「アラ。アラアラ。メドラちゃん、いらっしゃいネェ」
カウンターの奥から、ロングヘアの美人が顔を出す。褐色の肌がこの店の雰囲気によく合う、オリエンタルな美女だ。目はとろんと垂れており、温和な性格をうかがわせる。
常に笑顔でいるのだろうか、目がニコちゃんマークみたいに一本の線で書けそうな雰囲気だ。
「よぉ、オシナ! 邪魔するよ」
「ウンウン。ゆっくりしてってネェ。最近はフードコートにお客さん取られちゃってモゥズゥ~ットひまひまな……の…………ネェ………………ンンッ!?」
あ、目が開いた。
オシナという名前らしきオリエンタルおっとり垂れ目美女(バストサイズはCと見た!)は、メドラの巨体の陰に隠れていた俺を発見するや、ピラミッドの地下で新たに発見された棺に刻まれているかつての王の名を発見した考古学者のような、驚愕と歓喜と戸惑いを綯い交ぜにした複雑な瞳で俺を見つめてくる。
瞳の色が紫で、なんだかとても妖艶だ。見つめていると吸い込まれそうになる。
「…………メドラちゃんは、肉食だっけネェ?」
待て、オシナとやら。
お前は今、俺のことを捕らえられた獲物と判断した、そういうことで間違いないな?
「何言ってんだい、オシナ。前にも話したろう! アタシに花束を贈ってくれた……それで、本気でアタシに食ってかかってきた男気のある、大した男だよ……きゃっ」
「きゃっ」じゃねぇよ。
え、なに?
お前、俺のこと他所で言いふらしてるの?
やめてくれる? 簡易裁判所に名誉棄損で告訴するよ?
「こ、この、カワイイ坊やが、オオバヤシロなのネェ?」
かわいいだぁ?
どんな目ぇしてんだよ? こういう顔立ちはな、『美少年』っつうんだぞ?
「オシナ的には、てっきりメドラちゃんの四倍くらいある厳ついメンズだと思ってたのネェ」
それ、もう人間じゃねぇよ。
トロルとかビッグフットとか、そういうモンスター系の生き物だろ。
「バカだねぇ! この可愛らしい体から、アタシを怯ませるような覇気を放つからグッとくるんじゃないかい! アタシが、アタシの一番に相応しいと思った男だよ? ただデカいだけのでくの坊に、このアタシがなびくもんかい!」
いやいや。でくの坊でもなんでも、立候補者がいたら取っ捕まえて首輪しといた方がいいと思うぞ。まぁ、立候補者が『いたら』だけどな。
「フ~ン、ヘ~ェ、ホ~ォ……」
オシナがジロジロと俺を舐めるように見つめてくる。
俺の周りをゆっくりと回りながら、首を上下に動かし、つぶさに観察してくる。
……酷い辱めだ。動物園の動物って、こんな感じなのかな。
「ネェネェ、メドラちゃん」
「なんだい? というか、あんま見んじゃないよ! ダーリンが怖がっちまうだろう」
「ダイジョブダイジョブ。ネェ?」
いや、「ネェ?」と言われても……あんま大丈夫じゃないし。
「それより、メドラちゃん」
「だからなんだい?」
「シェアしよ」
「「はぁっ!?」」
褐色垂れ目のおっとりぽや~ん系美女が、よく分からない発言を繰り出した。
率直に言って、帰りたい。
だが、とりあえず、意味不明な発言の真意くらいは聞いておこう。
「……あの、それは、どういう…………」
「オオバ・ダーリン・ヤシロちゃんはたいへんカワイイので、オシナ的にお気に入りに登録なのネェ」
「……遠慮しときます」
物凄い地雷臭!
うん、この人に関わると、絶対痛い目を見る!
「ネェネェ、ダーリン。ウチで住み込みの従業員しないネェ?」
「住み込み……?」
「ウンウン。ウチ、ちょっと経営危ないネェ。それを改善してくれると、オシナ的にすごく嬉しいネェ」
「あ、そういうの、もう間に合ってますんで」
四十一区版陽だまり亭かよ。
「そぅ? 残念ネェ。ここに住めば、いつだってメドラちゃんにも会えるのにネェ?」
尚のことお断りです!
なんだ?
このおっとり美女がジネットで、メドラがエステラポジションか?
あははは……笑えねぇ。
「ごめんなさい……俺、爆乳が好きなもんで……」
視線を外してお断りしておく。
はっきり言っておかないと、こういう人は諦めが悪そうだから。
「ソッカァ~、やっぱりメドラちゃん一筋かぁ……」
「いや、それは無い!」
「……もう、ダーリンってば……親友の前で、そういうのは…………もう! 照れんじゃないかい!」
「だから、お前のことじゃないって!」
もっとすごいのがウチにいるの!
Iカップ!
こっちのおっとり美女から、そこはかとなく漂う危険臭を完全撤廃した無毒のぽわわん系正統派美少女にして、オールブルーム最大のおっぱいを持つジネットってのがいるんです!
……まぁ、別に。俺がジネットのことをどうこう思ってるって意味では、全然ないわけだけども……そういうんじゃないし。
「マァマァ。オシナたぶんこの先ズット諦めないから、今はいいよネェ。とりあえずご飯食べてネェ」
ん?
今さらっと危険なこと口走ってなかったか、この人?
「サァサァ、こっちのイイ席座ってネェ」
「ダーリン。この席は日当たりもよくて、たまに気持ちのいい風が吹き込んでくるんだよ。さぁ、座ろうか」
「座ろうか」ってことは、「椅子を引いて座らせろ」ってことだよな?
学習したよ、もう。
「メドラ、ちょっと待ってな」
左手を上げてメドラを止めてから、俺は先回りをして風通しのいい方の椅子を引く。
「どうぞ」
相手がエステラやレジーナなら、ここで「どうぞ、お姫様」とか言うんだけどな。冗談が通じるから。……メドラに言うのは自殺行為だ。それくらい俺にも分かる。
「ダ~リンっ! あんたって男は、ホンット~に気が利くねぇ!」
「ホニャニャ~。紳士さんなんだネェ。コリャ、メドラちゃんイチコロなわけだネェ」
いやいや。店先で前振りがあったからな。それだけだからな? 普段はこんなことしないからな?
にこにこと、メドラが椅子に腰を下ろす。それに合わせて椅子を押してやるのだが……重っ!
メドラが座った後の椅子は押しても引いても、ビクともしなかった。
筋肉が物凄く詰まってるんだろうなぁ……小指の先だけで、俺の全身の筋肉より筋細胞多いかもしれん。
…………さて。
なんだかんだと、流されるようにここまで来たわけだが……すべては俺に都合よく進んでいる。……まぁ、なんでか俺とメドラとが極々限られた一部地域で公認のカップル的誤解を生んでしまったことに関しては都合がいいとは口が裂けても言えないわけだが……まぁ、今はそれはいい。
今考えるべきは……
「メドラ。この店にはよく来るのか?」
「あぁ。アタシの行きつけさ。ここにしか来ないって言ってもいいくらいだね」
メドラがホッとしたような表情を見せる。
心休まる場所。ここは、メドラにとってそういう場所なのだろう。
「ハイ、メドラちゃん」
「おぉ、悪いねぇ」
「ハイハイ、ダ~リンちゃん」
「……ダ~リンちゃんって」
俺とメドラの前にウェルカムドリンクが置かれる。
カフェオレのような色合いの飲み物の中に、タピオカっぽいものが入り、グラスの底に沈んでいる。
なんか、OLさんが好みそうな飲み物置いてるんだなぁ。
あ、OLってのは、「オシャレ・レディ」の略だからな?
「オフィス・レディ」は性別を固定する呼称で、最近ではあまり好ましくないとされているからな。
「オシャレ・レディ」だ。
で、そのOLさんが好みそうなタピオカっぽいもの入りカフェオレっぽいものを飲んでみたのだが………………バケツを所望する。
「アラアラ? お口に合わない感じ?」
「い、いや…………想像してたのと、味が違い過ぎたから……」
ゴボウの煮汁の味がした。
「これネェ、ゴボウドリンク、黒豆玉入りネェ」
さほど外れでもなかった……つか、黒豆玉とやらは、どうも煮て柔らかくした黒豆をすり潰して団子にした物らしい……一切甘くない。
ただ、悔しいかな……「そういうもん」だと思って飲むと、意外と美味く感じるのだ。
あぁ、悔しい。
「メドラちゃんは、いつものヤツでいいネェ?」
「あぁ。頼むよ。ダーリンは何が食べたい? 今日はアタシがご馳走してあげるよ!」
「いやいや、仮にもデートなんだったら、俺が奢るぞ」
「そういう男気もダーリンのいいとこだけどさ、ここはアタシの親友の店なんだ。アタシに顔立てさせておくれよ」
甘えるような目つきで言うメドラは、なんだか少し必死そうに見えた。
まぁ、ここで「俺が」「アタシが」をやり合うのもみっともないか。
「じゃあ、ご馳走になろうかな」
「さすが、物分かりがいいね! これでうだうだ言うようなら、ビンタ一発お見舞いするところだったよ!」
やべぇ!? 気軽に選んだ選択肢が、まさか死と隣り合わせだったとは!?
一個間違えたら即死亡エンドって、どんだけ難易度高いギャルゲーだよ!?
…………ギャルゲーにメドラみたいな攻略キャラがいて堪るかっ!
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