異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加4話 露呈する秘密 -1-

公開日時: 2021年3月28日(日) 20:01
文字数:2,252

 アッスントが気を付けろと言っていた賊が四十二区へとやって来た。

 そいつは前情報通りにポップコーンを狙っていて、実際被害が出てしまい、現在は領主の管理する牢獄に統監されているらしい。

 

 ただ、そいつが狙ったのはポップコーンの原材料。トウモロコシの方だった。

 

 ポップコーンと聞いて、俺は商品の方を思い浮かべてしまった。アッスントもそうだ。俺たちは完全に甘いおやつの方のポップコーンを想定して会話をしていた。

 ……くそ。俺が『思い込み』で危機管理を怠ってしまうとは……

 

「で、ヤップロックたちに怪我は?」

「それは大丈夫です。むしろ、陽だまり亭へ卸すポップコーンが減るかもしれないと、そればかりを懸念されていました」

「そうか……」

 

 とりあえず、怪我がないようでよかった。

 明日にでも様子を見に行ってやるか。

 

 ……けど、そのためには。

 

「ロレッタたちのことをなんとかしないとな」

 

 あいつらが倒れたままじゃ、仕事が回らない。

 自然と視線が二階へと向かう。

 ジネットたちは、ちゃんとパウラと話が出来ているだろうか。

 

「毎度~。おっぱい大明神はんはおるかいなぁ?」

 

 病人の容態を危惧していると、開いているドアをノックして聞き慣れた関西弁が店内へ入り込んできた。

 

「誰がおっぱい大明神だ」

「おぉ~、やっぱここにおったんやなぁ、大明神はん」

「だから、誰がおっぱい大明神だっつの」

「御利益があるのでしたら、エステラ様に教えて差し上げなければ」

「だからさぁ、違うっつってんじゃん、俺!?」

 

 あぁ、もう。

 フロア中を右往左往して疲れてるのに……こーゆーのが二人もいると面倒くさい。

 

「店長はんに言われてな、ニワトリはんのところに往診に行っとったんや」

「で、どうだった?」

「最初にご両親はんが出てきてな……たまらんかったで……帰ったろかな思ぅたわ、ホンマ……話したこともないし…………」

「誰がお前の人見知り情報を聞きたがったか! ネフェリーの様子だよ!」

「あれは、ただの貧血やな」

 

 貧血。

 ネフェリーも、か。

 

「せやけど、ちょっと危険な貧血やったで」

 

 レジーナが懐から取り出したノートを開いて俺に見せてくる。

 そこには、診察した結果分かったことなどが事細かに書かれていたのだが、そんな無数の文章の中でレジーナが指差した一文に、こんなことが書かれていた。

 

 

『爪の付け根に線状爪甲白斑そうこうはくはん

 

 

「付け根って……どれくらい前のものだと思う?」

「せやなぁ、二週間か……早くて一週間ってとこやね」

「一週間、か……」

 

 線状爪甲白斑というのは爪の表面に現れる白い線のことで、小学生のころなんかは『この線が爪に現れると願いが叶う』なんて幸運のジンクスとして話題になったりすることもあったとか。

 どこかにぶつけたりしても似たような白い線が出てしまうこともあり、多くの場合は良性なもので特段気にする必要もない、よくある爪の変化なのだ。

 だが、状況が変わればそうとも言っていられない。

 

 線状爪甲白斑は、亜鉛不足によっても引き起こされると言われており、その原因となるのが…………

 

「そうか。そういうことか……」

 

 俺の眉間に、深い深いシワが刻まれる。

 見落としていた……というか、俺には気付けなかった。

 もっとあいつらの身になって考えてやるべきだった…………でも、まずは。

 

「説教が必要だな」

「せやね。……まぁ、気持ちが分からんではないさかいに、ほどほどに、な」

「……何か分かった?」

「申し訳ありませんが、私たちにも分かるように説明を願えますか?」

「オシナも、気になったりしてるのネェ」

 

 爪甲白斑を知らない連中には分からないだろう、俺とレジーナの渋い表情の意味が。

 

「あの……ヤシロさん……」

 

 厨房からジネットとエステラが出てくる。

 手には土鍋を持っており、表情は優れない。…………パウラのヤツめ。

 

「食ってなかったんだな?」

「え…………はい。よく、分かりましたね」

 

 ジネットが俺たちの座る席まで来て、土鍋の中身を見せる。

 中には、すっかり冷えてしまっているが、それでも美味そうなおじやが入っていた。まったくの手付かずで。

 

 ……これは、ジネットにとっては悲しいことだろうな。

 

「なぁジネット。ロレッタの賄いなんだが、最近何を作ってやった?」

「え? えっと……実は……」

 

 ここにも、秘密が隠されていたらしい。

 

「ロレッタさんは最近、『賄いは自分で作りたい』とおっしゃっていまして……わたし、お料理の練習をするためなのかと……マグダさんも一時期似たようなことをおっしゃっていたことがあったので」

「……確かに、けれど、マグダはすぐに気が付いた。どうせ食べるなら美味しい方がいい、と」

 

 そうだな。

 マグダ、お前の方がまともな発想をしてるよ。

 

 これで確定だ。

 

「ロレッタとパウラ。そしてネフェリーは全員同じ症状だ」

「原因が分かったのかい?」

 

 沈痛な面持ちで黙っていたエステラが食いついてくる。

 そうだな。俺が早とちりして『流行病の可能性も考慮してくれ』なんて伝えちまったから……悪かった。

 

「ネフェリーの爪に線状爪甲白斑が出ていたらしい。爪に現れる白い線なんだけどな、こいつは亜鉛不足によって引き起こされるんだが、その亜鉛不足の原因は――」

 

 全員の視線を一身に受け、今回のトラブルの元凶を突きつける。

 

「――過度なダイエットだ」

 

 極端な食事制限、偏った食生活。

 そんな無茶を続けた結果、人体では生成されない、それでいて人の成長に必要不可欠な亜鉛が欠乏してしまったのだ。

 

「だから、ロレッタさんもパウラさんも、貧血を……」

 

 ジネットの唇が震える。

 心配をしているのかと思ったのだが……あの顔は…………

 

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