異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

347話 濃霧の中 -3-

公開日時: 2022年4月3日(日) 20:01
文字数:4,350

「あぁ……あったかぁ~い」

 

 エステラが味噌ラーメンを啜りながらほっこりと白い息を吐き出す。

 コクのある味噌の香りが漂う、あったかい息だ。

 

「胸の奥がぽかぽかするね」

 

 その胸の全面には『美味い! 安い! 可愛い!』と書かれている。

 ……ぷぷぷっ。

 

「笑うな!」

「さすがエステラ様です。そこまで完璧に着こなせる人は他にいないでしょう」

「嬉しくないよ、ナタリア」

「何より、読みやすいです!」

「うるさいよ! 言うと分かっていたけどもうるさい!」

 

 かつて、ナタリア対策のために袖を通した宣伝Tシャツも、今ではしっかりナタリアにいじられるアイテムとなっている。

 歴史って、こうやって積み重ねられていくんだろうなぁ。

 

「今、お風呂の準備をしますから、入っていってくださいね」

「ありがとうございます、店長さん」

「君じゃなくてボクに言ってくれたんだよ、ジネットちゃんは!」

「うふふ。ナタリアさんも是非」

「はい! 突っつき合いましょう!」

「ジネットちゃんから離れろ、危険人物!」

 

 ナタリアの首根っこを掴んでジネットから遠ざけるエステラ。

 自分の躾が行き届いていないせいだと自覚しているのか、あいつは?

 

「それにしても、いつになったらこの霧は晴れるんだ?」

 

 こんな状況じゃ、危なくて表にも出られない。

 

「グーズーヤさん、大丈夫でしょうか?」

 

 ばっちぃので追い出したグーズーヤのことを、ジネットが気にかけている。

 

「大丈夫だ。あいつならきっと、予想を裏切らず用水路に嵌って面白い感じで『たすけてー!』って叫んでるはずさ」

「いえ、あの……そういうことにならなければいいなと思っているのですが?」

 

 えっ!?

 そーゆーのがグーズーヤの持ち味なのに!?

 

「リベカっちょ、帰れないようなら、今日も泊まっていくですか?」

「うむ、それもまた楽しいのじゃ。今夜はロレっちょも一緒に寝るのじゃ!」

「うぅ~む、そう申し込まれては断れないですね!」

 

 おーおー、ここの住人じゃないヤツらが勝手なことを。

 

「ジネット」

「はい。準備しておきますね」

「一緒に追い出すぞ」

「いえ。むしろ囲い込みます」

 

 くっ、ジネットが非協力的だ。

 賑やかなのが好きだからなぁ、ジネットは。

 

「ナタリア。この霧はどれくらいで晴れるか予想できるかい?」

「申し訳ありません。オーウェン流天気予報術でも予測不可能な濃霧です。そもそも、本日こんなに霧が出るとは思いませんでした」

 

 かなりの的中率を誇るナタリアのオーウェン流天気予報術をもってしても予測できないほどの異常気象なのか、この濃霧は。

 本気で精霊神の干渉があったのかもしれないな。

 

「でも、なんだか幻想的ですよね。まるで違う世界に迷い込んだみたいです!」

 

 ロレッタが窓の外を見つめてはしゃいでいる。

 俺は遭難したような気分にしかなれないけどな。

 

 ……ふむ、でも待てよ?

 

「この幻想的な中、非日常な風景を眺めながら風呂に入ったら気持ちよさそうじゃないか?」

「それは素敵ですね、お兄ちゃん! 霧に包まれて温かいお湯に浸かる……きっと楽しいです!」

「よし! じゃあウーマロ、今すぐ風呂場の壁という壁をすべて取っ払ってきてくれ!」

「ウーマロ、そこから一歩も動かないように!」

「言われなくても、そんな暴挙に加担は出来ないッスよ!?」

 

 エステラが非情な強権を発動し、裏切り者のウーマロが俺に仇をなす。

 なんてヤツらだ。

 血も涙もない連中だ! いいや、乳も涙もない連中だ!

 

「乳なしコンビが!」

「あるわ!」

「いや、オイラにはないッスよ!?」

「いえ、エステラ様並みにはございますので」

「ナタリアうっさい! うっさいし、うるさい!」

 

 ナタリアが首根っこを掴まれ、店の外へと放り出される。

 酷い主だなぁ、まったく。

 

「うちの宣伝Tシャツを着て非道な行いをするんじゃねぇよ。悪評が立ったらどうする」

「これは正当な抗議であり、意義ある制裁だよ」

 

 エステラと言い合っていると、隣でジネットがくすぐったそうに身をよじっていた。

 なんだ?

 

「どうかしたか?」

「いえ、あの……」

 

 緩む頬っぺたを両手でむにむにさせながら、ジネットがはにかんで言う。

 

「ヤシロさんが陽だまり亭のことを『うちの』と言ってくださると、なんだか、こう、嬉しいような、くすぐったいような気がしまして……」

「あ、悪い。お前と祖父さんの店なのにな」

「いえ! 是非そう呼んでください! むしろ、みんなのお店だと思っています!」

 

 ジネットがずいっと迫り、真剣な瞳で訴えてくる。

 と、同時に、ロレッタやマグダもずずいっと迫ってくる。

 なんだ、この圧は!?

 なんの訴えだ!?

 

「……みんなの陽だまり亭」

「はいです! マグダっちょやあたしも含めて、みんなの陽だまり亭です! よね!?」

 

 なんでか物凄く嬉しそうだ。

 ジネットがそれでいいと言うならそれでいいんじゃないのか?

 俺に訴えるな。

 ジネットに言え。

 

「わしも混ぜてほしいのじゃ!」

 

 いや、リベカの陽だまり亭ではないだろう。

 エステラでも怪しいくらいなのに。

 

「では、店長さん! 『うちの』陽だまり亭の新メニューを、出かけていたお兄ちゃんとマグダっちょにお披露目です!」

「はい。少々お待ちください」

 

 言って、ジネットが小走りで厨房へ向かう。

 ……遅い遅い。

 ロレッタの匍匐前進の方がきっと速い。

 

 そして待つこと数分。

 厨房からはたまらん香りが漂ってくる。

 あぁ、これは、アレだな。

 

「美味く出来たのか?」

「その問いには、自信を持ってイエスと答えるです! これはちょっと、すごいものが誕生したですよ!」

「……ヤシロは、何か分かった?」

「行く前に教えておいたやつだ」

 

 もうちょっと漬けておく時間が長くても美味くなるだろうが。

 

「お待たせしました。鶏肉の塩麹焼きです」

 

 ジネットの持つお盆の上には、予想通りの一品が、予想以上の美味そうなビジュアルで載っていた。

 

「おぉっ!? これは、今朝言っておった料理なのじゃ!? 実に美味しそうなのじゃ!」

「リベカさんも試してみてくださいね」

「うむ! いただくのじゃ!」

「ボクも!」

「お前はさっき味噌ラーメン食ってただろうが」

「味噌ラーメンと塩麹焼きは別腹だよ」

 

 複雑にジャンル分けされてんだな、お前の胃は。

 まぁ、腹に余裕があるなら食えばいい。

 

 塩麹焼きは、表面が若干焦げつつも、中までしっかりと火が通り、それでいてとても柔らかく噛めば噛むほど肉のうまみが染み出してくるジューシーな味わいだった。

 

「これは美味いな! 予想以上だ」

「ありがとうございます。リベカさんの塩麹が優れているからでしょうね」

「むふふん! さすがジネットちゃんなのじゃ! そこんとこ、よく分かっておるのじゃ!」

 

 リベカもご満悦だ。

 エステラも一口かぶりついて、感想も言わずに二口目にいっている。

 かなり気に入った時の反応だな、あれは。

 

「私。この料理のためになら亭主を捨てられます」

「お前に亭主はいないだろ、ナタリア」

「それくらいの感動です」

 

 それが果たして、どのレベルの感動なのか分かりかねるが、とにかく気に入ったということだろう。

 確かに美味い。飯が欲しくなる。

 

「こちらを、スライスして塩麹ラーメンにトッピングすると、きっと美味しくなりますよね」

「うむ! 二十四区のラーメンはそれに決定なのじゃ!」

「領主でもないヤツが勝手に決めていいのかよ」

「う、うむ……義父様には、わしから、ちゃんと説明するのじゃ……」

 

 お~お~、照れてやんの。

 好きな男の父親を義父様と呼ぶのはまだ恥ずかしいのか。そうかそうか。抜ければいいのに、ドニスの一本毛。

 

「フィルマン、変な虫に刺されて患部がめっちゃ腫れろー!」

 

「え、これ、なんかヤバくない? 大丈夫なの!?」って不安になるような腫れ方をすればいい。未知の虫に刺されて腫れるとか、心労がヤバいことになるからなぁ。

 

「君は、どうして幸せそうなカップルを目の敵にするのさ?」

「どうして? 理由が必要か!?」

「理由もなく、ただただ妬ましいのかい? ……情けない」

 

 情けないとはなんだ、情けないとは!

 これは世界の意思だ!

 ところかまわずイチャつくカップルは爆発すればいいのだ! 男の方が!

 

「あ、そうだ。爆発で思い出したけど――」

「どこから出てきたのさ『爆発』なんて単語が……」

 

 呆れるエステラをスルーして、リベカに問いかける。

 

「例のアレは、どうだった?」

 

 問えば、リベカが得意げな表情を浮かべる。

 ばっちりうまくいった様子だ。

 

「うむ。我が騎士に言われたように、ゴッフレードからの荷を受け取った者の足音を追跡した結果――」

 

 言いながら、リベカが店内を移動する。

 店の奥に置きっぱなしにしてあったウィシャート邸の模型の前へ。

 そして、俺たちが怪しいと睨んでいた、やたらと柱が頑丈に作られている一角を指さす。

 

「この部屋の二階へと運び込まれたのじゃ」

「やはり、そこが宝物庫か」

 

 リベカには、ゴッフレードから『バオクリエアからの贈り物(偽)』を受け取った相手が、どこへ移動するのか、足音を聞いて探ってもらった。

 あらかじめ模型を見せ、見取り図の予想図を渡し、足音がどの部屋へ向かうのかを調査してもらっていた。

 うまくいけばいいなくらいのつもりだったが、リベカはしっかりと役割を果たし、貴重品の保管場所を探り当ててくれたようだ。

 

「この部屋にはいろいろと保管されておるようじゃ。鍵の音が三回したのじゃ。かなり厳重なのじゃ」

 

 三つのドアを施錠してあるのか。それは厳重だな。

 まぁ、俺なら簡単に突破できるけど。

 

「取り返しに行くつもりなのじゃ?」

「いいや。アレは連中の手の中にあってこそ効力を発揮するものだ」

 

 とはいえ、他にもいろいろお宝が保管されているなら、そこを荒らすわけにはいかないか……

 

「エステラ。マーシャに頼みたいことがあるから連絡を取ってくれ」

「分かった。ちょうど工事再開の連絡をする予定だから一緒に伝えておくよ」

 

 鶏肉の塩麹焼きを平らげ、エステラが席を立つ。

 

「さて、もう一仕事頑張ろっかな」

 

 指を組んで頭上へ持ち上げ、腕を後方に逸らしてストレッチをする。

 なのに――

 

「「「すとーん」」」

「うるさい、ヤシロ、ナタリア、マグダ」

「むぅ! ダメですよ、ヤーくん」

 

 俺だけがカンパニュラに怒られた。

 贔屓まで受け継がなくていいのに。

 

「明日は港の工事の再開を宣言して、その後で三十五区だね」

「おう。忙しいな、領主様は」

「誰かさんのおかげでね」

 

 それはこっちのセリフだっつーの。

 

「それじゃあ、カンパニュラ。明日の昼頃迎えに来るから、準備をしておいてね」

「はい。楽しみにお待ちしております、エステラ姉様」

 

 カンパニュラの返事を聞き、満足そうに頷くエステラ。

「じゃ」と手を上げ、エステラが陽だまり亭を出ていく。

 ナタリアを残して。

 

「君も帰るんだよ、ナタリア!」

「ちぇ~」

 

 不服そうに、ナタリアがエステラに続いて店を出ていく。

 あのコンビ、濃霧の中でどつき漫才とかして用水路に嵌らなきゃいいけどな。

 

 

 

 

 

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