
目の前でそう言うと、リカルドは少し驚いたような表情を見せた。
「貴様が素直に頼むとは……なんだか気持ち悪ぃな」
「嫌ならいい。他のヤツを探す」
「まぁ待て! 俺にぴったりなんだろ? とりあえず言ってみろ。聞いてやらんでもないから!」
必死か。
どんだけ仲間に入りたいんだよ。
しょうがないから、仲間に入れてやるか。……やれやれ。
肩をすくめて、俺は自分が引いたお題の紙をリカルドに突きつける。
文字が読みやすいように、目線の高さに合わせて。
そこに書かれた文字を、リカルドが音読する。
「『私のことを尊敬し憧れている人』……」
「さぁ、リカルド! 俺と共に来い!」
「ふざけんな! 誰が憧れるか、貴様なんぞに!?」
「しゃーねーなぁ……じゃあ、ゲラーシー」
「お断りだ、バカが!」
貴賓席には、口の悪い貴族が大勢座っているらしい。
まったく。人が折角親切心で誘ってやったってのに。
ならいいよ。
そこで指をくわえて見てろ。
まったく、そーゆー性格だから、お前らは……
「誰にも誘われない寂しい領主……ぷぷぷーっ!」
……って、笑われんだぞ☆
「「オオバァ!」」
「ふっはっはっはっはっはぁーっ!」
「何をやっとるんだ、お前たちは……まったく」
怖い顔で怒鳴る二領主から逃げる途中、ドニスの呆れた声が聞こえてきた。
まだまだ未熟な若輩領主に苦言でも呈してやっとけよ。好きだろ、若いヤツに「ワシが若かった頃は……」みたいな話すんの。
リカルドやゲラーシーみたいな青二才にはいい勉強になるだろう。
俺は御免被るけどな。
「ヤシぴっ……オオバヤシロはああいう男だと分かっているだろうに。いちいちムキになるな。これだから最近の若い者は……ワシが若かった頃はな……!」
案の定始まったジジイの長話に耳を塞ぎ、俺はその場を離れる。
――といっても、目的地はすぐ隣なのだが。
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