異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

267話 みんなで作ろう、大衆浴場 -4-

公開日時: 2021年5月31日(月) 20:01
更新日時: 2021年6月2日(水) 06:20
文字数:4,792

 カンコンカンコンと、甲高い音が鳴り響く。

 薄い鉄板を金切りばさみでカットし、金槌やポンチで叩いて鉄板を曲げ、ぷっくりとしたフォルムを形成していく。

 ミリィの髪飾りを作った時と同じ要領だ。

 

 ただし、今回はアレよりももっと精巧なデザインで高度な技術が要求されるが。

 

「ほい、アヒル」

「へぇ~、可愛いもんさね」

「あとで色をつけると、もっとよくなるぞ」

「なら、ウチの足踏みコンプレッサーを使うといいさね」

 

 なんでも、足でポンプを踏むことでタンクの中の空気を圧縮してエアーを吹き出すコンプレッサーがあるらしい。

 足踏みって……重労働だな。

 

 だが、コンプレッサーがあれば色をムラなく塗ることが出来る。

 圧縮された空気を細い噴出口から吐き出させれば、スプレーみたいに「プシュー!」って出来るからな。

 

「ちなみに、色落ち防止の加工って出来るか?」

「メッキする時に使ってる表面加工剤があるさね。若干黄色みかかっちまうけど、ほとんど無色さよ」

 

 なら、黄色くなる前提で色を決めるとしよう。

 

 これで、風呂に浸けた途端色が落ちてしまうとか、風呂の湯が汚れてしまうってことはないだろう。

 

 それから俺はブリキを叩いてオモチャを作り、その間にノーマには銅の筒の製作を依頼しておいた。

 ノーマ、めっちゃオモチャ作りたそうにしてるけど。

 ちょいちょい手を止めては俺の手元を覗き込んでくる。

 技術を奪うつもりなのだろうが、そっちの仕事も進めてくれよ。

「へぇ~、そういう使い方すれば、そんな仕上がりになるんかぃねぇ」じゃなくてさ。メモとか取ってないでさ!

 

 それから日が暮れるまで、俺は無心でオモチャを作り続けた。

 トンテンカンテン、キンコンカンコン、鉄板を叩き続けた。

 

 とりあえず、思い描いているオモチャは全部一通り作ってみた。

 アヒル、金魚、カメ、船、人魚、そしておっぱい。

 

「なに余計なもの作ってんさね!?」

「いや、必要だろう!?」

 

 湯船にぷかっと浮かぶ一対のおっぱい。

 最高じゃねぇか!

 

「これは、男湯に置いておこう」

「エステラにチクっておくさね」

「ノーマ、なんて非情なことを!?」

 

 折角頑張って鉄板を膨らませたのに!

 Gカップのおっぱいを作ったのに!

 塗装も、「うお!? 我ながらすげぇ!」って会心の出来だったのに!

 

「こんなもん、子供らには見せられないさね」

「じゃあ、ウチで使うよ」

「店長さんにチクっておくさね」

「ノーマ、なんて非情なことを!?」(二回目)

 

 ノーマの心が狭い。

 心の器は、あんなにも大きくて柔らかそうなのに!

 

「まぁ、心が狭くても心の器が大きければいいよな☆」

「誰の心が狭いんさね……誰でも止めるさね、こんなもん」

 

 と、出来上がったブリキのおっぱいを摘まみ上げてまじまじと観察する。

 

「……リアル過ぎるさね」

「モデルがいてくれたら、もっとリアルに作れるぜ☆」

「リアルさがよくないと言ってるんさよ!?」

「じゃあ、こっちのデフォルメしたブリキのおっぱいなら平気か?」

「何個作ったんさね、ブリキのおっぱい!?」

 

 丸描いてぽ~んみたいなデフォルメおっぱいも没収された。

 おっぱいの街四十二区に相応しい物をと思って丹精込めて作ったのに!

 

「『父と入るお風呂』にも『乳と入るお風呂』にも置いておこうと思ったのに!」

「そんな妙な名前は付けさせないさよ!?」

 

 あぁっといけない。

 これはエステラに二秒で却下された案だった。

 

 大衆浴場の名称を決める会議の際、エステラが『英雄の湯』『姫の湯』という案を持ち出したので「え、それって『英雄』と『えぇ湯』をかけたダジャレ? ぷぷぷ、ちょーオモシロっ」と煽って自分から案を下げさせてやった。

 ……一部の連中が俺を英雄などと呼んでいるせいで、若干俺の名前を付けられたくないとか、若干な、若干だが思っちまったんだよ。

 そしてたぶん、俺がそう思うであろうことを予測したエステラの巧妙な嫌がらせなんだ、これは。

 

 結局、『男湯』『女湯』という名称で落ち着いた。

 大衆浴場自体には、西側にあるという意味で『西の湯』という名前が付いた。

 そのうち、東側にもう一店舗大衆浴場を作る予定らしく、そちらは『東の湯』となる予定だそうだ。

 

「それで、ヤシロ。この赤ん坊の人形は何さね?」

 

 本当は塩化ビニルあたりで作りたかったのだが、ないのでブリキで可能な限り可愛いらしく制作した赤ん坊人形。

 着色にもこだわって愛くるしい表情をしている。

 もちろん、素っ裸だ。

 

「これはままごと人形だな」

「ままごとっていやぁ、教会の子供らがたまに一緒にやってくれって言ってくる遊びさね」

「……一緒にやってんのか?」

「ね、ねだられたら、……断れないじゃないかさ」

 

 ノーマが、小さい女の子たちに混ざってままごと……

 

「凄惨な修羅場とか、ないよな?」

「アタシをなんだと思ってんさね? 子供の遊びさよ?」

 

 いや、以前マグダから聞いたままごと事情は、修羅場がてんこ盛りだったからな。

 昼下がりの不倫が織り込まれた愛憎劇だった。

 

「小さい女の子はお姉さんぶったり母親のマネをしたがったりするもんだろ? だから、このままごと人形を使ってガキを風呂に入れてやる遊びをさせてやれば喜ぶだろう」

「あぁ、なるほどさね。子供らならハマりそうさね。『は~い、目をつむってくださ~い』とか言って髪の毛を洗ってやったりねぇ……くふふ」

 

 幼い少女が風呂場でそんなままごと遊びをしている様を想像しているのだろう、ノーマが楽しげに微笑む。

 だがしかし、今のお前の方が可愛かったから!

 え、なに? 『は~い、目をつむってくださ~い』とか、めっちゃ楽しんでやりそう! 目に浮かんだわ!

 

「ノーマはお母さん役が多いのか?」

「う……」

 

 慣れた雰囲気から、そういう配役で遊んでやっているのかと思いきや、どうやら違うらしい。

 ノーマの表情がこわばり、物凄く言いにくそうに、目を逸らしながらぎこちなく唇が動く。

 

「子供らは、ほら、大人ぶりたいもんさね。だから……」

「娘役か?」

「……赤ちゃん役さね」

「よし、ノーマ! 俺ともままごとをしよう!」

「やんないさよ!」

「さぁ、ベイビー、おっぱいの時間だよ~」

「おっぱいの時間は赤ん坊が母親のおっぱいを飲む時間であって、赤ん坊のおっぱいを揉む時間じゃないさね! いいから、その手をやめな!」

 

 煙管で手の甲を叩かれた。

 なんだよ~、ちょっともにもにさせていただけなのに。

 

「そぃで? この銅管を何に使うんさね?」

 

 ノーマはこの短時間で、こちらの要望にぴたりと添った銅管を作ってくれた。

 直径5ミリ。隙間もなく、厚さも均一の一級品だ。

 

「完璧だな、ノーマ。見事な手腕だ」

「そっ、そんなこと……ま、まぁ、アタシにかかればざっとこんなもんさね」

 

 褒められて嬉しかったようで、ノーマの指先で煙管がクルクル回っている。

 いつもより多く回っている。

 すげぇな!? ペン回し世界チャンピオンよりも複雑な回転させてないか、それ!?

 

「それで、これで何を作るんだぃ?」

 

 上機嫌なノーマがずずぃっと詰め寄ってくる。

 おぉう、いい匂い!

 猛暑期の時の極悪臭とは打って変わって、素晴らしいフレーバーではないか!?

 果実……これは、アプリコットか!?

 え、そんな入浴剤か石けんってあったっけ?

 

 もういっそ、この匂いをなんとか抽出して『ノーマの湯』として売り出そうぜ! 絶対売れるから!

 

「ノーマの香りの入浴剤を作ろう!」

「そんなもんのためにこの銅管を作らせたんかぃね!?」

「あぁいや、それは船を作るんだ」

「船、さね?」

 

 そうそう。

 水に浮かべて遊ぶオモチャの代表格といっても過言ではないであろう、ぽんぽん蒸気船をな。

 

「面白いオモチャを作ってやるよ。ノーマの香りの入浴剤と同時進行でな!」

「入浴剤はいらないさね! というか、作らせないさよ!」

 

 そっかー、だめかー、億万長者も夢じゃなかったのにな-。

 

「まず、この銅管を曲げて螺旋にしたいんだが、何か治具はあるか?」

「それならいいのがあるさね。貸しておくれな」

 

 銅管をノーマに渡し、銅管をくるくると曲げて巻いてもらう。

 スプリングのように同じ直径で円を作り、二周。

 それをもう一つ作って二個ワンセットにする。

 

「これでほぼ完成だ」

「コレのどこが船なんさね?」

「これは、蒸気船のエンジン部だよ」

「よく分からないさね」

「船体は、すでに完成している!」

 

 オモチャ作りの合間にブリキの船を作っておいた。

 あとは、このエンジン部――ボイラーを組み込めば、ほれ、完成だ。

 

「この銅管の中に水を入れて、銅管を外から熱してやると中の水が沸騰するだろ?」

「まぁ、銅は熱伝導率が高いからねぇ」

「これくらいの細さなら、ろうそく程度の火で容易に沸騰してくれる」

 

 ブリキの船体は、中が空洞になっていて、ろうそくを設置する場所がある。

 ちょうどボイラーの下に炎が来るように設計してある。

 

「空洞の船に巻いた銅管。なんとも簡単な構造さね。浮かべて遊ぶんかぃ?」

「いいや、こいつはちゃんと進むぞ」

「ホントかぃね?」

「やってみるか。たらいはあるか?」

「ちょぃと待ってておくれな」

 

 ノーマがてきぱきと準備を進めてくれる。

 どうやら興味があるようだ。心なしかそわそわしている。

 オモチャを前にした子供のように。

 ままごとで子供役をやり過ぎて童心に返りやすい体質になったのかもしれないな。

 

「まず、銅管の中を水で満たしておく」

 

 一度船を、たらいに張られた水の中へ沈める。

 ぷくぷくと泡が立ち、銅管の中が水で満たされる。

 

 その後、ボイラー部分に火のついたろうそくをセットすれば完成。

 あとは少し待てば――

 

 

 ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ……

 

 

 軽快な音を立てて船が進み始めた。

 

「動いたさね!? それに、なんか可愛い音がするさねぇ」

 

 たらいの中をちょこちょこと進んでいく小さな船を、ノーマが楽しそうに見つめる。

 

「どういう原理なんだい?」

「銅管を熱すると中の水が沸騰するだろ? 水が沸騰すると膨張する。膨張して行き場を失った水は勢いよく銅管から噴出される。その反動で船が前に進むんだ」

「けど、水がなくなった後は? あの船は今もまだ進み続けてるさね」

「銅管の中の水が勢いよく噴出するから、それに引っ張られて銅管の中の気圧が下がるだろ? 気圧が下がれば空間はゼロ気圧を保とうとする力が働くから外から水を吸い込むんだ」

 

 そして、水を吸い込むことで銅管の中の熱せられた空気の温度が急激に下がり吸い込む力を増す。よって、一気に銅管の中は水に満たされる。

 

「だが、銅管の外には相変わらずろうそくの火があって、ずっと温め続けているから、銅管の中に入った水はまた沸騰して膨張し、銅管の外へ噴出される。そしたら気圧が下がってまた銅管の中に水が吸い込まれ、また熱せられて噴出して、また吸い込んで……と、それを繰り返すことで火が消えるまで延々と進み続けるってわけだ」

 

「ぶしゃー!」っとジェット噴射するのではなく、出て入って出て入ってと小刻みに噴出することでぽんぽん蒸気船はろうそくの火というエネルギーがある限り進み続けることが出来る。

 

「水が出て船が前に進むなら、水を吸い込む時に船は後退するんじゃないんかぃね?」

「銅管から出ていく水は、周りを銅管に覆われていて逃げ場がないから勢いよく噴出するんだが、逆に銅管に水が入る時は四方八方どこからでも水が流れ込めるから推進力って観点ではエネルギーが弱いんだ」

 

 同じ大きさのエネルギーを一点に集中させればその分パワーは上がる。逆に面にすれば力は弱まる。

 だから、前進はするが後退することはない。

 

「へぇ~……おもしろいさねぇ」

 

 ぽんぽんと、軽快な音を鳴らしてたらいの中を旋回する蒸気船を眺めて、ノーマは楽しそうに口元を緩めた。

 まるで子供のような無邪気な笑みだ。

 

「……連中、今日から年明けまで徹夜確定さね」

 

 ……頭の中はブラック企業の鬼上司そのものだけど。

 乙女たち、きっと腐るほど銅管を作らされるんだろうなぁ……気の毒に。

 

 よし、しばらく金物通りには近付かないようにしよう。そうしよう。

 

 

 

 

 

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