異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

107話 向けられる悪意 -1-

公開日時: 2021年1月13日(水) 20:01
文字数:3,389

 狭い馬車に揺られ、俺とエステラは四十区へとやって来た。

 ……ホント狭いな。四十区領主デミリーの馬車とは雲泥の差だ。ケツが痛い。

 まぁ、さすがに乗せてもらっておいて、本人の前で文句なんか言わないけどな。

 

「狭ぇな。ちきしょう」

「……本人の隣に座って堂々と文句を言うのはやめてくれないかな」

 

 狭い馬車の持ち主が俺の隣で顔を引き攣らせている。

 こうやって普通に座ってるだけで腕が触れるとか、日本の満員電車を思い出して不愉快なんですけど。

 

 ちなみに、向かいにはエステラが一人掛けの座席に座っている。馬車へ乗り込むための階段が車内に収納されているために、三人しか乗れないのだ。

 

 ポンペーオが向こうに座ればよかったのによ。エステラとなら肌の触れ合いもそこはかとなく楽しいのに。

 だが、エステラが座っている席は下座なのだそうだ。

 進行方向と逆向きだし、ドアに近い。まぁ、分からんでもないが……

 

「しかし不愉快だなぁ!」

「なら、貴様が向こうに座ればよかっただろう!」

「はぁ!? お前、何エステラに触ろうとしてんだよ!? スケベ! 変態! 貧乳マニア!」

「貴様、失敬だぞ! 貧乳ではなく『プリティ乳』と呼べ!」

 

 ……あ、こいつ、そうなんだ…………うわぁ……

 

「……君たち、ボクの胸の話題で盛り上がるのはやめてくれるかな?」

 

 懐からナイフを取り出し、エステラが瞳をギラつかせる。

 やばいやばい。この狭さじゃよけきれない。うん。大人しくしよう。

 

 その後、静かに馬車に揺られた俺たちは、砂糖工場のそばで降ろしてもらい、ポンペーオと別れた。

 

「あぁ~っ! 窮屈だったなぁー!」

「うるさいぞー!」

 

 遠ざかっていく馬車に声を飛ばすと、窓から顔を出したポンペーオに言い返された。ふん、地獄耳め。

 

「あっという間に仲良しになって…………ヤシロの特技だよね、それ」

 

 仲良し? とんでもない。

 無乳派のヤツとは一生分かち合えないと、俺はそう思っている。

 

「しかし、ちょっとお尻が痛いね」

「そうか……じゃあ仕方ない」

「……なんで撫でようとしているのかな?」

「親切心だ」

「……刺すよ?」

 

 まったく。他人の厚意を素直に受けられないとは……心が狭いんじゃないのかね。……減るもんでもないだろうに、ケチッ!

 

「あっれぇ? 珍しいな、あんちゃん」

 

 背後から聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、目の周りにバッチリメイクをしたタヌキ人族のパーシーがいた。

 

「よう、アイメイク」

「わざわざケンカ売りに来たのかよ、あんちゃん……?」

 

 パーシーが盛大に顔を引き攣らせる。

 なんだよ。折角会いに来てやったんだからもっと愛想よくしろよな。まったく、これだから最近の若いヤツは……

 

「ヤシロ……もしかして君は、他人の引き攣った顔に性的興奮でも覚える変態なんじゃないのかい? どれだけ他人を引き攣らせれば気が済むのさ」

 

 なんか酷いレッテルを貼られてしまった。

 お前らが勝手に引き攣ってるだけだろうが。

 俺はただ正直に事実を述べているだけだ。

 

「で、なんの用なんだ? 急に砂糖が必要にでもなったのかよ?」

「いや、ちょっと聞きたいことがあってな」

「妹のプライベート情報なら、教えられないぜ」

「そんなもんを知りたがるのはお前だけだ」

「ネフェリーさんの情報もダメだ!」

「それも知りたがってんのはお前だけだ! つか、お前、そんなにネフェリーの情報を持ってんのかよ?」

 

 どんだけストーカーしてんだ、こいつは?

 

「じゃあなんだよ?」

「ここ最近、変わったことはなかったか?」

「そういや、ネフェリーさんがこの前……」

「ネフェリーの情報はいらんと言ってんだろうが!」

 

 こいつ、真面目に仕事してんだろうな?

 

「この工場付近で不審な人間を見たとか、何かおかしなことがあったとか、そういうことはなかったかい? あ、ヤシロ関連は全部除外して」

「エステラ……その注釈、いる?」

 

 人をおかしなことの発信源みたいに……

 

「いやぁ、特になんもなかったぜ?」

「困ったことも?」

「あぁ。至って平穏。毎日平常運転だ」

「そうか……」

 

 エステラが腕を組んで真剣な表情を見せる。じっくりと考えてから、俺に向かってこんなことを言ってきた。

 

「やっぱり、工場の責任者に話を聞いた方がよさそうだね」

「オレだよ、責任者!? あんたもなかなかヒデェヤツだな赤髪のねぇちゃんよぉ!?」

 

 エステラの言葉に、パーシーの顔が盛大に引き攣る。

 エステラめ……さてはお前、人の引き攣った顔に性的興奮でも覚える変態なんじゃないのか?

 

 しかし、エステラの言うことも一理あるな。

 

「よし、モリーに会いに行こう」

「パーシー。お邪魔させてもらうよ」

「っておい! 無視すんなよ! 責任者ここにいるから! オレが責任者だから! オイ! 聞けよ!」

 

 騒がしいパーシーを置いて、俺たちは工場へと入っていく。

 だいたい、工場が稼働してる時に『外からフラッと戻ってくる』責任者がどこにいる。大方、また四十二区にでも赴いてストーキングしてきたんだろうが。ちょっと鶏臭いしな。間違いないだろう。

 

「あ、ごめん。犯罪者予備軍はあんまり近付かないでくれるかな?」

「誰が犯罪者予備軍だ、こら!?」

 

 なんでかパーシーがついてくる。まったく、構ってちゃんはこれだから……

 

「あれ、お客さん?」

「よぉ、モリー。邪魔するぞ」

「ようこそ、ヤシロさん。それに、エステラさんも」

 

 砂糖工場の再稼働以来、モリーとは何度か会う機会があった。頭のいいモリーは俺たちのこともしっかりと認識してくれているし、砂糖工場の恩人だと言って、友好的な態度を示してくれている。実に可愛らしい女の子だ。

 三角の耳が頭に生えている以外は獣特徴が特にないなと思っていたら、手のひらに肉球がついていた。ぷにぷにで、ちょっと癖になる感触だ。

 

「今日も肉球ぷにってるか?」

「もぅ、ヤシロさん。それ、セクハラですよ」

 

 可愛らしく注意をしてくれる。

 このちょっと背伸びした感じが、モリー最大の魅力だと、俺は思う。

 

「お、おい、あんちゃん! ウチの妹に変なこと言うのやめてくれるか!?」

「メイクをばっちり決めて髪型とかミリ単位で気にして、あまつさえ少しでもよく見える角度まで研究して『もし見つかるならこの角度で発見されたいなぁ』とか言って無理のある体勢で長時間木陰に隠れていたせいで腰をちょっと痛めたパーシー、言いがかりはやめてくれよ」

「オレに対しても変なこと言わないでくれるか!?」

 

 注文の多いヤツだ。

 

「あれ、兄ちゃん…………いたんだ」

「ひでぇな、モリー!?」

「あはは、さすが責任者」

「うっせぇな、あんちゃん!?」

 

 もう、砂糖工場は完全にモリーの物だ。よかったな。これで心置きなく養鶏場へ婿養子に行けるぞ。

 

「それで、モリー。一つ聞いてもいいかな?」

「はい、なんですか?」

「ここ最近、何かおかしなことや、困ったことなんかはなかったかい?」

 

 エステラの問いに、モリーは首を傾げて考え込む。

 

「…………兄ちゃんが、働いてくれない?」

「うん、そういうことじゃなくてね……」

 

 それは今に始まったことじゃないだろう。

 

「あと、鶏臭い」

「お、おい、モリー! ……誤解を生むようなこと言うんじゃねぇよ。そんな淫らなことは何もしてないんだからよ」

 

 そんな誤解など生むものか。

 大方、ニワトリ小屋の陰にでも身を潜め続けていたせいだろうが。

 

「でも、まぁ……そのうち、この香りに馴染むことがあるかもしれないな……そ、その……兄ちゃんに彼女とか、出来たらさっ! うっひゃ~! 恥ずかしい~!」

「自覚はあるようだな、お前の兄貴」

「ホント、恥ずかしい兄ちゃんですみません」

 

 恥ずかしいパーシーは無視して、本題に入る。

 

「不審者、ですか?」

「そうなんだ。見かけなかったかい? ヤシロとパーシーを除いて」

「だからさぁ、エステラ。その注釈、いる?」

 

 俺の訴えは軽くスルーされる。

 こいつ、いつの間にこんな高度なスルースキルを……

 

「特には、何も思い当たりませんね。現状、工場は問題なく稼働していますし、材料も安定して供給されて、製品も適正価格で売れて……どこかから妨害されるようなことも、ありませんね」

 

 まったくもって問題なし、か。

 俺とエステラは目を合わせる。

 エステラも、俺と同じことを考えているようだが……もう少し情報が欲しいな。

 

「アリクイ兄弟のところにも行ってみるか?」

 

 エステラにそう尋ねたところ、モリーが小さく手を上げて話に割って入ってきた。

 

「あ、それならこの後……」

 

 まさにそのタイミングで、工場に来客があった。

 

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