異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

172話 マーゥル・エーリンの館 -1-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:3,346

 マーゥル・エーリンの館は、二十九区の大通りから少し外れた、川を見下ろす小高い丘の上に建っていた。

 貴族が住むには少し不便な立地らしく、ルシアが眉をひそめていた。

 

「人間嫌い、というわけではないのだろう?」

「はい。とても気さくでお優しい方です」

 

 ルシアの中では、不便な場所に住む貴族は、他人との接触を嫌う人間嫌いであるという認識らしい。

 

「この景色を気に入ったのかもしれませんよ。のどかで、いい見晴らしじゃないですか」

 

 エステラが、館の前から見える景色に目を細める。

 吹く風を心地よさそうに全身で受ける。

 

 館からは川が見えており、木や花などの緑も多い。

 確かに、景観はいい。

 

「とにかく、会ってみるか」

 

 俺はナタリアに視線を送る。

 その意味を正確に理解したようで、ナタリアはこくりと頷き、――セクシーポーズをとった。

 

「呼び鈴鳴らせっつってんだよ!」

 

 こいつは、こっちの意思をまったく理解していない! いや、する気がないようだな!

 

「毎秒ごとスター性を増している、ナタリアさんは」

「調子に乗ってるっつうんだよ、アレは」

 

 あんまり褒めるなギルベルタ。関係者だと思われるぞ。

 

 ナタリアに代わってギルベルタが呼び鈴を押す。

 ヂリリリ……っと、金属の鐘を連続で打ち付ける、少々耳障りな音が響く。

 エステラのところは竹の板だったし、そう考えると、やっぱり二十九区は少し進んでいるようだな。

 呼び鈴、ノーマに言って作ってもらおうかな。

 

「はいは~い!」

 

 呼び鈴を聞き、館から一人のオバちゃんが姿を現した。

 品のいいマダムといった雰囲気で、ニシンのパイとかを焼きそうだ。

 

 年の頃は、四十……五十にはいかない、くらいか。

 

 白髪の交じる髪を綺麗にまとめ、ふっくらとした体をぽわんぽわん弾ませるように駆けてくるそのマダム…………に、俺は……どこかで会ったことがあるような、既視感というか……見覚えが…………

 

「「マーゥル様!?」」

「はぁっ!?」

 

 セロンとウェンディが揃って上げた驚きの声に、俺は思わず声を漏らしてしまった。

 マーゥルって、ここの主だよな?

 

「あら、あらあら。セロンさんにウェンディちゃん。よく来てくれたわねぇ」

 

 なんで、主が自らいそいそと出て来てんだ?

 見た感じ、来訪者がアポイントを取っている俺たちだと気付いてすらいなかったようだが……

 

「あ~っら。それじゃあ、こちらの方たちが、噂の?」

 

 と、まるで初めて芸能人を生で見た田舎のオバちゃんみたいにキラキラした目で俺たちを見てくるマーゥル。

「まぁ~、まぁまぁ!」と、俺たちの周りをくるくる回って大はしゃぎだ。

 

「どなたが英雄様なのかしら? ご挨拶したいわぁ」

 

 なんで俺だ!?

 まずは領主にでも挨拶しろよ!

 

「マーゥル様。こちらが、英雄のオオバヤシロ様です」

 

 待て、セロン。そんな仰々しい紹介を勝手にしてんじゃねぇよ!

 そもそも俺、英雄じゃないんだわ!

 

「まぁ~、そうなの~、あなたが」

 

 一体、セロンにどんな話を吹き込まれたのか、マーゥルは俺を初来日した時のウーパールーパーを眺めるオバちゃんのような目でじろじろ観察する。

 ……なんだろう、すげぇ居心地が悪い。

 

 にこにことにやにやの境界線上にあるような笑みを浮かべていたマーゥルの表情が、ほんの一瞬だけ固まる。

 

「……………………あら?」

 

 それはまるで、遠い記憶を覗き込むような静けさと慎重さで……

 数分俺の顔を真正面から見つめた後、ぱぁーっと表情を輝かせて、ぽんっと嬉しそうに手を打った。

 

「あなたっ! 教会で幼い子供たちのために募金をしていた人ね!?」

「募金!?」

 

 おいおい。募金なんて、俺から最も遠いところに存在するような言葉だぞ?

 なにせ俺は、慈善事業とかボランティアって活動が一番嫌いなんだ。

 この俺が募金活動なんかするわけが………………あっ!

 

 俺の脳裏に、完全に忘れ去られていた記憶が、大掃除の時にひょっこり出てきた十円玉みたく浮かび上がってきた。

 あ、そういや、こんなのあったな、というくらいの気軽さで。

 

 俺は、ジネットをはじめとする四十二区の連中の、優しさやお人好しという猛毒に当てられて、己の中の詐欺師スキルが鈍ってしまったのではないかと、非常に悩んだ時期があった。

 その時、詐欺の基本テクニックを近場の連中相手に試していたのだが…………

 

 ローボール・テクニックを応用して、教会の前を行き交う観光客から金銭をむしり取るという詐欺を行ったことがある。

 おんぼろの教会とそこに住むガキどもを見せ、「教会の修繕を訴える署名」と言って、名を書かせ、その上で寄付金をふんだくるという詐欺をまんまと成功させたのだが…………

 たしか、その時に書かれた名前が――

 

「マーゥル・エーリン。あんた、あの時のマダムか!?」

「そうよ~。覚えていてくれたのねぇ。嬉しいわぁ」

 

 そりゃ覚えてるわ!

 こいつは、「寄付だ」と言って、5万Rbをぽんと手渡してきやがったのだ。

 その行為を見ていた周りの連中も「じゃあ、俺も」「私も」と寄付を申し出て……結局、その金を元に教会は一部リフォームされた。

 さすがに、丸ごとリフォームするほどの額は集まらなかったが、それでも、ガキ共が安心して眠れる寝床を確保するには十分過ぎる額だった。

 

「この前見に行った時、すごく綺麗になっていて、なんだか、私も嬉しかったわ」

 

 ……実際、その後のリフォームは、あの時の寄付とは関係ないのだが。

 

 実は、ウーマロのところで技術を磨いたハムっ子たちが、年少組がお世話になっている教会を訪れ、ことあるごとに修繕、改築を行っているのだ。

 なので現在、教会はトルベック工務店の技術がギュッと詰まった素晴らしい建物へと変貌している。そして、今後も進化を続けていくことだろう。無料で。……いや、違うか。ハムっ子たちの寄付の心によって。

 

「英雄様の素晴らしいご活躍の数々。セロンさんから聞かせていただいて、とってもわくわくしていたのよ。でも、……そうなの。あなただったのね。なんだか納得だわ」

 

 何を納得されたのかは知らんが、非常に迷惑だ。

 

 ……とはいえ、一度詐欺にかけようとした相手だけに、強く出られん……

 

「あらっ、あらあらっ、いけないわ、私ったら。領主様たちをこんなところにお待たせしちゃって」

 

まん丸い手をぽふっと叩いて、マーゥルはそそくさと門を開ける。

 

「さぁ、お上がりください。そこそこ広くて、景色がいいだけの家ですが、きっとおヒマ潰しくらいにはなりますわ」

 

 にこやかに、自慢するでもなく、おそらく事実なのであろう自慢の館へと俺たちを招き入れる。

 まずギルベルタが先頭を行き、ルシア、ナタリア、エステラと続いて、俺とセロン、そしてウェンディが敷地へと足を踏み入れる。

 

「あの、戸締まりは私が」

「あら、いいの、ウェンディちゃん? 悪いわねぇ」

 

 ずっと門のところに待機していたマーゥルに代わり、ウェンディが門を閉める。

 給仕がいないのか、この館には。

 

「はぁ~、ほんっとうにいい娘ね、ウェンディちゃんは。セロンさん、大切にしなきゃダメよ?」

「は、はい。その、つもりです」

 

 セロンが恐縮して頭を掻く。

 マーゥルを振ってウェンディを選んだセロンには、なんとも答えにくい質問だろう。

 

「あらあら、うふふ……」

 

 恐縮するセロンにマーゥルはそっと耳打ちをする。

 他意などは一切含まない、素直な声で。

 

「求婚のことは、もう気にしないでね。私は納得しているから」

「は、はい…………あ、いえ……まぁ……」

 

 答えにくい話題を重ねてきたな……

 そっちはもう気にしてないんだろうが、断った方はそうそう割り切れるもんでもないだろう。

 せめて、話題にするのは避けてほしいだろうな。

 

 というか、まぁ……年齢的には釣り合っていないよな。マーゥルが持ちかけたのは、自分の資産をセロンに与えるための、いわば融資のような意味合いが強い結婚話だった。

 別に恋愛云々ということではないから、さっぱりしたものなのかもしれないけどな。

 

 セロンの父、ボジェックの情報では、花に囲まれて暮らす、一生を独身で過ごすと決めた深窓の麗人……ということだったはずだが……深窓の麗人ってイメージじゃねぇんだよな、なんだか。

 

 まぁ、若い頃は美人だったんだろうなという面影はあるけどな。

 

 マーゥルとしては、この広い敷地内で、セロンにはレンガ製作に没頭してもらおうと、そんな親切心でも働かせていたのだろう。

 

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