異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

141話 向かう先 -4-

公開日時: 2021年2月18日(木) 20:01
文字数:2,070

「ちょっと待ってほしい!」

 

 突然、エステラが声を上げた。

 振り返ると…………エステラが泣いていた。

 目を真っ赤に染め、唇を噛みしめ、拳を固く握っている。

 

「……ボクは、情けない」

 

 呟いて、ゆっくりと……俺の隣にまでやって来る。

 

「こんな時にまで……姿を隠し…………君に…………こんな役を…………」

 

 俯いて、肩を震わせて、エステラが絞り出すような声で言う。

 

「もう…………決めたから」

 

 そして……

 

「……もう、君ばかりに背負わせないから」

 

 強い意志のこもった瞳で、俺を見つめる。

 

 すぅ……と、大きく息を吸うと、エステラは会場内にいるすべての者たちへ向かって語りかけた。

 

「ボクは…………エステラ・クレアモナだっ! 四十二区の領主代行をしている」

 

 ザワッと、空気が泡立つ。

 一番驚いているのは、四十二区の連中か…………いや、俺だ。

 エステラが、自分の正体を、バラしやがった。

 

 しかも。

 

「ボクの父は、現領主は……病気のためにずっと施政から離れている…………もう、二年近くになる……」

 

 とつとつと、よどみのない声で語る。

 ある一つの決心を胸に抱いて…………こいつ、まさか。

 

「復帰はもう見込めない! だから、ボクは領主代行権限を行使して、正式に、今ここで宣言する!」

 

 両腕を広げ、エステラは明朗な声で、高らかに宣言した。

 

「本日、今この時をもって、ボク、エステラ・クレアモナが四十二区の領主に就任する! ボクの言葉は、四十二区すべての領民の言葉だ! 心して聞いてほしい!」

 

 エステラが、領主になった。

 

「ヤシロが……彼が言ったことは、実現されない。ボクがさせない。ボクは、今回みたいな、この大会を開催するに当たって行ったような、四十区、四十一区、そして四十二区が互いに協力し合い、お互いに利益を得られる関係を築きたいと思ってる。三区が協力すれば、もっと生活は楽になって、刺激的で、楽しくて、素晴らしい街になると確信している!」

 

 拳を振りかざし、熱のこもった演説を行うエステラ。

 領主として最初の演説にしては、まぁ、頑張っている方じゃないかな。

 

「リカルド、デミリーオジ様。どうか、協力してほしい」

「ふん……どっちみち、俺たちは負けたわけだし、逆らう権利は……」

「そうじゃないんだよ、リカルド!」

 

 足を踏み出し、拳を握り、エステラはリカルドへと迫る。

 リカルドが体を退いた。どうやら、エステラの気迫に気圧されたようだ。

 水を得た魚のように、エステラは自分の思い描くビジョンをリカルドに、その場にいる者たちに伝える。

 

「勝ち負けも上下もなしで、もっと高い位置での関係を築き上げる必要があるんだよ! くだらない嫉妬や猜疑心はかなぐり捨てて、もっと深いところで繋がる必要があるんだ!」

「つ、つっても、そんなこと一朝一夕じゃ……」

「出来るさっ! ボクたちはこの大会を通して多くの人々の心を動かした! それを続けていくだけでいいんだ! 君だって、街を良くして、領民の暮らしを良くしたい思いは同じだろう!?」

「あ、当たり前だろ」

「だったら、いがみ合うのはやめて、牽制し合うのもやめて、もっと友好的に、有意義な関係を作るべきだ! そうでなきゃ、もったいないじゃないか!」

 

 畳みかけるエステラに、リカルドは完全に押されている。

 外交力も上がったんじゃないか? お前の意見、たぶん丸々のんでもらえるぞ、この流れ。

 

「詳しい内容は、また三人で話し合おう。これからの未来を、明るくするために」

「………………お前、変わったな」

「変えられたんだよ……ある一人の……不器用な男にね」

 

 エステラの視線がこちらに向く……から、俺は顔を逸らし、その場を離れることにした。

 

 今、この場所に俺はいない方がいい。

 

「ヤシロ……っ!」

「領主様がそう言うんなら、俺の野望もここまでだなぁ」

 

 片手を上げて、軽薄な声で言う。

 

「じゃ~な、精々ウチのお人好し領主に感謝して、まっとうに生きるこったな、負け犬ども」

 

 これでいい。

 これで……

 

 ゆっくりとした速度で、俺は出口へと向かう。

 あの通路に入りゃ、俺の仕事も終わりだな。

 

 あとはお前らでなんとかしてくれ。もう、俺に出来ることはなんもねぇから。

 

 観客席の下を通る、外へ繋がる通路へ足を踏み入れようとした時……ぱたぱたという足音を聞いた。

 そして、きゅっと…………手を掴まれた。

 小さくて、少し冷たい……震える手……細い指に、遠慮がちに力が込められている。

 

 振り返ると……

 

「…………っ」

 

 肩で息をする、ジネットがいた。

 

 会場を出ようとする俺の手を掴み、呼び止め……けれど、何も言葉が出てこないのか、薄く開いた口からは震える吐息だけを漏らして…………今にも泣きそうな顔で、こちらをジッと見つめている。

 

「…………」

「…………」

 

 なんだよ……くらいは、声をかけてやりたかったのだが…………なんでかな、胸が苦しくて、俺も言葉が出てこなかった。

 

 ただ黙って、俺たちは互いの顔を見つめ合っていた。

 きっと俺も、今のジネットみたいに……酷い表情をしているのだろうな。

 

 なぁ、ジネット……

 

 

 頼むから、そんな顔をしないでくれ…………

 

 

 

 じゃないと……

 

 

 

 

 お前を残してこの街を出ることを、躊躇っちまうからさ。

 

 

 

 

 

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