異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

28話 謎の薬剤師 -1-

公開日時: 2020年10月27日(火) 20:01
文字数:2,562

 長く降り続いていた雨がようやく止んだ。空はまだ分厚い雲に覆われてはいるが、傘を差さずに歩けるのは久しぶりだ。

 ジネットは「今のうちにお洗濯しなければですね」と、空元気を見せている。

 

 そう、空元気なのだ。

 

「まぁ、腹痛なら、一日寝てれば治まるさ」

「……そう、ですよね」

 

 大量に残った食材を積んだ台車を引く俺の横で、ジネットは何度目かのため息を漏らした。

 昨日、ウチで暴飲暴食の限りを尽くし食べ過ぎでダウンしたベルティーナは、今朝も腹の具合が悪いと食事の場に姿を見せなかったのだ。

 子供たちの表情は暗いし、ジネットも沈んでいるし、持っていった食材は大量に余るし……まったく、周りにかける迷惑の大きさを自覚してほしいものだ。

 

「ボクも、まだ少しお腹が張ってるんだ。シスターは相当だろうね」

 

 少し前を歩くエステラが自分のお腹をさする。

 

 そりゃそうだろう。

 朝から、俺の焼いたパン、ナン、ピザ、お好み焼き、トルティーヤ、そして大量のポップコーンを次々と平らげたのだから。……炭水化物取り過ぎだろう。

 

「お前ら、全員太れ」

「レディに対して失敬だね、ヤシロ」

「キュッ・ボン・ボンになれ」

「そんなユニークな体型は御免だね!」

 

 エステラが牙を剥く隣で、ジネットがため息を漏らす。

 

「出来ることなら、おそばについて看病をして差し上げたいのですが……」

 

 ジネットの心配が深刻なレベルに来ている。

 しかし、ジネットがそばにいても出来ることなどない。食い過ぎた物を消化し、荒れた胃の粘膜が正常に戻るのをただ大人しく待つしかないのだ。

 つか、ジネットがいたら美味いお粥とかを作って大量に与えそうで、逆効果かもしれない。

 

「あの、マグダさん。今日なんですが、お店をお任せしても……」

 

 おいおい!

 マグダに無茶な要求すんじゃねぇよ! 無理に決まってんだろ!

 こいつは、お刺身で言うところのたんぽぽみたいなもんなんだ。一部のファンが愛でて楽しむ存在なんだよ。たんぽぽだけじゃお刺身は成り立たないだろう?

 

「……店長、それは無理」

 

 マグダもそれを分かっているのか、明確に拒否する。

 

「……雨が止んだら、狩場の確認に同行するよう狩猟ギルドに言われている」

「そうなんですか?」

「……そう」

 

 それは初耳だ。

 そういうのは前もって言っておいてほしかったな。

 

「それじゃあ、今日はお休みにすればいいんじゃないかな?」

 

 エステラ!

 お前は何を言ってるんだ!?

 ただでさえ客の少ない陽だまり亭を理由なく休業させるだと!?

 暇しか持ち合わせていない貧乏人が休んでどうする!?

 1Rbでも、稼げるなら稼ぐのが商売人というものだ!

 

「……お休みは…………したくありません。陽だまり亭にわざわざ来てくださった方をがっかりさせたくはありませんので」

「よく言った、ジネット! 金蔓を逃すまいとするその精神! あっぱれだ!」

「そ、そんなつもりでは!?」

「ジネットちゃん。ヤシロの言うことを真に受けちゃダメだよ」

「あ……冗談ですか。よかったぁ」

「いや……たぶん冗談ではないんだろうけどね……」

 

 エステラの疑うような眼差しが俺に向けられる。

 えぇ。本心ですが、何か?

 

 しかし、ジネットがこんな状態では商売に支障をきたしかねないな……しょうがねぇなぁ。

 

 重い台車を引きながら前方を見ると、タイミングよくお目当ての人物の姿を発見した。

 

「分かったよ、ジネット。ベルティーナのことは俺がなんとかしてやろう」

「本当ですか!?」

 

 まるで、俺がその気になれば一瞬でベルティーナの腹痛がよくなるに違いないと確信でもしていそうな顔で、ジネットが俺を見てくる。……過度の期待はやめてもらいたい。

 だがまぁ、要は腹痛だ。正しい処置をして、正しく療養してりゃ明日にはよくなる。

 で、その処置に関してもたった今当てが出来たところだ。

 

 俺は、先ほど見つけた人物――畑にしゃがみ込んで作業をするモーマットへと近付いていった。

 

「お~い、モーマット~!」

「ん? おぉ、ヤシロか。今日も教会への寄付か? 精が出るな」

「精を出しまくってんのはジネットで、俺は巻き込まれてるだけだよ」

「ほゎっ!? ひ、酷いです、ヤシロさん!」

 

 なんだジネット。俺が好き好んで教会への寄付を手伝っていると思ってたのか?

 人を見る目がねぇなぁ、お前は。

 俺は、少しでも無駄を削れるように監視しているお目付け役だぞ?

 

「それで、今日はなんだ? 悪いが、畑の手入れをしなきゃなんねぇからそんなに時間は取れねぇんだが」

 

 困り顔のモーマットだが、それも頷ける。

 連日の大雨で、畑はびちゃびちゃになり、一部は水没してしまっている。

 これでは根腐りを起こし植物が全滅してしまうだろう。

 すぐに処置をして、次の雨に備えたいに違いない。

 ならば、手短に用件を済ませよう。

 

「大根はないか?」

「大根?」

 

 そう、大根だ。

 大根にはジアスターゼという消化酵素が豊富に含まれているのだ。

 熱を加えると壊れてしまうので、生で齧るか、大根おろしにして食べるときちんと摂取できる。

 腹が張ったら大根おろし。

 ドカ食いしてしまった翌日には、女将さんが大根おろしを出してくれたものだ。

 食物繊維も豊富で、便秘の解消にもいいしな。

 

 ベルティーナに大根おろしをいくらか食わせてやれば、次第に腹も落ち着くだろう。

 

 ――と、思ったのだが。

 

「すまねぇなぁ。畑にあった作物は全部ダメになっちまったんだ」

「…………は?」

「思ってたより雨が長くてな……ほとんどの野菜は早めに収穫したんだが、大根とキャベツはまだ収穫するには早過ぎたんだよ。それでギリギリまで粘ろうと思ったんだが……判断を誤っちまったなぁ……全部腐りやがった」

 

 なんですとー!?

 

 大打撃じゃねぇかよ。

 つーことは、え、なに、大根、手に入らないのか?

 くそぉ、期待していたのに……つか、これ以外にいい方法とか知らねぇのに。

 ……でも、待てよ…………

 

「…………多少腐ってても、ベルティーナなら消化しちまうんじゃないだろうか?」

「ダメですよっ!? ただでさえお腹を壊して寝込んでいるのに、腐っているものなんて絶対ダメですからね!」

 

 分かってるって。

 冗談だよ、冗談。…………ちっ。

 

「じゃあ、しょうがないな。ジネット、諦めろ。なに、寝てりゃ治るさ」

「……うぅ…………それしかないんでしょうか」

「ない。じゃあ、帰ろうか」

 

 ここに長居をすると、ジネットがモーマットを手伝うとか言い出しかねないしな。

 

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