「それよりヤシロ! お腹空いた! ご飯食べようご飯食べようご飯食べよう!」
「……教会のガキか、お前は」
あいつらは、ジネットの顔を見ると「お腹空いたお腹空いた」と大合唱しやがって。
……良くも悪くも、エステラは貴族っぽくないんだよな。
「それでは、店長さんのご厚意を召し上がるとしましょう」
バスケットはナタリアに渡しておいたので、飯の準備はナタリアが主導で行ってくれる。
から揚げや、サケフレーク混ぜご飯のおにぎり、分厚い玉子焼きに白身魚のフリッターなんかが綺麗に並んでいる。
……ビーフカツレツはなかった。さすがに自粛したか。
「ナタリア。みんなに取り分けてあげて」
エステラが指示を出す。
他の人間を優先させるあたり、こいつも少しは成長したのだろう。
昔は、ジネットの料理となると「自分が、自分が」とがっついていたもんだが。
「取り分けたら、残りは全部ボクにちょうだい!」
おぉっと、何一つ成長してなかった!?
お前はジネットの料理好き過ぎるだろう!?
「ったく……成長しないな、お前は」
「胸の話は関係ないだろう!?」
「胸の話じゃねぇよ!」
「「「「『精霊の……』」」」」
「全員に信用されてないだとっ!?」
俺以外の全員が、腕をまっすぐ伸ばして俺を指さしている。
なんだ、俺は胸の話しかしないとでも思われているのか!?
「心外だ! こうなったら胸の話ばっかりしてやる!」
「いつも胸の話ばかりしてるじゃないか、君は……」
「あ~ぁ、どこかに落ちてないかなぁ!」
「それ、胸の話なのかい!?」
バカモノ、異世界だぞ?
何が起きても変じゃないだろうが!
「そういえば、オッパイ人族っていないのか?」
「いるわけないだろう!?」
ちっ! つまんねぇの。小さくまとまりやがって!
「給仕長よ、カタクチイワシの分は取り分けなくてよい。あいつは道端で草でも食わせておけば十分だ」
などと、ルシアが失礼なことを言いやがる。
ナタリア、あまりにも度が過ぎる暴言には注意をしてやってくれ。
「ルシア様。そんなことをすれば、本当に落ちているおっぱいを見つけかねませんよ。ヤシロ様とは、そういう人なのですから」
「お前が一番失礼だったわ、そういえば! 失念失念!」
領主との会食とは思えないくらいの賑やかさで、俺たちは朝食を食った。
ジネットの料理は相変わらず好評で、ルシアも舌を巻くほどだった。
四十二区では普通になりつつある『弁当』だが、他の区ではやはりまだ「冷えた食事は美味しくない」という先入観が強いらしく、ルシアとギルベルタは弁当の味に驚きを隠せないようだった。
保存を意識しない携帯食っていうのが、この世界には珍しいものらしい。
弁当の概念が広まれば、ちょっとした革命が起こるかもしれないな。
「まず、午前中に二十九区の領主の館へ赴き、到着した旨を伝えておく」
弁当をつつきながら、ルシアがこの後の予定を説明する。
……ほっぺたに米粒ついてんぞ。
「おそらく、『早過ぎる』だとか『時間も守れない』だとかと、イヤミを言われるだろうが全力で無視をするように」
それは、俺に向けての注意のようだ。
貴族連中の中では常識なのだろうな。めんどくせ……
「それから、馬車を置いて少し街の中を見て回ろうと思う」
「街の状況を実際に見て、水不足がどの程度深刻なのかを調べるんだよ」
ルシアの言葉を継いで、エステラが補足をする。
「おそらく水不足はポーズで、街の中はいたって平穏だと思うけどね」
それを実際見ておくということに意味がある。
「きっとそうだろう」と、「実際そうだった」では、説得力に雲泥の差があるからな。
「ついでに、水門も見ておくか」
「そうですね」
「それから、昼食も取っておきましょう。『午後』というのがいつだと明確に分からない以上、食事は出来る時にしておいた方がいいでしょうから」
「賛成する、私も、ナタリアさんの意見に」
最悪、昼から拘束されて夜中まで待たされるなんてこともあり得るかもしれないわけで、そうなったら飯は食っておいた方がいい。
いちいち予防策を取らなきゃいけないってのは、本当に面倒くさい。
「……『BU』でご飯かぁ」
「まぁ、そう嫌そうな顔をするな、エステラよ。そういうものだと諦めてしまえば、食えないものでもないではないか」
「なんだ? 『BU』の飯はそんなに不味いのか?」
エステラがあからさまに肩を落とし、隠すことなく落胆の表情を見せる。
自称食通の、単なるジネットファンであるエステラは飯の味にはそこそこうるさい。
四十一区の黒糖パンレベルの『ケーキ(笑)』をありがたがっていたりもしたけれど、一丁前に食通気取りなのだ。ぷぷっ。食通(笑)。
「ヤシロ……無言でボクを咎めるのをやめてくれないかな?」
「なんで分かるんだよ」
「そんなニヤニヤした顔で見られたら、嫌でも分かるよ!」
まぁ、食通といっても所詮はエステラだ。
ハンバーグに目玉焼きを載せてやるだけで「……か、革命が起こったっ!?」と大騒ぎしていたレベルなので、こちらは扱いやすくていい。
で、そんなエステラがあからさまに嫌な顔をするってことは、その料理が救いようのない味だということだ。
『BU』……外周区よりも身分が一個高いくせに、飯が不味いのか……まぁ、四十一区も四十区も、ちょっと前までは陽だまり亭の味に遠く及ばない飯しかなかったもんな。
「まぁ……君も食べてみれば分かるよ。ボクがこんな顔になる理由が」
シートに身を預け、魂でも抜け出したかのように脱力するエステラ。
好き嫌いがはっきりしているところは実に子供っぽいな。
子供っぽいと言えば。……いつまでほっぺたに米粒付けてんだよ、ルシア。
「とにかく、向こうに付け入る隙をなるべく与えないように行動しようと思っている。いいな、カタクチイワシ。トラの尾を踏むような行為は慎むのだぞ」
今の説明は、俺に「余計なことはするなよ」と釘を刺すために行われたものらしい。
……付け入る隙を与えないってんなら、その米粒をさっさと取れってのに…………ったく。
「そんな顔で言われても説得力ねぇよ」
「んなっ!?」
しょうがないから、腕を伸ばしてほっぺたの米粒を取ってやる。
突然頬に触れられて、ルシアが目を丸くするが、米粒をつけっぱなしにするよりかはマシだろう。我慢しろ。
そうして、俺は食い物をとても大切にするタイプの人間だ。
故に、指で摘まんだ米粒を捨てるなど言語道断。かといって、これを誰かに「あ~ん」とか出来るはずもなく、消去法で、俺はその米粒を口へと放り込んだ。
「――っ!?」
衝撃映像でも見たかのように、ルシアの顔が驚愕の色に染まる。
驚愕の色……と、いうより、真っ赤に染まる。
「か…………か………………」
ぷるぷると震える指で、俺を指さし、馬車の壁に背を押し当てるように俺から少しでも距離を取ろうとする。
「か…………間接キッスだ!?」
「どこがだ!?」
間接キスは、口に付いた物を口に運ぶ行為だろうが!
つか『キス』に小さい「ツ」を入れるな! 余計恥ずかしい!
「間接『ほっぺチュー』だ!」
「だから、それも逆だろう!?」
俺の口に付いた物をルシアの頬に付けたのならまだしも!
「け、穢された!」
「人聞き悪いな、お前は!?」
「き、貴様は人として悪いだろうが! この悪人! よ、よくも、領主に対してそのような不埒な行為をっ!?」
「親切心だっつうの!」
「私がモテないから、親切心でイチャイチャしてやったとでも言うのか!」
「そうじゃねぇよ!」
「ちょっとドキドキしたわ! ありがとうな!」
「落ち着けルシア! お礼言っちゃってるから!」
「むぁあああっ! こっちを見るな! 向こうを向いておけ!」
最終的に、両手で顔を覆い、取り皿を投げつけ、ルシアは俺に背を向けた。
……その隣に座るエステラからの視線の冷たいこと冷たいこと……俺、そんな悪いことしてないだろうに。
言われた通り、なるべくルシアを見ないようにしていると、俺の斜向かいでギルベルタがほっぺたに鮭フレークおにぎりを「ぎゅむ!」とくっつけた。
「ほっぺたに付いている、私も、お米粒が」
「いや、デカいよ……ギルベルタ」
「またおっぱいの話、友達のヤシロは」
「いや、デカいけど! そうじゃないから!」
「ヤシロ様。今日もフルスロットルですね」
「そんなつもりもねぇっての!」
つかナタリア、「フルスロットル」って、何が翻訳された言葉なんだよ。ないよな、車とかそういう乗り物!?
例によって、分かりやすい言葉を選んでくれる『強制翻訳魔法』に嘆息しながら、俺は二十九区までの長い長い道のりを、なんとも居心地の悪い思いで過ごした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!