「……あ~ぁ。なんだか着慣れた感じがするから、少しヘコむよね」
見事な着こなしで、エステラが戻ってくる。
ズボンは、ジネットの部屋着を穿いている。たまに見かけるヤツだ。エステラの方が少し背が高いとはいえ、言うほど寸足らずにはなっていない。
だが、宣伝Tシャツの方はといえば、元は俺の服を使っているのでエステラが着るとぶかぶかを通り越してだぼだぼだ。……だぼ服、いいね。
「こうやって見ると、エステラって小さいよな」
「わ、悪かったねっ!」
と、何を勘違いしたのか胸元を隠し、俺を睨むエステラ。
こういうのを『自意識過剰』とか『被害妄想』っていうんだろうなぁ。
「胸の話じゃねぇよ」
呆れながらそう言うと、三方向から指を差された。『精霊の審判』の構えで。
はっはっはっ、いい度胸じゃねぇかエステラ、マグダ、ロレッタ。
「エステラさん。コーンポタージュスープです。温まりますよ」
「ジネットちゃん、大好き!」
両手を広げジネットに飛びつくエステラ。
危ねぇなぁ、スープ持ってる時に飛びつくなよ。
よくこぼさなかったな、ジネットも。
「……『あぁ、ボクにはない膨らみが……羨ましい、妬ましい、でも気持ちいい』」
「思ってないから! 勝手なモノローグを付けないでくれるかい、マグダ!?」
「そうだぞ、マグダ。エステラが思っているのはだな……『ふっふっふっ、実はボクは、こうして抱きついていることで、おっぱいを何割か吸収できるのだ!』」
「出来ないよ!?」
「……エステラ……まさか、そこまでの境地に……」
「だから出来ないって!」
「エステラさん、すごいですっ! ちょっと尊敬するです!」
「出来ないって言ってるよね!? 出来ないとしか言ってないよね!?」
「みなさん、ダメですよ。そんなこと言っちゃ」
なんだよ、乗っかれよ、ジネット!
にこにこ~じゃねぇよ!
お前が乗っかって「エステラさんに巨乳は似合いませんよ」とか言えば、二度と立ち直れないくらいの深手を負わせることが出来たのによぉ!
「……店長の場合、一割もらうだけで即巨乳」
「そんなことないですよ」
「おまけに、一割取られてもまだ巨乳です!」
「いえ、ですからそんなことは……!」
「おまけに、ジネットなら減っても翌日にはぼぃんと完全復活している!」
「懺悔してください!」
また俺だけ……拗ねるぞ。
「ぷーん、だ」
「はぁぁあ……ヤシロさんが……ヤシロさんが可愛いです……っ!」
「いや、錯覚だよ。ジネットちゃん」
冷めた目でコーンポタージュスープを飲み始めるエステラ。
散々騒いどいて、急に冷めてんじゃねぇよ。
とまぁ、こんな感じで『いつもの』日常が戻ってきた。
戻ってきたって感じちまったんだから、きっと、俺はこんな雰囲気が好きなんだろうな。
人数が増えたので、机を二つくっつけて八人掛けのテーブルを作る。
そして再び、思い思いの場所へと腰を落ち着ける。
俺はいつもの席で、左隣にマグダ、右にロレッタが座った。
俺の真ん前にエステラが座り、エステラの右隣――マグダの前にジネットが腰を下ろす。
「そして、ロレッタの前の席には、頭から血を流した見たこともない女が……」
「いないですよ!? えっ、いないですよね!?」
「…………あ、どうも」
「今、誰に挨拶したですか、マグダっちょ!? あたしの向かいを見つつ小さく頭下げるのやめてです!」
「ごめん、ジネットちゃん。ちょっとだけそっちに詰めてくれる?」
「距離空けようとしないでです、エステラさん! いないです! 誰もいないですから!」
言いながらも、俺を逃がすまいと腕にしがみついてくるロレッタ。
くっ、こいつも地味に獣人族なんだよな。ふりほどけない。
「獣人族(地味)め……」
「やめてです、そういうマイナスイメージ付けるの! お兄ちゃんのイメージ戦略、驚くほど効果あるですから!」
それは、みんながお前のことを『そーゆー』風に見ているからだよ。
それに、他人に勝手なイメージを付けてるのは俺だけじゃないぞ。
マグダだって相当なもんだ。
たとえば――
「魔獣・チチプルーン」
「もうっ、忘れてくださいってば!」
これは、雨不足からミリィとデリアが諍いを起こし、それを目撃したジネットが仕事中にぼーっとしていた時にマグダが付けたあだ名だ。
言わば、今回の騒動の発端となった日のメモリアルだな。
「けど、マグダが『魔獣・チチプルーン』って名前を付けたおかげで、水不足に関する事件は解決したんだよな」
「えっ!? マグダっちょの功績だったですか!?」
「……見えないところで、影響力を発揮する女。それが、マグダ」
「調子に乗らせないの、ヤシロ」
テーブルの下で、エステラの足が俺のスネを軽く小突く。
また俺を叱る。
なんで調子に乗ったマグダじゃなくて、俺なんだよ。
「ぷーん、だ」
「可愛くないよ」
「で、でも、エステラさん。角度によっては、こう、堪らない感じで……か、かわ……っ!」
「ジネットちゃん、落ち着いてっ! 錯覚、もしくは幻覚だよ、それは!」
あわあわするジネットを宥め落ち着かせようと試みるエステラ。
「ぷぅっ!」
「きゅん!」
「ジネットちゃん!?」
「……店長はちょっと疲れが溜まっているご様子」
「今日は早々に寝た方がいいかもしれないです!」
お前らも言うよなぁ、マグダにロレッタ。
言うよねー。
どんだけー。
「す、すみません。あのですね……」
乱れた髪を手ぐしで梳かし、視線を外すように俯いて――チラッとだけ俺を見て――ジネットが照れたように言う。
「『ヤシロさんが子供のころってこうだったのかなぁ~』と、思うと、その……無性に可愛く思えてしまいまして」
「ヤシロが子供だったころ?」
「あるです?」
「あるわ!」
「……女風呂覗き放題のボーナスタイム」
「うん……そのころは、そんなこと考えてなかったんだ、まだ」
おっぱいに目覚めのたのは思春期、中学生のころだ。
…………ごめん、嘘吐いた。小五の夏、バイパス沿いの車道の脇で大量の大人の絵本を見つけた時からだ。
美しい思い出だ。
「いくつから腐ったんだい?」
「腐った言うな! 熟したんだよ」
「物は言いようだねぇ」
大人の階段を上がったのだから、それは喜ばしいことに違いない。
エステラだって、思春期のころから現在に至るまで、おっぱいのことで頭がいっぱいのはずだ。一日の大半を豊胸体操に費やしているお前ならな!
まぁ、ただ。俺の方がベテランだろうけどな。
「十一歳のころにはもう、おっぱいのことしか頭になかったかもな」
「わたしが、陽だまり亭の子になるより前から……ですか?」
「……筋金入り」
「油汚れだったら、もう絶対落とせないくらいにこびりついてるです」
何にたとえてくれてんだ。
誰のどこに何がこびりついてるってんだよ。
「君の両親は何も言わなかったのかい、君のその奇行に対して」
「奇行になんぞ走っとらんわ」
「……ヤシロは自覚症状がないらしい」
「いよいよ末期です」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………おい、ジネット。フォローは?」
「へ!? あ、いえ……うふふ」
ちっ、フォローがない!
そこはなんとも言いがたいって感じか、くそ。
「まぁ、女将さんは見て見ぬフリしてくれてたなぁ」
知らぬ間に部屋の掃除をされ、確実に隠していたトレジャーが見つかったはずなのに、一言も言及されなかった。
のみならず、それ以降はその隠し場所だけ避けて掃除されるようになった。
……気付かないフリをされていることに気付いてしまった者のいたたまれなさと言ったら…………
「女将さん……天然で人の首を絞めてくるようなところがあったからなぁ……」
むしろ、はっきりと言ってくれた方が幾分かマシだった。
あの気遣いが、また…………
「……ごめん。過去の記憶がよみがえって、涙が……」
「なんてノスタルジーとかけ離れた涙なんだろう……一切感動できる要素がないよ」
俺の美しい涙を呆れ眼で見つめるエステラ。あぁ、いや、見つめてすらいない。チラ見だ。とことん興味がないらしい。
状況だけ見れば、美しい光景だと思うんだがなぁ。故人を思って流す涙は。
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