「わぁ……」
エステラ主導のもと、手作り感満載ながらも、温かみのある飾りつけが施されていた。
弟妹たちや教会のガキども、モーマットやヤップロックたちも手伝ってくれた。
ジネットを大切に思う連中が、みんな惜しみなく協力してくれたのだ。
「あ、あの…………」
ただ一人、状況が理解できていないジネット。
おろおろと落ち着きなく、右を見て左を見て、自分の頬や髪の毛をペタペタと触っている。
「ジネットちゃん。これは、日頃の感謝のしるしだよ」
エステラがそう言って、一輪の花を差し出す。
「エステラさん……」
そっと、花を受け取るジネット。
その途端、ジネットを取り囲むように無数の花があちらこちらから差し出されてきた。
「……店長。おめでとう」
「いつもありがとうです、店長さん!」
「ご、ごご、ご飯、いつも、美味しいッス!」
「ジネットちゃん、俺の花はな、ウチで作ってるトマトの花なんだぜ!」
それぞれの性格がよく表れている、統一感のない花。
けれど、どいつもこいつも、花を差し出すその顔は……満面の笑みだった。
「み…………みなさん……」
全員の花を、丁寧に一つ一つ受け取り、ジネットの腕の中で花束がどんどん大きくなっていく。
「じねっとさん…………おめでとう」
ミリィが、大きなひまわりをジネットに贈る。
陽だまり亭のイメージなのだそうだ。
「ミリィさん……」
ジネットの声が、涙で震えている。
気が付けば、ジネットの花束は抱えきれないくらいに大きくなっていた。
「あ、あの…………みなさん…………えっと、まだちょっとよく……分かっていないかもしれないのですが…………わたし…………あの………………嬉しい、です」
なんとか、涙は零さずに最後まで言い切ったジネット。
大きな瞳は、今にも決壊しそうな程うるうるしていて……とても幸せそうに揺らめいていた。
「ジネット」
「……ヤシロさん」
俺が声をかけると、人垣がサッと場所をあけてくれた。
まぁ、企画立案者の言葉はパーティーには必須だもんな。
観衆どもよ、そこで静かに聞いていろ。
「驚かせたな」
「……はい。驚きました」
えへへと笑うジネット。
差し向かい、しばらく顔を眺めてみる。
頬を赤く染め、潤んだ瞳で微笑む顔は、なんだかとてもジネットらしい。
いい顔だと、素直に思った。
「俺の国ではな、家族や友人が生まれた日を、こうやってみんなで盛大にお祝いするんだ。いや盛大でなくてもいい。ささやかでもいい、おめでとうって言葉を贈るんだよ」
「……素敵な……、とても素敵な風習ですね……」
「そこで欠かせないのが、このケーキなんだ」
「まさか……それで、ヤシロさんは…………ここ数日ずっと忙しそうに?」
何も答えず、ただ笑みを向けてその答えとする。
苦労を自慢するような、野暮な真似はしない。
「こういうおめでたい時に、ピッタリの、幸せな味がするんだぜ」
「そうなんですか? 楽しみですね」
「だろ? エステラ」
「はいはい」
俺の合図で、エステラがケーキにナイフを入れる。八分の一にカットされたイチゴのショートケーキがお皿に載せられ、ジネットに手渡される。
両手で抱えていた花束は、マグダとロレッタが預かり、脇へと運んでいく。
「今日の主人公はジネットだからな。最初に食う権利をやろう」
「え、でも!?」
先ほど厨房で暴れていたベルティーナとデリアに視線を向けるジネット。
だが、冷静さを取り戻した二人は笑顔でジネットに先を譲る。……よかった、あいつらが大人で。
「あ、あの……いいんでしょうか? わたしなんかが……」
「お前のケーキだ」
「わたしの……」
「名前、書いてあるだろうが」
エステラは、ちゃんと砂糖菓子のプレートを載せておいてくれた。気が利くな、やっぱ。
「…………本当です、ね」
また瞳が潤み始め、震える手でフォークを持つ。
そして、ゆっくりとケーキを一口サイズに切る。
「……柔らかいです」
ふわっとした感触が目で見ただけで分かる。
「…………」
そして、フォークに載せたケーキをそっと……口に運ぶ。
「ぁ………………」
吐息と共に、ジネットの顔が薄桃色に染まり、幸せ満開の笑みが広がっていく。
「……甘いですっ」
口の中に広がるその感動を逃すまいと口を押さえ、全身で味わうようにゆっくり、たっぷりとその余韻に浸る。
「本当に…………幸せの味がしました」
「だろ?」
一口食べただけのケーキをテーブルに置き、ジネットが俺へと向き直る。
手を揃えて、深々と頭を下げる。
「本当に……ありがとうございます」
頭を下げたまま、ずっと顔を上げない。
感謝の気持ちが溢れてきているのかもしれない。
だが……まだ終わりじゃないんだな、これが。
「これは、俺からのプレゼントだ」
こいつも間に合ってよかった。
鮮やかなオレンジ色をした美しく大きな花弁を持つ、ジネットが最も好きな花――ソレイユを模した髪飾りを、ジネットの髪へと留めてやる。
「えっ!?」
咄嗟に顔を上げ、両手で恐る恐る髪留めに触れるジネット。
エステラが鏡を持ってジネットの前にやって来る。
ちょうど顔が見える位置に鏡を構えて、ジネットに向ける。
向けられた鏡を覗き込んで、微かに顔を横向けて、ジネットは髪留めを見つめる。
「…………ソレイユ………………ッ」
そこで、ついにジネットの涙腺が決壊した。
大粒の涙が頬を伝い落ちていく。
「…………わたしの…………一番好きな……花…………ですっ」
「本物は、用意できなかったけどな」
「そんなことっ! ………………これで…………いいえっ、これが…………」
零れ落ちる涙を両手で拭い、それでも溢れてくる涙を何度も拭い、ジネットがはっきりとした口調で言う。
「この髪飾りは……わたしの、生涯の宝物です」
わっ! と、歓声が上がった。
作戦大成功。ってヤツだ。
ここにいる全員が喜んでいた。
全員が祝っていた。
全員の心が一つになっていた。
きっと、誕生日を祝う習慣は、この街に根付くだろう。
この感動を、みんなが忘れない限り。
そして……
この街の人間が全員、誰かの誕生日を祝うようになるのだ。
そして……そして…………
陽だまり亭でケーキを食って、俺たちは大儲けだっ!
イベント最高!
特別な日、最高!
財布の紐も緩んじまう!
根付け誕生日!
そして売れろ、ショートケーキ!
ぬゎは! ぬはははははははっ!
「ヤシロさん」
俺の腹の内など知らないジネットが、純粋な目で俺を見つめる。
そして…………そしてぇぇぇええええええええええっ!?
「ヤシロさんっ!」
ジネットが、俺に飛びついてきた。
……つまり、ほら、アレだ…………抱きついてきた。
首に腕を回して、ギュッて。
「………………ありがとう、ございます……っ!」
その声は、涙に震え、少し掠れて…………でも、とても幸せそうで、温かな声だった。
ふ……ふは、ふははは…………こ、これも、計算通りだ、ぜ。
ふふん、実は全部、俺の利益になる…………あの、作戦っつうか……り、利用されてるとも知らないで! そ、そうだよ! 人がいいジネットは、街の連中を引き込むのに大いに利用できる存在で、俺はそこを突いて、今回の計画に巻き込んで…………おか、おかげで、ケーキはバカ売れ、売り上げ爆上げ、押し潰される爆乳ぽい~んなんだぜ!
け、計算通りだ!
見たか、俺の知略知慮ぉお~~~ぉっ!
「…………ヤシロさん…………っ……ぅうえええっ!」
「な、泣くなよ!? な? ケーキ! ケーキ食べて泣き止め、な!?」
こ、これも、もちろん……計算通り……だ、ぜ?
「そうですヤシロさん! 監査員である私にケーキを!」
「あたいにも!」
「あ、ボクもボクも! 今回は随分裏で頑張っただろ!?」
「……マグダは当確」
「あたしも欲しいですってば!」
「だけどさ~ぁ。よくご覧よ。これだけじゃ、どう見たって足りないねぇ」
「ヤシロさん」
「ヤシロ」
「ヤシロ」
「……ヤシロ」
「おにーちゃん!」
「「「「「作って!」」」」」
「この状況見て言えよ、お前らっ!?」
あぁ、そうさ。
こういうところまで計算通りだぜ!
あぁ、もう! 分かったよ! 何ホールでも作ってやるぜ!
出血大サービスだぁ!
なにせ、俺は――
今日は特別、気分がいいからな。
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