そうだ。
こいつの話には……いや、リカルドもだが……重要な一部分がすっぽりと抜け落ちているのだ。
「しらばっくれられないように、単刀直入に言ってやろう。『なぜ四十二区のケーキを狙った』?」
こいつらは、ケーキを扱う四十二区の飲食店の営業妨害に関して一切触れていない。
まるで、知らないかのように。
「……なんの話だい、それは?」
「会話記録」
俺は会話記録を開き、該当する部分の会話を見せつつ、四十二区で起こった三件の営業妨害について、事細かに説明をした。
むろん、会話記録には狩猟ギルドが関与したという証拠はない。何より、後半二件は狩猟ギルドではなくゴロツキギルドの連中だ。
だが……
「俺の話が出鱈目だと思うなら、『精霊の審判』をかけてくれて構わない。その代わり、お前のところのギルド構成員を全部一ヶ所に集めてくれ。一人残らず、漏れることなく、全員だ。その中から、俺が二人の男を指名する。そいつらの会話記録の中に、これと一致する会話があるかを見せてもらう」
あの時、あの場所にいた者の会話記録には、その時の会話が克明に記されている。その場所にいなければ記録されない会話が、無関係の人間の会話記録に記されているはずがない。
「これは俺がしゃべった言葉じゃない」なんて言い逃れは出来ないぜ? カエルになるからな。
「どうする? 今すぐ試してみるか?」
「…………」
メドラが険しい顔で黙りこくる。
それしかやりようがないからだ。
状況から見て、メドラはこの出来事を知らなかった。リカルドの野郎も、ケーキに関しては一言も口にしなかった。
ケーキが気に入らないのであれば、一言二言イヤミでも仕込んできたことだろう。だが、そんなものはなかった。
おそらく、これは四十二区に視察に来た下っ端が、自分の判断で勝手に騒動を起こしたのだろう。
あれは、ギルド長メドラの命令でも、領主リカルドの命令でもない。
おそらく、リカルドがメドラに四十二区の状況を教え、それを聞いたメドラが部下に視察を命じた。で、視察に来た下っ端が『四十二区のくせに生意気だ』と、嫌がらせをしたところ、俺に返り討ちに遭い、意地になってゴロツキなんかに仕事を依頼してしまった……ってところが真相だろう。まぁ、細かくは本人にでも聞かなきゃ分からんがな。大きくは外れてないはずだ。
そいつを利用させてもらう。
「こいつも、お前が指示させていたんだろ? 四十二区をぶち壊すために」
「…………」
メドラはしゃべらない。
今は、否定をする場面ではないことを、こいつは分かっている。
「お、おい。ヤシロ。ワシが口を挟むのもおかしいが、メドラはそういう裏工作をするようなヤツじゃあ……」
「想像の話はもう十分だ! たぶんこうだとか、こうに違いないとか、憶測で語るから衝突が起こるんだよ。俺たちはこうして、実際に起こった出来事の証拠を見せた。だったら、次はそっちが『自分は無実だ』という証拠を見せる番じゃねぇのか?」
ハビエルの言葉は最後まで言わせなかった。
メドラがこんな手を使わないことくらい、この短い時間で十分過ぎるほどよく分かる。
だがな、メドラは自分の見た世界でしか物事を語らない悪い癖がある。
そいつのせいで、手酷くエステラを叱責しやがったんだ。
テメェの見ているものが世界のすべてじゃないと知った時、メドラよ、お前はどう出る?
「見てもいないリカルドの対応を庇えるんだ。見てもいない部下の失態も、当然知ってるんだよな? それとも何か? ……『自分が見ていないものは、自分には関係ない』か?」
強気に出て、その反動で殴り返される。
これは相当きついだろう。
さぁ、どう出る。
言い訳か?
逆切れか?
まぁ、出来るヤツなら保留にするだろう。
一度持ち帰って、事実確認を取り、それから対応を考えるってのが定石だ。下手に傷口を広げないためには、それしかない。
そうなれば、俺は盛大に叱責してやるのだ。
『テメェのご自慢の目は、その程度のもんすら見えてねぇんだ』とな。
少なくとも、リカルドの取った行動は正当化できなくなるだろう。
エステラにばかり非があるわけではない。
それだけは、テメェの脳みそに刻み込んでやる。
「なんとか言えよ。さっきまで散々喚き散らしていたんだ。自分の見解をここで述べることが、筋ってもんじゃねぇのか?」
こいつが散々使った言葉を、そっくりそのまま返してやる。
それが効いたようで……メドラがゆっくりと顔を上げた。
そして、俺をじろりと睨みつける。
一歩、一歩と近付いてきて、すぐ目の前で止まる。
俺とメドラの距離は1メートルも開いていない。腕を伸ばせば届く距離だ。
…………殴られるか?
それでもいいぜ。そうすりゃ、お前はその程度の人間だったってことだ。
そんなヤツが吐いた言葉なんぞに重みはない。
エステラの心も、多少は軽くなるだろう。
それなら、それでもいい……
「オオバ・ヤシロ!」
メドラが爆発音みたいな声で言う。
「すまなかった!」
そして、床をぶち抜く気なのかと錯覚するような凄まじい勢いで土下座をしやがった。
「あんたの言葉には一切の嘘が無い。それがよく伝わった。そして、そんなあんたがマジでブチ切れるほど、アタシはそっちのお嬢ちゃ……いや、四十二区の領主代行に無礼を働いちまった。すまなかった!」
い………………潔い……よ過ぎる。
「ウチのバカどもの始末は、必ずつけさせる。だが、部下の不始末はすべてアタシの不始末だ! 今はこれくらいのことしか出来ないが、必ず、なんらかの形で報いさせてもらう!」
……正直、こう来るとは思ってなかった。
選択肢には入っていたが、真っ先に除外していた。
リカルドを一方的に擁護した時から、こいつは自分を曲げない偏屈な人間だと思っていた。
……どうやら、その考えは正す必要がありそうだ。
「エステラ・クレアモナ卿!」
「は、はい! あ、いや、やめてください、ミズ・ロッセル。ボクはまだ代行の身ですから」
「じゃあ、エステラ! 親愛の意味を込めてこう呼ばせておくれ」
「そ、それは、もちろん……」
デカい体を床に張りつけていたメドラが、今度は勢いよく起き上がる。
……今度は天井をぶち破る気かと思った。
「少し、時間をくれないかい。もう一度、今度はちゃんとリカルドに話を聞いてくる。それからもう一度、アタシと会ってほしい」
「は、はい。もちろんです」
「ハビエル、と……ハゲ!」
「四十区の領主にも敬意を払ってくれるかなぁ、ミズ・ロッセルよ!?」
「あぁっと、デミリー。あんたらも、もう一回時間を取っておくれ。全員が納得できる話し合いをしたい」
メドラは、まるで憑き物が落ちたかのような、清々しい顔をしている。
ここに入ってきた当初からずっと顔に張りつけていた不機嫌オーラが、今は見る影もなかった。
「それから、オオバ・ヤシロ!」
「なんだよ」
怒鳴んなよ……怖ぇな。
「このアタシに、あぁまで堂々とデカい口を叩いたのはあんたが初めてだ。大した度胸だよ」
「褒められてる気がしねぇよ」
「褒めてるさ…………だって……………………きゅんっ、て、きたもの」
ぞぞぞぞぞわわわわわわっ!
「ヤシロ…………いや、ダーリン」
「なんで言い直した!? 誰がダーリンだ!?」
「アタシの一番に相応しい男だよ、あんたは!」
「嬉しくないわ!」
「まったくオオバ君は……」
「まったくヤシロは……」
「「無法地帯だなぁ……」」
「うるせぇオッサン二人!」
変なゴリラに気に入られてしまったのは誤算だったが……ようやくこれでスタート地点に立てた気がした。
見てろよ、リカルド。
絶対に、ひっくり返してやるからな。
精々、「ごめんなさい」の練習でもしておくんだな!
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