「それで、ベルティーナ。湿地帯なんだが、調査のために入っても構わないか?」
「どうして私に聞くのですか?」
「いや、カエルは経典にも出てくるし、そもそも『精霊の審判』で生まれるモノだろ? だから、教会と関わりが深いのかと思って」
それに、湿地帯に子供が捨てられると、ベルティーナは精霊神からのお告げを聞くという。
だから、あんまり荒らすようなマネはしてほしくないんじゃないかと思ったのだが。
「アノ場所は、誰もが自由に訪れることが出来るこの街の一部ですよ。悪意ある破壊行為をしない限り、そこへ行くことに制限などはありません」
「ひゃっはー! カエル狩りだー!」とか、「湿地帯を埋め立ててマンション建ててリゾート開発じゃー、うっしっし!」とか、そういうのはきっと罰せられるのだろう。
教会か、精霊神に。
普通に入って調査するくらいでは罰は下らない。
ベルティーナがそう言うのであれば、きっとそうなのだ。
「分かった。んじゃ、明日ちょっとエステラと調べてくるよ」
「あたいも行く!」
デリアが挙手をし名乗りを上げる。
「デリア。湿地帯でカエルに出くわしたら?」
「全部倒す!」
「はい、留守番」
「えー!? 倒しちゃダメなのか!?」
まぁ、それがこの街の普通の発想なのかもしれないけどな。
「カエルは魔獣じゃないからな。危害を加えてこない限り、穏便に済ませたい」
「ヤシロはカエルにも優しいんだなぁ」
「優しいんじゃなくて、無用な諍いを避けたいだけだ」
俺は一度、夥しい数のカエルに取り囲まれたことがあるからな。
あの量のカエルが一斉に襲いかかってきたりしたら、それはもうとんでもないことになる。
「デリアだって、見たことないヤツが川遊びに来て、川漁ギルドの連中に危害加えたり、迷惑かけたり、川を荒らしたりしたら怒るだろ?」
「あぁ、洗う!」
「それで怖がるのはオメロだけだろ……」
「じゃあ沈める!」
「カエルも一緒だ」
湿地帯は、行き場所を失ったカエルたちが唯一心穏やかに暮らせる場所なんだ。
そこにずかずか踏み込んで傍若無人な振る舞いは出来ない。
そんなことを話して聞かせると、デリアはもちろん、エステラや周りの連中も静か~になって、ただじ~っと俺を見つめてきた。
……なんだ? 俺、なんか変なこと言ったか?
「ボクは、湿地帯は不浄の地であり、行き場をなくしたカエルはそんな場所にしかいられないのだと思っていたよ」
「ん?」
それ、俺の意見と何か違うか?
「君は、あの場所がカエルのために与えられた聖地だと言いたいのかい?」
「聖地って!? そんなこと思っちゃいねぇよ!」
「え、違うんですか? わたし、ヤシロさんのお話を聞いて、そのように思われているのだと感じましたけど?」
違う違う。
人が踏み込んではいけない神聖な場所だと言いたかったんじゃなくて、そこに住んでるヤツの気持ちを考えれば、よそ者が騒がしくするのは争いの元になると、そういう当たり前のことを言いたかっただけだよ。
「ヤシロさん」
だから、そんな嬉しそうな顔で俺を見ないでくれるか、ベルティーナ。
っていうか、お前とジネットはなんでカエルに優しくすると嬉しいんだよ。カエルに何か思い入れでもあるのか? 同情心か何かか?
「俺はカエルのことなんか何も知らないし、なんの情報も持っていない。だから、なんとも思っていない」
「なるほど。だから、なんですね」
カエルのことなんか知ーらねっ。と言ったつもりなのだが、ベルティーナが嬉しそうに口元をほころばせる。
「忌避感も恐怖心も持たずに、公正な目で物事を見られるのは、ヤシロさんが偏見を持たないからなのですね」
そーゆーいい話じゃなくてだな!
あぁ、もう!
これはあれだな、何を言っても俺の思惑とは関係なくこいつらの都合がいいように解釈されるタイプのアレだな。
よし、もう無駄口を叩くのはやめよう。そうしよう。
聖人君子に祭り上げられでもしたら、全身サブイボで鮫肌になっちまう。
「とにかく、俺とエステラと――ナタリアも行くか?」
「もちろん、同行いたします」
「んじゃ、三人で行くか」
さすがに、湿地帯に大勢で乗り込むわけにはいかない。
前領主がそこで病に侵され、復帰できずにこの街を去ったという事実があるのだから。
「あの、オイラも――!」
「洞窟じゃないんだから、地理を把握しているわけじゃないだろう?」
「それはそうッスけど……」
「ウーマロ。今回はいいよ。ありがとね」
「いえ……ッス」
ウーマロは、他区の大工がエステラに言った無神経な発言の責任を感じているのだろう。
律儀だからな。
「……マグダは行く。護衛は必要」
「ジネット、店は大丈夫か?」
「はい。ロレッタさんとカンパニュラさん、テレサさんがいますから」
それじゃ、マグダは連れて行くか。
もし万が一のことがあっても、子供には感染しない病気だったらしいし。
ただ、その病原菌が成人と未成年を法に則った区切りで判断してくれるとは限らないけどな。
「ウチも行くわ」
少し固い声で、レジーナが言う。
あまりに意外な発言に、その場にいた者たちが一斉にレジーナの顔を覗き込んだ。
「な、なんやのんな? あんま見んといてんか」
あまりの注目っぷりに、いつもパイスラしている肩かけカバンで顔を隠すレジーナ。
めっちゃ照れとる。
「……アカン、気持ち悪ぅなってきた……吐く」
違った。人見知りをこじらせてやがった。
注目されて頬を赤らめるような可愛げはこいつにはなかった。
注目されて吐くなよ……
「もし、何か悪い菌がおったら、その場で早急に処置できるやろうし、ウチが行ったら何か分かることもあるかもしれへんなぁて思ぅて……」
吐きそうになりながらも、レジーナは調査隊への志願理由を説明する。
確かに、何か異変があった際にレジーナがいてくれれば心強いが……
「薬屋が病気にかかるなよ」
「アホやな。医者かて死ぬことはあるし、下着売り場の店員がお客はんをついついエロい目で見てまうことかてあるっちゅーねん」
「いや、後者はあっちゃいけないことだよ」
エステラの指摘をするっとスルーして、レジーナはカバンの向こうから顔を出し、真剣な顔で言う。
「けど、大丈夫や。いざという時は、自分がおるしな」
お前に何かあった時に、俺に何が出来るか分からんが……
「じゃあ、一緒に来てくれるか」
「任しとき」
これで、メンバーが決まった――と、思ったら。
「ぁのっ、みりぃも、行きたぃ!」
小さな立候補者が現れた。
珍しい。ミリィも引っ込み思案で、目立つようなことは得意ではないはずなのに。
「みりぃも、なにか、ぉ役にたちたい、から……ぁの……もし、できたら……」
注目を浴び、徐々に声量が小さくなっていく。
それでも、ミリィの思いはしぼむことはないようで、泣きそうな顔でこちらを見つめてくる。
「危険かもしれないよ? 収まったとはいえ、湿地帯に行けば、もしかしたら病を発症するかもしれない」
「ぅ、ぅん……それは、わかってる。でも、平気……だょ。みりぃ、は……」
「エステラ。ミリィは、自分は子供だから感染はしないと言いたいんだろう」
「違ぅよ!? ミリィ、もう大人だから、ね!」
いや、細菌もミリィを見たら「あ、子供だ。感染できねぇや」と諦めるに違いない。
「みりぃね、お父さんとお母さんがいなくなってから……すごく寂しくて、いろんなものが怖くなって……」
両親の生前から知っていた生花ギルドの大人たち以外の者とは会話すら出来なくなってしまった。そうミリィは語った。
急に両親の加護の外へ放り出され、見るものすべてが恐ろしく感じたのだそうだ。
世界中が怖いものに見え、その中で自分がしっかりと生きていける自信がなかったと。
「でも、ね……てんとうむしさんと出会って、いろんな人と仲良くなれて……みりぃ、きっと、今ならお父さんたちにも自信を持って言えると思うの。『みりぃは、大丈夫だよ』って」
確かに、この一年と少しの間でミリィは見違えるほどたくましくなった。
自分から輪の中へ飛び込んでいけるようになったし、区の外へも積極的に出て行くようになった。
他区の領主やギルド長と触れる機会も増え、最近では堂々としている。
「でも、やっぱり湿地帯は怖くて……でも、てんとうむしさんと、えすてらさんと一緒なら、みりぃ、きっと湿地帯でも大丈夫だと思う、の」
湿地帯の大病が蔓延した当時、湿地帯はすべての不幸が集まったような場所だったのだろう。
湿地帯が、大切な者をすべて奪っていったのだろう。
その恐怖を、克服したい。
そして、出来ることなら、自分も誰かの役に立ちたい。
それが、ミリィの望みだった。
けれど、本当に連れて行ってもいいのだろうか。
一度調査を終えて、安全が確認できてからでも……
「それにね、湿地帯の周りの森は、昔生花ギルドが管理していた部分もあって、今は放置されちゃってるから……」
ちらりと、ミリィの瞳が俺を見る。
「食虫植物が大量繁殖してる、かも……」
「是非来てもらおう!」
そうだな。
湿地帯から逃げ出すのと、湿地帯を調査するのじゃ勝手が違うよな。
そうか、あの辺にもいやがるのか食虫植物!
っつーか、あいつら食人植物じゃねぇか!
なんなら『食俺植物』なんじゃねーの!? 俺ばっか狙いやがって!
そんな危険があるのなら、ミリィにいてもらった方が心強い。
というわけで、湿地帯調査隊のメンバーが決まった。
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