異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

挿話4 ヤシロ、ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックを試みる

公開日時: 2020年12月6日(日) 08:01
文字数:3,940

 オオバヤシロ、十六歳。

 俺は詐欺師だ。

 他人を騙し、己の私腹を肥やす、穢れきった人間。それが、俺だ。

 

「ヤシロさんは本当にいい人ですね」

 

 ……それが、なんでこんな朗らかな笑みを向けられているのか…………

 

「シスターが本当に助かったと言っていました」

「ガキのオネショなんか、寝る前にトイレに行く習慣をつければ大半は解消できんだよ」

「盲点ですね」

「常識だと思うが……」

 

 教会で預かっているガキどものオネショが酷いらしく、毎朝においが強烈なのだと相談を持ちかけられた。そこで俺は、レジーナのところにクエン酸があるから、それをもらってきて水で溶かし、オネショ箇所に振りかけてやればいいと教えてやったのだ。クエン酸がアンモニアを中和してにおいを取ってくれる。これだけでも相当オネショによる被害は和らげられる……とかそんなことはどうでもいいんだよ、なんだよオネショって!? そうじゃないだろう俺!

 

 俺は詐欺師だ!

 親切な物知りお兄さんじゃない!

 

 ここ最近、なんだか街の連中のために駆けずり回って、ちょっとそのことを忘れかけていた。

 つうか、ここの住人共がどいつもこいつも警戒心の薄い連中で、人を疑うってことを知らな過ぎるのがいけないのだ。俺が、俺のために行動し、テメェらを踏み台にして己の利益を得ようとしているってのに、気付きも、まして怪しみもしないで、「ヤシロさんヤシロさん」と笑顔を振りまきやがって……

 

「いつも頑張っているヤシロさんには、何かご褒美を差し上げないといけませんね」

「ガキ扱いすんな」

「では、お礼でも構いませんよ。わたしから、感謝の気持ちを込めて」

「……一緒じゃねぇか」

「何かしてほしいことはないですか?」

「別に……」

 

 ……いや、待てよ。

 これはいい機会じゃないか?

 俺が詐欺師で、根っからの極悪人であるということをこいつらに思い知らせてやるチャンスではないか?

 

 甘言でそそのかし、骨の髄までしゃぶりつくして…………連中の心の拠りどころ、陽だまり亭を乗っ取ってやる…………くっくっくっ……

 

「わたしに出来ることでしたら、なんでも言ってくださいね。ヤシロさんのために、わたし、精一杯頑張りますっ!」

「…………」

 

 …………まぁ、乗っ取るまでしなくても、ちょっと痛い目を見せるだけでもいいかな。

 ほら、陽だまり亭がなくなると、俺も困るし。折角街道も出来そうだし。うん。乗っ取るほどのことはないな。その気になればいつでも乗っ取れるけどな! でも、それは今じゃあない。

 

 …………いかんな、どうもジネットのお人好しに毒されているっぽい。なんて感染力だ。

 ここいらでちょっと詐欺師の勘を取り戻しておいた方がいいかもしれない。

 まずは基本に立ち返って、もっともオーソドックスな詐欺テクニックを試してみるか……

 

『ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック』というものがある。

 最初に大きな要求を突きつけ、相手にそれを断らせる。そうすることで相手の中に生まれるささやかな罪悪感を利用して、本来の目的である要求をのませるという詐欺テクニックだ。

 

 例えば、十万の羽毛布団を売りつけたい時に、最初に百万の高級羽毛布団セットを勧めるのだ。当然それは断られるのだが、この時相手には「折角勧めてくれたのに申し訳ないな」という罪悪感が芽生える。そこで、本当に売りたい羽毛布団を提示する。値段は十分の一だし、先ほど断った手前、改めて断るのは悪いという心理が働き、ついつい購入してしまう……というものだ。

 

 もし、狙っている女子をデートに誘いたいならば、最初に一泊旅行に誘ってみるといい。当然それは断られるが、その後で「じゃあ、今晩食事だけでも」と言えば、OKしてくれる確率が上がるのだ。

 

 このテクニックの優れているところは、本来の要求をのませやすくする点と、断わられた後で要求を引き下げることでこちらが譲歩したように見え、相手が「騙された」と思いにくいという点だ。

 

 まぁ、ジネットのようなお人好しなら面白いように引っかかるだろう。

 これで、詐欺師の勘を取り戻す!

 くっくっくっ……見ていろよ、ジネットに吠え面かかせてやるぜ。

 

 まずは、本来の要求を設定するか。

 そうだな……作るのに手間のかかる『陽だまり亭御前』(180Rb)を作ってもらうとするか。

 こいつは飾り切りや味付けの塩梅が非常に困難で、あのジネットをして「あまり作りたくない一品です」と言わしめた料理なのだ。

 それを作らせれば俺の勝ちだ。

 というわけで、もっと作るのが難しい『陽だまり亭懐石~彩り~』(250Rb)を注文する。こいつはジネットをはじめ、給仕、配膳するマグダとロレッタも泣くクッソ面倒くさい一品だ。

 

「じゃあ、『陽だまり亭懐石~彩り~』が食いたいな」

「はい。頑張って作ります」

「ごめん! ちょっと待って!」

 

 快諾だとっ!?

 お前、俺がこの料理提案した時、ちょっと貧血起こして倒れそうになってたじゃねぇか!?

 

「苦手意識を克服するために、頑張って練習したんです。ちょうどどれだけ出来るようになったか見ていただきたいと思っていたところなんですよ」

 

 ジネットを侮っていた……

 どこまで努力家なんだ。

 こいつに面倒くさいことを強要するのは意味がない。きっと文句一つ言わずにやってしまうだろう。

 例えば、俺の部屋の掃除や、俺の仕事の肩代わりなんかも、顔色一つ変えず笑顔でやりきってしまうに違いないのだ。

 それでは意味がない。

 

 もっとジネットが嫌がりそうで、普段ならやってくれないであろうことを要求しなくては………………オーソドックスに、金?

 いや、こいつなら「ヤシロさんのためです! お店を担保にしてでも工面してきます!」とか言い出して、で結局その借用書を破棄させるために俺が骨を折る羽目になるのだ。……やめよう。もっと別の何かを…………

 

 ……そうだ。

 ジネットがいつも難色を示すのは羞恥心が働いた時だ。

 最近はミニスカメイド服にも慣れてきているようだが、もっと露出を上げればきっと断るに違いない。

 ……それに、そういう服なら、俺も見てみたい。……むふ。

 

 以前、雨季が過ぎれば夏が来ると思っていた頃に作った『スク水エプロンタイプの制服』があるのだ。

 試作品をお披露目した際はエステラたちから散々非難を浴びせられたし、ジネットも顔を真っ赤にして「無理ですっ! 着られません!」と言っていた。……それを着せてやる!

 ならば、それを上回る要求を…………

 

「ジネット。飯はいいから、『スク水エプロンのエプロン無し』で一日過ごしてくれないか?」

 

 つまり、普通にスク水だ!

 エプロンで隠れている分、恥ずかしさ半減。……の、エプロンを取っ払う鬼畜ぶり!

 さすがにこれは無理だろう!

 そこですかさず「じゃあ、エプロン有りでもいいよ」「はぅぅ……そ、それでしたら」と、こうなるわけだ!

 イエスッ! 

 スク水エプロンを見ながらご飯食~べよ~っと!

 

 ……と、思っていたのだが。

 

「わ…………分かりましたっ!」

「え? …………マジで?」

「あ、あの、は、恥ずかしいんですけど……ヤ、ヤシロさん、すごく頑張ってくださっているので、わたしも頑張らないとと思いまして……っ!」

「うん……ちょっと待ってくれるかな」

 

 …………ジネット、頑張り過ぎじゃないっ!?

 普通に考えて、他の人がいつもの制服着てる中、一人だけスク水着てるって、どう考えてもおかしいだろ、その状況!? 断れよ、そこは!

 

 ……ダメだ。今のジネットはどんな要求ものんでしまう。

 これは、絶対に、確実に断られる要求をぶつけないと…………絶対に断られる要求…………そうだ!

 

「ジネット!」

「はい」

「おっぱいで俺の顔を挟んでくれ!」

「え………………」

 

 よっしゃ! ジネット固まったぁっ!

 完全にドン引きしている! 俺完全にド変態ぃ~~~~~~~~っやほぅ!

 

 これで、「挟むのは無理でも揉むくらいならOK!」って流れに…………

 ……………

 ……………

 ……………

 ……………

 ……………

 ……………

 ……………

 ……………何言ってんの、俺?

 

 ねぇ、ちょっと、大丈夫、俺!?

 なに口走ってんの!?

 何が『俺完全にド変態ぃ~~~~~~~~っやほぅ!』だよ!?

 喜んでる場合かっ!

 大問題だぞ、これは!?

 

「あ、いや! 違うんだ、ジネット! 今のは、その……俺、ちょっと疲れてて……!」

「………………ゎ……分かり、ました」

「…………………………はい?」

 

 ジネットが真っ赤な顔をして、キリリと眉を吊り上げ、大きな声で宣言する。

 

「わたし、やりますっ!」

「どうしちゃったんだ、ジネットォォオオッ!?」

 

 なんで!?

 なんでOKしてんの!?

 

「あ、あの! ヤ、ヤシロさんは、と、とてもお疲れだから……そ、そのようにして、お休みしたい……と、そういうことですよね? そうすれば、ヤシロさんはゆっくりとお休みできるんですよね?」

 

 いや、そんなことされたら、お休みどころの騒ぎじゃなくなっちまうけども……

 

「でしたら、わたし……恥ずかしいですけど……とってもとっても恥ずかしいですけど…………わたし……がんばりま……っ!」

 

 言い終わる前に、俺はジネットの両肩をがっしりと掴む。

 割と強めの力で、しっかりと。

 

 そして、熱に浮かされたようなジネットの瞳を覗き込んで、真剣に伝える。

 

「もっと、自分を大切にしなさいっ!」

「え………………は、はい。……すみません」

 

 自分で蒔いた種とはいえ……今回の精神的ダメージはかなりのものだった。……あぁ、また今夜も悶々として眠れそうにない。

 

「なんか、消化のいいもの作って……おじやとか」

「は、はい。それくらいでしたら、すぐにでも」

「じゃ、それがお礼ってことで……」

 

 

 オオバヤシロ、十六歳。

 俺は詐欺師だ。

 

 だが、一つだけ覚えておいてもらいたい。

 詐欺師にだって、騙せないヤツはいる。

 

 

 ……ジネットには、どんな詐欺も通用しない。俺はそれを痛感した。

 

 

 

 

 

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