異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加30話 チーム戦の駆け引き -2-

公開日時: 2021年3月30日(火) 20:01
文字数:3,251

「しかし、白組だけ300点台とは……」

「見てると悲しくなってくるですね」

「……平気。トップとの差は254点。まだまだ巻き返しが可能。……それに、こちらには切り札がある」

 

 弱気になるロレッタの肩に手を置き、マグダが力強く言い放つ。

 

「……転んでもタダでは起きないヤシロと、転んでもいないのにただただ揺れている店長……」

「揺れてませんよ!?」

「……そして、『可愛くて頼れる、最強チームリーダー』のマグダがいる」

 

 戦いは始まったばかり。

 この程度の点数差で弱音など吐きはしない。

 マグダの無表情な半眼がそう物語っている。

 

「……ついでにロレッタもいる」

「ついでとかやめてです! あたしもばばーんと活躍するですよ!」

 

 ロレッタが活躍するかはさておいて、確かに点差は随分と開いてしまっている。だが、悲観するにはまだ早い。

 

 徒競走は多くの者が参加できるようにエントリー数も多め、点数も低めに設定してあったのだ。

 区民運動会は、みんなで楽しむものだという説得力を持たせるためにな。

 

 しかし、ここからは違う。

 選抜チームがしのぎを削るガチバトルだ。

 点数もぐぐっと跳ね上がる。

 

 次の競技は、チーム一丸となって高得点を狙いにいく!

 次のレースは序盤戦においてがっつりと得点を稼げるボーナス的種目なのだ。

 

「次の競技はなんだでしたか?」

「『台風の目』と書かれていますね」

 

 モコカの問いにイネスが答える。

 イネスのヤツ、なんだかんだ言いながらプログラムを完全に記憶してやがるな。さすがというか、職業病だな、最早。

 そしてモコカは覚える気すらなさそうだな……これが新米給仕と給仕長の差か。

 

「『台風の目』というと、大きく世間を賑わせている事象の中心部のことを指すことがありますが……」

 

 と、デボラが俺をじっと見つめて言う。

 やめてくれる。人を騒ぎの元凶みたいに言うの。俺は、ちょっと外れたところから傍観するか、裏でこっそり糸を引くのが好きなんだから。

 

「こっちの世界に台風ってのがあるのかどうかは知らんが……」

 

 オールブルームは一年を通してほぼ秋と同じような気候であり、台風なんてものが存在するのかは怪しい。先ほどの『台風の目』に関しても、『強制翻訳魔法』が似たような言葉をそのように翻訳しただけという可能性もある。

 

 だが、結論から言えば、台風はあるらしい。

 

「毎年観測されるわけではありませんが、結構な頻度で発生している自然現象ですね」

「大気が不安定になり、巨大な雲が渦を巻いて暴風雨を巻き起こす現象で、かなり危険なものであると認識されています」

 

 イネスとデボラがそんな説明を寄越す。

 一応台風というものを認識はしているようだ。気象衛星もない世界で、台風の目が渦を巻いていることを知っているとは……目で見て分かるようなものでもないだろうに。

 

 ……目で見て分かるくらいに渦巻いてたりして。

 この世界だから何があっても驚かないけれど。

 

「台風があるなら話が早い。要するに、その『渦巻き』のようなレースだ」

 

 四十二区の連中には事前に説明し、デモンストレーションも行っているのだが、俺が急遽助っ人としてかき集めた面々はその内容を理解していない。

 なので、軽く説明をしておいてやる。

 

 台風の目は、2.5メートルのまっすぐな竹を五人で持ち、横一列となって行う競技だ。

 五人のチームが五組。合計二十五名によるリレー形式での勝負となる。

 

 コースは100メートルを往復して200メートル。

 ただし、コース上にはパイロンが二つ置かれており、一つ目のパイロンを台風の目よろしく棒を持ったままでぐるっと一周して、二つ目のパイロンでUターン、そして再び一つ目のパイロンを一周してスタート地点へと戻ってくる。

 スタート地点に戻ってきたら両サイドの選手だけが竹を持ち、待機している自軍の足の下をくぐらせる。待機している選手は前方から迫りくる竹をジャンプして飛び越えることになる。

 一番後ろへ到達したら、今度は竹を自軍選手の頭上を通過させて先頭の選手へと手渡しバトンタッチとなる。

 

 これを五回繰り返すのだ。

 

「つまり、一番外側を走る選手の足が速くないといけないわけですね」

 

 イネスがそんな見解を述べる。

 棒を持ったままパイロンを一周するということは、外周に位置する選手が一番長い距離を走ることになる。故に、イネスのような見解に行き着くわけだ。

 まぁ、おそらくどこのチームもそのくらいのことは考えているだろう。

 ……というか、そのくらいのところで思考が止まっているに違いない。

 こいつほど経験が物を言う競技もそうそうないだろう。

 

「台風の目は、一番内側――中心にいる人物こそ重要になってくる競技なんだよ」

 

 どうしても、一番行動範囲の大きい、動きの派手なものに目が行ってしまいがちだが、本当に力を入れるべきは中心部の選手なのだ。

 

「なんたって、この選手がしっかりと踏ん張らないと一周する際の直径が大きくなってしまうからな」

 

 全力で走る外側の選手の勢いに負けて、中心の選手が引っ張られてしまうと、その分円の中心がブレて円が大きくなってしまう。つまり、余計に走らなければいけなくなるのだ。

 

「『台風の目』の基本的な戦術は、いかに中心の選手がその場で踏ん張って円を小さく保つかにかかっている!」

 

 円の中心がブレなければ、一番外側の選手が走るのは竹の長さを半径とした『2.5×2×3.14』=15.7メートルでいいわけだが、中心の選手が1メートル引っ張られてしまったら『3.5×2×3.14』=21.98メートルとなり、約6メートルも余分に走ることになる。

 Uターンも含めるとターンの回数が3回で、それが5チームだから、単純計算で『6×3×5』=90メートルのロスになる。おおよそ100メートル走一回分のハンデだと考えれば、いかにそれが大きいかが分かるだろう。

 

「足が速いヤツが一番外側でぶっ飛ばし、そのパワーに耐えられるヤツが中心を死守する。それが、この競技の基本だな」

 

 あとは、待機選手が竹に引っかからないっていうのも重要になってくるんだけどな。……ジネットがなぁ、不安だなぁ……

 

「モコカ。『台風の目』の得点はどうなっている?」

「知らねぇよです!」

 

 ……この駄給仕が。

 

「……イネス」

「一位が50ポイント、二位が30ポイント、三位が15ポイントで、最下位は0ポイントとなっています」

「――という風に、打てば響くのが本来あるべき給仕の姿だ。見習え」

「そりゃ無理ってもんだぜですよ! 給仕の能力は乳の大きさに比例するって私は思ってんだぜです。四十二区の給仕長も、二十九区の給仕長も、ウチの大将のとこの給仕長であるシンディ先輩もみんな乳がデカいんだぜですから!」

 

 まぁ、確かにシンディもデカかったよな。……興味がなかったから特に触れなかったけれども。ウクリネス枠だな、シンディも、マーゥルも。

 いや、そうじゃなくてだな。

 

「乳の大きさは尊いものだが、それを理由におのれの不出来を擁護するんじゃない」

「けど、二十七区の給仕長は乳がねぇからイマイチ頼りねぇぞですけど?」

「うむ……論破されてしまった」

「聞こえてますよ、オオバヤシロさん!?」

 

 遠く、青組の方から乳も頼りもない給仕長ネネの声が飛んでくる。

 どうやら、きっちり聞こえているらしい。

 

「ぅおっ!? あんな端っこまで聞こえてやがったのかですか?」

「お兄ちゃん、作戦会議は静かに行うです……! ……必勝の作戦まで聞かれていたら厄介です」

 

 モコカが驚き、ロレッタが自省を求めるようなことを言うが……ロレッタ、それでいいんだよ。

 

 俺は、選手連中を手招きして呼び集める。

『台風の目』の基本戦略はある程度広めてしまっていい。というか、むしろ広まってくれた方がいい。

 それも、出来れば「しまった! うっかり広まってしまったぜ!」的な感じで広まってくれることが望ましい。

 なぜなら……

 

「その『基本戦略』を踏まえた上で、そんな連中を蹴散らす必勝の作戦をこれから伝授してやる。全員、声も感情も表に出すな。静かに黙して聞け……」

 

 そうして、俺は『台風の目』必勝作戦を選手に伝えた。

 

 

 

 

 

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