「とりあえず、エステラはオバケ話のコンペの準備と、ウクリネスとの調整を頼むよ」
「ウクリネスとの調整? 衣装の発注ってことかい?」
「いや、一週間やそこらで街中のガキどもの衣装なんか作れるわけないから、作り方のアドバイス講座みたいな感じかな」
ハロウィンの衣装は、各自で工夫して作ってもらうつもりだ。
その方が、個性あふれるオバケが増えて面白くなるだろう。
「いくつかアイデアを提供するから、ウクリネスならこうやって作るって感じのサンプルを作らせておいてくれ。素人でも真似できそうなレベルでな」
「家族で作ると盛り上がるかもね。父親は蚊帳の外になるかもしれないけれど」
「いやいや。家を飾り付けるのは父親の腕の見せ所だぞ。一家総出でやってもらえばいい」
ウーマロやベッコも動員して、飾り付けのアイデアやアドバイスを話してもらうのもいいだろう。
「方々から技術を無償提供させるんだね」
「当たり前だろう? こっちは大ヒット商品のレシピを公開するんだぞ? 他の連中にも身を切らせろっつの」
周りへの被害が広がり始めると、エステラが妙に安心したような表情を見せた。
他人が苦労するのがそんなに嬉しいのか? とんでもない領主だな。
「君が一人で不利益を背負い込むつもりじゃないことが分かって安心したよ」
「なら、連中から文句が出ないように領主の圧力で黙らせてくれよ」
「そんなことしなくても、彼らは協力をしてくれるよ。みんな、君が大好きみたいだからね」
くつくつと笑うエステラに、にんまりと笑みを浮かべるマーシャがにじり寄る。
「その『みんな』にエステラは入ってるのかなぁ? ヤシロ君のこと、大好きなのかな?」
「ボッ……ボクのは、ただの友人に対する、極一般的な好意だよ」
「そっかそっかぁ、好意あるんだぁ☆」
「沈めるよ……?」
「平気だけど?☆」
水槽の中の水をマーシャの顔にかけて、エステラは「ふん」とそっぽを向く。
マーシャがけたけたと楽しそうに笑っている。
「まぁ、各所に協力を要請する以上、領主としても協力を惜しむつもりはないよ。ボクに出来ることがあれば言ってくれていいよ」
「じゃあ、お金よろしく!」
「…………っ、まぁ、補助金くらいは、ね」
協力は惜しまないけど、お金はそこそこ惜しいらしい。
今回は行商ギルドが協賛してくれるし、そこまでの負担にはならないと思うぞ。
「三十五区にもちょっと金を出させればいい」
「ルシアさんに?」
「『あんドーナツを寄越せ』って夜に来るんだろう? レシピと交換に金を毟り取ってやれ」
「ははっ、領主の腕が試されそうだね、それは」
仮装行列は、結婚パレードの時の触角カチューシャに近しい物がある。
ルシアなら好感を持ってくれるだろう。当日招待してやれば、金くらいいくらでも出すさ。
「ヤシロさぁ~ん……」
教室の方から、死にかけの声が聞こえてくる。
デリアにしがみ付くようにしてふらふらと歩くジネットとベルティーナ。デリアは両側からしがみ付かれて、ちょっと困ったような顔をしている。
その後ろからは満身創痍っぽいモリーとバルバラが互いを支え合いながらよろよろと歩いてきている。
……ダイエットのエクササイズをしてた会場だよな、ここ? 格闘技とかしてたわけじゃなかったはずだよな、たしか。
「お待たせ、しまし、たぁ~……」
と、言いながら、まだ俺の前にはたどり着けていない。
俺、まだ待っている最中なう。
「ジネット。それじゃ料理は無理だな。夕飯は俺が作ろうか?」
「い、いえ! 大丈夫です。厨房に入れば、きっと元気になります!」
ジネットの予想では、夕方には肉や飯を食いに来る客が増えるということだった。
あんドーナツやカレードーナツを食った反動で米を食いたくなっていると考えれば、お好み焼きのような粉もので誤魔化すことは出来ないだろう。
かといって、ジネットが通常通りのパフォーマンスを発揮できるとも思えないし……
「ねぇねぇ、ヤシロく~ん☆」
ちゃぷちゃぷと水音を立てて、マーシャが俺に手招きする。
「夕飯食べさせてくれるなら、スッペシャ~ルな食材をご提供しちゃうよ☆」
スッペシャ~ルか。そりゃあ期待が高まるな。
以前、エビチリのために車エビをくれたマーシャだ。スペシャルではなくスッペシャ~ルな食材ってのは、相当な自信作なのだろう。
「それじゃあ、夕飯に招待しようか。ジネットがこの有り様だから、俺の料理になるかもしれないけどな」
「平気平気☆ ヤシロ君の手料理もおいし~いし☆」
俺が了承すると、マーシャは水槽にもぐって床をごそごそとまさぐり始めた。
覗き込んでみると、水槽の床には小さな扉が付いていて、床下収納になっているようだった。
その中から網いっぱいに詰め込まれたカニが出てきた。
「じゃーん! カニでーす☆!」
「すげぇ! ズワイガニだっ!」
「さっすがヤシロ君っ! くっわし~い☆」
成人男性の頭くらいなら楽々と鷲掴みに出来そうな巨大なズワイガニが網の中にぎっしりと詰め込まれていた。
これは……美味そうだ!
「マーシャの出汁で漬け込んだカニかっ!」
「出汁は出てないよ~☆」
ピッピッと、海水を飛ばされる。
マーシャの抗議は濡れるからちょっと面倒くさい。あと微かに磯臭い。
「これ、もらっていいのか?」
「うんうん。美味しく食べて☆ で、美味しく食べさせて☆」
「よし、今日はカニ尽くしフェアをやるか!」
「いいねぇ☆ 賛成~!」
盛り上がる俺とマーシャ。
そんな俺たちの間に割り込んできた影が二つ。
「「ヤシロさん! これはどんなお料理になるんですか!?」」
似たもの母娘がまったく同じ言葉を、違う意図の元、まったく同時に口にした。
「お前ら、筋肉痛は?」
「治りました!」
「まだ来てません!」
ん~、惜しい。
ちょっと内容が違った。
まぁ、ジネットよりベルティーナの方が正解に近いだろうな。……明日の朝に泣くなよ。
「わたし、お料理したいです」
「私、お料理食べたいです」
言われなくても、よぉ~く分かってるよ。
「アタシは食べたことないさね。これは美味しいんかい?」
「美味しいよぉ~☆ お酒にも合うしね」
「へぇ……そうなんかぃ」
ノーマの目が微かに細められる。
値踏みするような目でカニを見て、どんなお酒に合うのかを想像しているようだ。あ、ちょっと唇を舐めた。
「手伝うさね!」
「素直に食いたいって言えよ」
「ボクは食べたい!」
「お前は素直だな。ナタリア呼んでこい。ハロウィンの相談もしたいし」
「あたいも食いに言っていいか?」
「ジネットが断るわけないだろう。あとモリーは今日泊まりだから、ちゃんと食っとけよ」
「はい。……一応、控えめにするつもりですけど」
はっはっはーっ。
モリー、それ、たぶん無理だぞ。
「こんなにたくさんあると、いろいろなお料理に使えそうですね」
「そうだなぁ」
わくわくとした目でジネットに見つめられ、パッと頭に浮かんだメニューを指折り挙げていく。
「まず茹でるだろ。あとは七輪で焼いて、カニしゃぶもいいなぁ。天ぷら、ソテー、炊き込みご飯、餡かけカニチャーハン、カニクリームコロッケ、甲羅みそ焼き……で、殻で出汁を取って味噌汁にでもするか」
「帰りましょう、ヤシロさん! 私たちの陽だまり亭へ!」
と、陽だまり亭在住ではないベルティーナが陽だまり亭の方向をビシッと指差す。
耳をすませば、秋の空の下で鳴くお腹の虫の音が聞こえてくる。風流でもなんでもないけどな。
「この甲羅でお出汁を取るんですか……。わたし、今からわくわくです!」
四十二区にはさほど入ってこなかった海鮮類。マーシャからのお裾分けでいくらか料理したことはあるが、これだけ大量のカニを前にジネットが大人しくしているなんて出来るわけがない。
あまり馴染みのない食材に気後れすることもなく、楽しそうにカニを見つめている。
そんなジネットを見て、改めて思う。
ハロウィンは何がなんでも成功させなきゃな。
もちろん、俺の利益のためにな。
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