「あの娘も、かつてはここで暮らしていたのです。両親を失い、行き場をなくして」
「え……いや、だって、祖父さんがいたんだろ?」
「養祖父です」
もらわれっ子……いや、孫か……
ジネットは養子だったのか。
「あの娘は十二歳の頃にここを出て行きました」
それから食堂に移り住んだということか。
「あの娘のお祖父様は長年に亘りこの教会に寄付をしてくださっていました。今のジネットと同じように」
「祖父さんの遺志を受け継いでいるってのか」
「それもあるでしょうが……守りたいのでしょう、弟や妹たちを」
ベルティーナが教会へと視線を向ける。
俺もつられてそちらを見ると、図ったかのようにジネットが顔を出した。
「ヤシロさ~ん! シスター! ご飯食べちゃいますよ~!」
この人、ジネットの行動を読んでいたのか?
それとも、エルフの特殊能力か何かか? ……もしくは、たまたま?
大きく手を振るジネットに、ベルティーナは小さく手を振って応える。
ジネットが教会へ引っ込むと、こちらを向き、薄い笑みを俺に向けた。
「あなたがあの娘のことを想って言ってくださったことは、嬉しく思います」
「いや、俺はそんな……」
別にジネットを想って言ったわけではない。
俺は、俺の拠点を守るために。それと、無駄遣いをなくすために。
「ですが、ジネットが了承していない以上、私はあなたの願いを聞き入れることは出来ません。親代わりとして、娘の悲しむ顔は見たくはないですからね」
悲しむ…………だろうか。
悲しむな。絶対。
そうなると、あの場所に居づらくなってしまうだろう。
ジネットは、厚意で寄付を行っているわけではないのだ。
あれは、自分のためでもあるのだ。
それを分かっているから、ベルティーナはジネットからの寄付を受け取っている。
…………くそ。
ここへの寄付は切り詰められそうにないか…………
何より、家主の反感を買うのは致命的だ。避けなければいけない。
「ヤシロさん」
名を呼ばれ、顔を上げると……ふわっと、白く細い指が俺の髪を撫でた。
透き通るような、いい匂いがした。
「あなたのような人物がそばにいてくれれば、あの娘も安心できるでしょう。口には出さないでしょうが、一人で寂しい思いをしていたに違いありません」
おんぼろで無駄に広い、誰もいないあの家を思い出す。
あそこで一人、か……
ふと、あの日のことが脳裏をよぎる。
火が消えてしまったような静けさと、見慣れたはずの自分の家がまるで別の場所に感じられたあの孤独感……
「どうか、あの娘の助けになってやってください」
「いや、俺は……」
なんてまっすぐな目をしている人だ。
自分の考えに一切の迷いがない、そんな目だ。
ただ、そのまっすぐな目は少し曇っている。
詐欺師を信じてどうするよ。
「あの娘は少し抜けているところがありますからね。あなたのようなしっかり者がついていてくれると助かるでしょう」
ベルティーナの表情が少し柔らかくなる。
「少し……あんたの目は節穴か?」
「ふふ、我が子は無条件で可愛く、また天才的に見えるものなのですよ」
「親バカか」
「親代わりバカです」
氷のように冷たい印象を与えていた完璧過ぎる美貌が、くしゃりと歪む。
それは反則なほどに綺麗で、見る者を無条件降伏させるほどの威力があった。
ズルいぞ……そんなチート級の武器が初期装備って、ありかよ。
「さぁ、そろそろ中に入りましょう。みんなが心配します」
「あぁ。そういや、俺も朝飯食ってなかったっけな」
ベルティーナに続き、俺は教会の敷地へと入っていく。
いい匂いが外まで漂ってきている。
教会の中で温め直しているのだろう。
「いい匂いですね」
ベルティーナが幸せそうに口元を緩める。
「ジネットの飯は美味いですからね」
「えぇ。私からは何も返してあげられません。だからこそ、感謝の気持ちを込めて美味しくいただこうと思うのです」
奇しくも、俺がジネットに教えた『厚意は受け取れ』を、この人も実践しているようだ。
「本来なら、もっと遠慮すべきなのでしょうが」
「いや……」
みんなが嬉しそうに食っている姿を見て、ジネットは満たされた気持ちになっているのだろう。
寄付がやめられない以上は、美味そうに食ってもらった方がいい。
まぁ、材料費に関しては別途対策が必要になるだろうが……
「そういえば、さっきの子供たち以外に、あと何人いるんですか?」
「え? いえ、さきほどの子供たちで全部ですが?」
「は?」
思わず足が止まる。
いや、さっき見た子供たちは十人だけだったぞ?
「三十人前ほど下ごしらえしてきたんですが?」
「あぁ、それでしたら」
ベルティーナは、ポンっと自分のお腹を叩き、満面の笑みで言う。
「私は食いしん坊なのです」
「遠慮しろよっ!」
打ち切りは無理でも、食事の量は減らしてやる!
絶対にだ!
新たな決意を胸に、俺は教会の中へと入っていった。
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